宝と欲望

森に入り、数分ほど、俺たちは彼らを見つけた。

4人組の冒険者のようだ。巨大な木の根元に身を隠していた。

うち一人は寝たまま起きず、残りの三人も青白い顔をしている。

目立った外傷はないが、衰弱している。


「【蝕雨】にやられたようですね」


【蝕雨】を避けるために森に向かう途中、【凝雨泥魚マッティ・スローズ】に出会い、一人が霧を浴び、衰弱状態。

そんなところだろうか。


なんだか懐かしい気持ちになる。

俺も雨の種類を把握しきれていなかった時、【蝕雨】にやられ、この森に逃げ込んだことがあったのだ。

誰しもが一度は通る道だ。

玲を見ると、彼女も同情するように4人を見ていた。


「遭難仲間だな」

「……彼らは自分の意思で来た愚か者ですけど」


玲は恥ずかしそうにふいっ、と顔をそむける。

すると、俺たちの話し声に気づいたのか、4人組の一人が顔を上げる。

疲労が色濃く浮かんでいるが、まだ若いように見える。

20代前半ほどだろうか。


「――――お前はッ」


彼の裏返った声が響き渡る。

俺も玲も眉をひそめた。

鋭い眼差しで、男は俺を睨みつけた。

そんな男に、玲はさらに鋭いにらみを利かせる。


「うっ……」


俺のような半端者とは違う、格上の冒険者から向けられる敵意は、男を射竦めた。


「何ですか、この人」

「落ち着けって」


玲は今にも剣を抜きそうだ。

だが俺には予想通りだった。

俺が冥層の情報を独占するのを、よく思わない冒険者が多いことは知っている。

そんな状況で冥層に来るような冒険者だ。大なり小なり俺への対抗心や敵意を持っていても不思議じゃない。


「――――俺は白木湊、冒険者だ。人の気配を感じて寄ったんだが、助けはいるか?」


偶然通りかかったという体にして、相手から何かを言われる前に救助を申し出る。

これはあくまで冒険者としての責務、それを言外に伝える。


「お、おぉ、知ってるぜ……馬鹿でかい魚にやられたんだ、薬をくれたら助かるんだが」


男は自分たちの状況を思い出したのか、にへらと嘘くさい笑みを浮かべ、回復薬をねだる。

俺は自分の回復薬を数本、投げて渡した。

男は人数分の薬が無いことに僅かに眉をしかめたが、倒れている男に回復薬を飲ませる。

凝雨泥魚マッティ・スローズ】にやられた奴も、これで死ぬことはないだろう。


「助かったよ、どうも………」


意識を取り戻した冒険者は、軽く手を上げ、感謝を示す。

彼の仲間も、口々に感謝を述べる。

どうやらリーダーの男以外は、さほど俺への敵意は無いらしい。

まだ立つのは難しいのか、仲間の肩を借りている。

だが移動するぐらいなら問題ないだろう。


「じゃあ、【天への大穴】に向かうからついてきてくれ」


ここまでは、予想よりも順調に来れた。

後は彼らを案内すれば終わりだ。

俺は彼らを案内するため、背を向ける。

しかし、一人、彼らのリーダーだけが動く様子が無い。

俺が訝しむように視線を向けると、意を決したように口を開く。


「な、なぁ……よかったらよ、ここいらで狩りをして行かないか?」

「…………は?」


俺は予想外の提案に、返事が遅れた。

狩り?狩りと言ったのか、こいつ?

