釣り

「……大変だったな」

「……ですね。もう二度とごめんです」


あれから俺たちは冒険者を連れて、森を進んだ。

怪我人を連れた移動ということもあり、【天への大穴】には普段以上の時間がかかった。

だがそれ以上に時間がかかった要因は、冒険者たちの振る舞いだ。


俺が安全なルートを選んだのに、遠回りしたくないだの文句を言い、挙句の果てに騒ぎ立て、モンスターを招き寄せる。

最後まで不満たっぷりに【天への大穴】を登っていく彼らに、玲も疲労を隠せない。


「……では行きましょう、湊先輩の装備の素材を取りに」


そう、それが今日の探索の目的。

長らく更新していなかった装備を更新するため、俺たちは冥層の素材を取りに来たのだ。

俺達はようやく、本来の目的に向けて移動を開始した。


□□□


先日の【オリオン】入団試験、その際に判明したのは、俺の装備の弱さだ。

実際、俺が最後に装備を更新したのは下層の中部付近だった。

モンスターと戦うことは無かったから装備を更新する必要性を感じず、今日まで先延ばしにしてきたのだ。


とはいえ、玲とパーティーを組み、51階層で戦うようになった今、援護すらできないのはまずい。

装備の更新はもちろん必須だし、必要なら新たなスキルを覚える必要もあるだろう。


幸いにも、金はある。『オーブ』を買うには心もとないが、装備を作ってもらうには十分だ。

だから今日、装備の素材を集めに来たのだ。


「……またここに戻ってくることになるとは思いませんでした」


玲は嫌そうに、豪雨の中、降り注ぐ雨を弾く森を見て眉をしかめた。

【撥水森】、玲が遭難した場所であり、俺と出会った場所でもある。


「……まあ、大した素材も無いし、モンスターもほとんどいないから、来るのは今日ぐらいだよ」


この51階層では、ダントツでうま味のない場所だ。

その分、俺や【ピポポ鳥】みたいな底辺以下の弱者が集まって来るんだが。

だが、腐っても51階層。強力なモンスターもいるし、そいつが今日の狙いだ。


俺達は森に入る。

地面はぬかるんでいるが、水が溜まっているわけではない。

時刻は昼頃だ。この場所が、命を殺す湖に変わるのは、雨脚が強まる夜だ。


「この森、意外と木の実とかあるんですね」

「まあ、一応森だからな。夜になったら全部消えるけど」


そして次の朝になれば、何事も無かったかのように生えてくる。

ダンジョンの生態系は、どれだけ壊れても修復されるようにできているのだ。

俺はいくつか木の実を取り、ログハウスに戻って来た。


「お邪魔します」

「どうぞ」


ログハウスに入ると、外套を脱ぎ、焚火に火を付ける。

ぱちぱちと火の粉が散る音を聞きながら、俺はドローンを回収する。

これは【オリオン】から配布された配信用の器材だが、今配信しているわけではない。

動画を撮っていたのだ。

俺は映像を確認し、玲はスマホで動画を見ている。


「何見てるの?」

「ドラマです」


そう言って玲が見せてきた画面には、最近話題の恋愛ドラマが映っていた。


「へえ、玲もそういうの見るんだな」

「見ますよ。私のこと、何だと思ってるんですか?」


変な子だと思っている、とは言えず、適当に笑ってごまかす。

玲はじとりと疑わし気に俺を見ていたが、まあ、いいですと言ってドラマを見始めた。

画面に集中する端正な横顔を見ていると、普通の女子高生のように見えるが、油断なく手の届く位置に置かれている直剣は物騒だ。


俺も玲もおしゃべりな方ではない。

だから夜まで、静かな時が流れた。


□□□


夜、このかりそめの世界の天井にも夜空が広がる。

空気は澄み渡り、しかしうるさい雨が静寂を切り裂いている。


ログハウスを出た俺たちは、足元に広がった湖を見る。

丁度ログハウスの真下まで迫る水は、触れれば身体能力の低下する【蝕雨】だ。


「よし、じゃあ始めるか」

「……本当にやるんですか?」


玲は疑わし気に、俺の持つ釣竿を見る。

そう、俺たちは今から、釣りをする。


この【撥水森】には、ほとんどモンスターがいない。

しかし湖になると、それが一変する。

通常時には湧かないようなモンスターが湧くのだ。

そしてそのモンスターは地中に卵を産み付け、水が満ちたら孵化する。

そして水位が下がり、森に戻れば死ぬ。

会える時間帯、環境が限定されているため、一応『レアモンスター』ともいえる。


「よし、始めるぞー」


俺はドキドキしながら配信ドローンのスイッチを入れる。

いよいよ今日、俺の初配信が始まるのだ。

配信を開始してすぐ、視聴者の数が増えていく。


「おっ?」


『こんばんわー』

『始まった!!』