遭難した奴が何を言ってんだ。

玲も同様に、呆気に取られている。

俺が返事を返さないでいると、男はまくし立てるように言葉を吐く。


「俺らもよ、せっかくここまで来たんだ。ただじゃあ帰れねえんだよ。分かるだろ?」


小さく笑っているが、血と泥にまみれた男の顔には欲望と嫉妬が色濃く浮かんでいた。

どうしても、冥層での成果が欲しい様だ。

そのために、俺達を利用すると隠しもしない。


「あんたの仲間もまだ弱ってるんだぞ?」

「だから俺とアンタで行くんだ。その女は護衛に残ってもらって、2人で探索ってのはどうだ?」


あり得ない。俺ははっきりと眉をしかめる。

玲より弱い奴と二人で動くメリットが無いし、玲が彼らを守る義理も無い。


「…………」


仲間の説得を期待し、他の冒険者たちを見ると、皆口を紡ぎ、俺から視線を逸らす。

彼らもまた、迷い始めた。


どうしようか。そう思い、玲を見ると、見たことが無いぐらい冷めた表情をしていた。

表情は完全に消え、その視線は汚物を見るようだった。


「――――捨てていきますか?」

「なっ……冒険者は助け合う責務があるんだぞ!」

「助けられる者の態度とは思えないので」


男は言葉に詰まった後、ちらちらと俺の表情を伺う。


「……俺達はアンタの探索に付き合う気は無い」

「ちっ、ちょっと提案しただけだろうが……」


不機嫌そうに唾を吐き捨てた男を、玲はどこまでも冷たい視線で睨んでいた。


俺達と男たち、二組は距離を取りながら森を進む。

玲は俺の背後に位置取り、モンスターよりも男達を警戒している。


「玲、一応同業者なんだから殺気を向けるな」

「でも……気に入りません」

「それでも敵を作る必要は無いだろ。その態度だと、リーダーの男以外とも揉めるぞ」

「構いません。彼らもあの馬鹿げた提案を拒否しなかった時点で同類です」


玲は納得いかないのか、不機嫌そうに毛先を弄んでいる。

俺もいい気分はしないが、玲が怒っているのでその分冷静になれた。


「……玲、モンスターだ」


玲に囁き、足を止めさせる。

後方の冒険者たちもつられて止まった。


「お、おい、どうした?」


男は、無神経に声を上げる。

俺達との距離が開いていたという理由もあったのだろうが、大きなその声は雨音しかない森に、響いた。

俺は舌打ちしそうになるのを堪えた。

今の声で、こちらに気づかれた。


「玲、相手は幻術を使う!俺の指示に従ってくれ!」


この森で集団で動くモンスターは多いが、この動き方は奴らだろう。


木々の間から小柄な姿が飛び出す。

それは人型のモンスターだ。

森の木々と同化するような茶色い体表、手には棍棒を持ち、汚い牙を剥き出しにしている。


「やっぱり【幻惑鬼】か」

「お、おい、どうすんだ!囲まれたぞ!」


アンタが大声出すからだよ。

こいつら、こんなありさまでどうやってここまで来たのだろう。


【幻惑鬼】たちは、俺達を包囲するように布陣する。

逃げ場は完全にない。

だが、切り開けばいい。


「玲、二時の方向の敵を倒してくれ!」


俺は何もいない場所に向けて、矢を放つ。

矢は、空中で弾かれた。


「―――――なるほど」


玲は剣を振るう。すると、浮かび上がるように醜悪な小人の死体が現れる。

同時に、俺達を囲んでいた【幻惑鬼】のうち、数体が消えた。


「湊先輩、近づけば分かります」


玲は剣を構え、森の奥を睨む。

敵の幻術は、光を操ることで自分の姿を消し、分身のように姿を投影することが出来る。

俺は【探知】があるため、惑わされることはないが、玲も感覚的に敵の居場所が分かるらしい。

とはいえ、近づかなければ気づけない。

俺のサポートは必要だ。


「なら、周りの数を削ってくれ」


俺は玲を先導するように、矢を放つ。

玲は矢の軌道に沿って進み、すれ違いざまにモンスターを斬り殺す。

まずは、数を減らさないことにはこの場を動けない。

冥層でモンスターを引き連れたまま移動するということは、自分の居場所を知らせるということ。

俺と玲だけなら置き去りにして逃げられるのだが――――


「―――っ、俺たちは、どうすればいい!?」


戦える冒険者たちは、不安げに俺の指示を待つ。

短剣を引き抜くその手は、震えていた。

これでは戦力にならないだろう。


『GiGiGi……』


俺達の前に、十体を超える小鬼が姿を現す。

冒険者たちが怯えたように後ずさるが、その小さな体躯を見て、気を持ち直したのか、小さく笑みを浮かべる。

その目には再び欲望が宿る。


「こいつは貰うぜ!……おらぁあああ!!」

『Giiiiiiiiiiiiiii!!』


振り下ろした短剣は、小鬼の首元に吸い込まれ、通り抜けた。

呆然と倒れ込む男に向けて、俺はボウガンを構える。


「おい、あんた何を!」

「助けるんだよ」


引き金を引く。

矢は、姿を消し、男にとどめを刺そうとしていた【幻惑鬼】に刺さる。

汚い悲鳴を上げ、転がり回る【幻惑鬼】を、俺は険しく見詰める。


(急所に当てたのに、死なないか)


矢は、皮膚を貫いたが、その命には届いていない。

51階層でも単体としてみれば弱いモンスターだが、それでも冥層のモンスターだ。

俺が倒そうと思えば、かつて【ディガー】にしたように、眼球から脳を貫く意外に方法はない。


「立て、走るぞ!」


俺は倒れ込んだ男を立てらせ、走り抜ける。

モンスターが待ち構える方向へと。


「――――っ、敵が!」

「気にするな、幻術だ」


【幻惑鬼】は、幻術を使い、群れの規模を大きく見せる。

その幻術を使い、獲物を森へと追い立てるのが、奴らの狩りの方法だ。

だが、幻術を見分けられる俺にとっては、張子の虎だ。


【幻惑鬼】の幻術は俺に当たると姿を消す。

その後を、おっかなびっくりと言った様子で、冒険者たちが付いて来る。


「ま、まじで幻術なのか……」

「本体は消えてるから油断するな」


俺はボウガンを宙に放つ。

すると、俺を奇襲しようと消えていた【幻惑鬼】は棍棒で叩き落とす。

だが、一瞬脚が止まる。

それだけあれば、俺も冒険者たちも十分な距離を取れる。


そして、矢の位置で、玲は【幻惑鬼】の居場所を知る。


「邪魔です」

『Giii!?』


無造作に振るわれた刃が、【幻惑鬼】を両断する。

玲は一瞬で、全速力で走る俺達に追い付いて来る。

気付けば、俺達を取り囲んでいた【幻惑鬼】の数は、随分と減っていた。

玲はかなりの数の【幻惑鬼】を狩っていたようだ。


「残りも任せる」

「はい」


俺はボウガンを走りながら放つ。

【射撃軌道操作】で操る矢は、次々と【幻惑鬼】を襲う。

棍棒で防ぐものがほとんどだったが、中には矢が当たったものもいる。

それでも死ぬことはないが、敵の足並みは乱れた。


玲は反転する。

勢いよく地を蹴り、倒れた【幻惑鬼】の首を刈り取る。

そして一瞬で敵の眼前へと移動し、一太刀でモンスターを両断する。

それはまるで斬撃の嵐だ。

【幻惑鬼】の悲鳴が森にこだまし、そして消えた。


「行くぞ」

「お、おい!死体は置いてくのかよ!?なら俺に!」

「次のモンスターが来る!黙って走れ!」


俺達は彼らを置き去りにしかねないほどの速度で走る。

ようやく危機感を抱いたのか、彼らも置いて行かれないよう必死で走る。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


森の端、モンスターから逃げ切った冒険者たちは荒い息を吐き出す。

俺と玲は、雨が降る平野を見て、小さく息を吐いた。


「どうしますか?」


玲は彼らに聞かれないように身を寄せ、小声で聞いて来る。

甘い香りと柔らかな体温に意識を取られながらも、俺も努めて冷静に返す。


「……出来るだけ森沿いを進んで、後は走るしか無いだろ。あいつらの分の外套は無いし」


【蝕雨】を無効化できる【耐魔の外套】は俺と玲の分しかない。

あいつらも一応、防水のローブを持っているようだが、それでは完全には防ぎきれない。多少雨に濡れるのは仕方がない。


(また文句言いそうだな)


憂鬱になりながら、冒険者たちの元へと向かう。

配信で冥層の価値が知れ渡れば、彼らのような無鉄砲な馬鹿は、これからもっと増えていくだろう。

そして彼らが死ぬと、死んだ責任を唯一探索を成功させている俺達に求め始める者たちが出てくるだろう。

お前たちが情報を隠すから、彼らを助けないからだと。

対策は必要だと、改めて感じた。

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