『初配信おめー!』

『ばんは』

『ついに来た……』

『初配信!』

『告知しろよ笑』

『チャンネル登録しましたー』

『冥層スタート?』

『どうやって抜けた!?』

『おぉー、懐かしのログハウス背景だ』

『一週間前だけどな(笑)』


「あ、どうも……」


『え、なんか緊張してる?』

『何でよ』


「いやあ、何言ったらいいのかよくわからん」

「……自己紹介ですよ、湊先輩」

「あ、そっか。白木湊です、こっちが玲です」

「南玲です」


『玲ちゃーん!』

『今日も美しい……』

『同接10万突破ー』

『玲様、配信しないん?』


「今日は湊先輩の初配信なので。次からは私もします」


『何でログハウススタート?』


「今日はここで装備の素材を取るからだよ」


『ようやく更新か』

『流石にやな笑』

『動画の防具と武器、特定されてたけど、下層のやつなんだっけ?』

『【霧舟工業】のやね』

『試験の後、ボウガン売り切れたらしいよ』


「え、マジで?」


『まじまじ。実際質いいから買ってよかった』

『あのメーカー、あんま知名度ないけど、値段も手ごろで買いやすい』


「駆け出しの頃からずっと霧舟のやつを使ってるんだよ。ボウガン作ってるメーカーがあそこぐらいしか無くて」

「……湊先輩はあまり一般的な冒険者が使わない武器使ってますからね」


鉈とボウガンだからな。そういう使い手のほとんどいない武器は、大手のメーカーは作らない。だが霧舟は、よく趣味に走ったとしか思えない製品を作るのだ。

駆け出しの頃からお世話になっている企業の宣伝になったのなら、よかった。


「じゃあそろそろ始めるか」


俺は腰を下ろし、地上から持ち込んだ鶏肉を針に付ける。

そしてログハウスの下の湖へと投げ込む。

ぽちゃんと軽い音を立て、雫が広がる。


『釣りかぁ、珍しい』

『水棲のモンスター狙いか』

『釣りしてる間に襲われること多いからあんまりする人いないよね』

『針溶けないの?』


「今降ってるのは【溶解雨】じゃなくて【蝕雨】っていう身体能力を下げる雨だから」


『三種類目の雨』

『前衛にとっちゃ、最悪の雨じゃん』

『厄介だな』

『そういうの纏めてほしいわ』

『配信するってことは隠す気無いん?』


コメントでも、冥層の情報を求める声は大きい。


「情報を隠す気は無いよ。まあ、待っててくれ」


『おー、楽しみ!』

『やった、最高だ!』

『俺も冥層行けるように頑張るわ!』


コメント欄の反応は悪くない。

これでさっきの冒険者みたいに俺に敵対的な人が減ればいいんだが。


『玲ちゃんは釣りしないの?』


「私は、とどめ役なので」


玲は剣を構え、釣りをする俺の横に立つ。

その物々しい様子に、コメント欄もざわつく。

そして、俺の持つ竿に僅かな振動を感じた。


「うわわわ、かかった!すげえ、いつ引けばいいんだ!?」

「……え、釣りの経験は?」

「無いけど」


『嘘でしょ!?』

『もう引いてる状態だよ?』

『初配信で初釣りってなんだよ……』


「湊先輩………ちゃんとしましょう」


玲は呆れの滲んだ様子で、深くため息をついた。


「大丈夫、多分!」


この釣竿には、俺の初配信の成否がかかっている。

そう思うと、一気に重くなってきた。


「今だ!」


俺は勢いよく竿を引く。

僅かな手ごたえ。そして、外れ。

俺の目の前には、餌の外れた針がぶら下がっていた。


『あっ』

『あっっ』

『あらー』

『うわ』

『失敗』


「…………くっ、釣りってこんなに難しいのか」

「湊先輩、今からでもモンスターを狩りましょう。これは初配信ですよ?」

「いまさら引けるか……!必ず大物を釣って見せる!」


モンスターは餌はつついたのだ。

いくら警戒心の高い冥層のモンスターと言えど、釣りへの警戒心は高くはないはずだ。


「……いやな予感がします」


玲は愁いを帯びた表情を見せる。


『同感』

『とりあえず、釣りの基礎を知ろう』

『心配そうな玲様、お美しい……』


そして1時間が経った。


「………………」

「………………」


『配信事故だよ………』

『一時間経過、ぴくりともせず』

『俺ら、何見てるの?』

『釣りチャンネルで草』

『何も釣れてないけどな』

『見れたもんじゃないwww』


「………そ、そういえば、湊先輩って釣りとかも得意そうですけど」


焦った様子で玲が問うてきた。


「………小さいときとかは両親の狩りについて行ったことがあるけど、子ども過ぎて釣りはさせてもらえなかったなぁ。罠とかは作れるけど、モンスターサイズの魚を捕まえる罠は……無理だな」


『ほーん、両親ハンターなんや』

『意外でもないな』

『納得だわ』

『というかこいつ、開き直ってるぞ』

『玲様だけ焦ってる笑』

『真面目なとこ出たな』


「……というか、この湖、本当に魚いるんですか?」

「ああ、それはいるよ。俺の【探知】にも結構な数映ってるし」


俺の投げた餌の周りにも、結構な数の魚が寄ってきているのだ。

しかし、つつきはするものの、食う奴はいない。

意外と臆病な性格のようだ。

それでも、碌な餌のないこの湖では、ご馳走には違いない。

ぱくり、と餌を咥えるその時はきた。


「おっ!」


釣り竿にかかる重い手ごたえに、俺は息を吐く。


『来たか!!』

『しなってるしなってるぅ~~!!!』

『釣れるぞ』

『焦んなよ!』


お通夜みたいだったコメント欄もようやく盛り上がる。

ここが初配信が成功するかどうかの瀬戸際だ。

俺は釣竿を勢いよく引っ張る。


「おっも!」


流石は冥層の魚。

サイズの割に、かなりの力だ。

とはいえ、俺が力負けするほどでもない。

力の限り引っ張っていると、水面にその影が浮かび上がる。


『おぉ?マグロか?』

『それぐらいのサイズだな』

『すっげえ暴れてる』


「う、らぁああっ!」


勢いよく竿を引っ張る。

水面から飛び出してきた魚は、その身を跳ねさせながら、その全貌を見せた。


『ごっつ!』

『シーラカンス?』

『歯やば!』


それはコメント欄の言う通り、古代魚のようなフォルムをしていた。

しかし鎧のように発達した鱗と鉄塊だろうと嚙みちぎるであろう発達した顎と牙は、地上の魚のそれではない。


「玲!」

「はい!」


白銀の直剣【銀戦】を構えた玲は、釣り竿により空中に吊るされた魚へと斬りかかる。

その剣閃しか捉えられない絶速の一撃は、しかし、ぶ厚い鱗とぶつかり合い、火花を散らした。


「うおっ!?」


斬撃の衝撃で吹き飛ぶ魚は糸を切り、ログハウスの壁にぶつかる。


『あぁああああ家がぁああ!!!』

『壁砕けてんじゃんwww』

『どんな硬さよ!』

『泥棒の次は家破壊とは……』

『家主可哀そう笑』


「ご、ごめんなさい!!」


玲は顔を青ざめながら、魚により砕けた壁を見ていた。


「大丈夫!後で直すから!」


あのログハウスは、この【撥水森】の木を伐り出して作ったものだ。

材料はその辺にいくらでもあるし、直すのは容易い。

しかしこの森の木々は頑丈だ。

それを壊すほどの魚の硬さと吹き飛ばした玲の力は規格外だ。


魚は、びちびちと跳ねている。

強力な冥層のモンスターとはいえ、エラ呼吸だ。

地上に揚げられたら、次期に死ぬ。

だが、モンスターは思いもよらない行動に出た。

空中にはねたのだ。


「まじか……!」


その全身の筋肉を使い、分厚い鱗を纏う巨体を、俺の背丈以上の高さに跳ばす。

行く先は、水中。

このままでは逃げられる。そう思った時、玲も跳躍した。

魚の軌道に割って入り、空中で身を捩りながら斬りつける。

刃は的確に魚のエラの隙間から内部に入り、その頭部と腹部を両断した。


ログハウスの地面に転がった二つの塊はやがて動きを止めた。


『すんご』

『一瞬の早業やった』

『ママー、おさかなさんが空飛んだよー』

『嘘おっしゃい!!』

『【舞姫】流石』

『あの体勢であの威力の斬撃はいかれてる』


コメント欄は玲を称賛するコメントで溢れている。

当の玲は、油断なく両断された魚を見ている。

俺もまた、ボウガンを構え、魚を狙う。

冥層のモンスターは頭部を潰されても動く場合がある。

そのことを玲も覚えていたようだ。


「………大丈夫、死んだみたいだ」


俺達はしばらく後、武器を納めた。

玲はほう、と悩まし気に息を吐く。

ただのため息でも玲がすれば、艶美に見えるのだから美人はすごい。


「………もう、釣りはやめましょう」

「……うん、そうだな」


これ、めっちゃしんどい。

一時間で一体は効率が悪すぎる。

冥層のモンスターは警戒心が高いから、一体吊り上げればしばらくは餌に食いつかないだろう。

俺達は口数が減ったまま、マグロぐらいのでかさの魚を解体した。

何度も解体用のナイフを阻む鱗の硬さは防具には最適だろう。

そして、胸部付近から取り出した黒い『玉』。

冥層のモンスターの『オーブ』にコメント欄も湧いた。

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