変化する生態系

51階層西部、【飽植平地】へと続く森と中央部の【天晴平野】の境目を俺たちは進む。

以前、玲と潜ったときに通ったルートだが、前回は雨が降っていなかった。


「玲、前回と同じ道だけど油断するな。降る雨が変われば、活発に活動するモンスターも変わって生態系も変化する」

「はい、分かっています」


この探索に来る前、冥層の情報は玲に伝えたが、全ては教えきれなかった。

中途半端な知識は時に、何も知らないよりも危険なことがある。

俺は玲に釘をさす意味でもそう言った。


51階層【雨劇の幕】に降る雨の全てに適応するモンスターはほとんどいない。いたとしても中央部の【天晴平野】に向かう。

そのため、大抵のモンスターは苦手な雨が降っているときは活動をやめ、得意な雨が降っているときに餌を取りに出てくる。


では、【蝕雨】という魔法効果を内包した雨に適応したモンスターとはどのようなものなのか。

答えは魔法を使えるモンスターだ。


「…………!」


俺達の前方の地面が盛り上がる。

そこから姿を現したのは、平たい身体を持つ土色の陸魚だ。

感情の伺えない瞳を俺達に向け、その身体を風船のように膨らませる。


「【凝雨泥魚マッティ・スローズ】!」


玲がモンスターの名を口にする。

俺が事前に教えたモンスターの一体だ。


獲物が通りがかるまでは地面に擬態して隠れ潜む。

そして獲物が間合いに入れば、体表から取り込んだ【蝕雨】の効果を体内で増幅し、口から吐き出すことで無力化し、捕食する。


「湊先輩!」

「討伐!」


俺の指示を聞いた玲は、モンスターへと飛び出す。

魔法の霧を吐き出す寸前の巨体へと、容赦なく剣を突き立てる。


『~~~~~~~~!!??』


モンスターは痛みに身を捩る。

玲はモンスターの動きに逆らわず、巨体に刺さった剣を引き抜きながら宙へと飛ばされる。

冷静な黒の双玉が静かに敵を見据え、裂帛の気合と共に全身を使った斬撃を振り下ろす。


「――――はあっ!」


一閃。

そしてモンスターの体躯は、両断された。

だが、体内に凝縮されていた霧が封を切ったように溢れ出す。


「玲!」


白霧に呑まれようとする玲に、咄嗟に声をかける。

だが玲は冷静に、再度剣を一閃した。


白銀の輝きに切り裂かれるように、魔法の霧は両断され、やがて空に溶けて消えた。


「……すみません、少し手こずりました」

「ああ、うん。無事でよかった……」


本格的な探索に入る前に、魔法を使う敵と戦わせたかったから、あえてモンスターに見つかったのだが、経験不足を力でねじ伏せてしまった。


「魔法を使うモンスターは爆弾のようなものなのですね」

「ああ。冥層のモンスターは扱う魔力もけた違いに高いから、制御を失った魔法が厄介なんだ」


通常、制御を失った魔法は霧散するのだが、強すぎる魔力はそのまま魔法を不完全なまま顕現させてしまう。

俺自身は経験はないが、魔法発動直後のモンスターを飲み込んだモンスターが花火みたいに散って行く光景は何度も見た。


近接特化の玲にとっては厄介な性質だと思うのだが……。

そんな俺の視線を感じたのか、玲は剣を軽やかに振り、鞘に納める。


「この剣は、【白銀鉱ミスリル】製なので、魔法を斬れるんです」


白銀鉱ミスリル】と言えば、魔力への高い耐性を持つ合金で、下層の貴重な鉱石を混ぜ合わせることでしか作れない。

武器の素材としては最上級の物だ。


(いくら【白銀鉱ミスリル】製とはいえ、魔法を斬れるかどうかは別問題だろ……)


そんなことが出来るなら、魔法使いはこの世に要らない。

平然と常識離れした技を見せてくるこの少女は、やはり規格外だ。


「それよりも、遭難者探しです。近場にはいないのでしょうか」

「遭難したって決まったわけじゃないけどな……」

「そうですね、確かめるまでは確定ではありませんね」


ありえないですけど、とすました顔で呟く玲に俺は苦笑を浮かべる。


「さっきの【凝雨泥魚マッティ・スローズ】、やけに気が立ってた。多分襲った後だな」


かといって、腹部が膨らんでいるわけではなかったから、恐らく逃げられたのだろう。

そして【凝雨泥魚マッティ・スローズ】が無傷で潜んでいたということは、襲われた側も手痛い反撃を受けたということだ。


「冒険者、でしょうか?」

「多分な。この階層で【凝雨泥魚マッティ・スローズ】に喰われるような奴はほとんどいない」


大体食われて破裂してる魚だ。

【ピポポ鳥】以上、【ディガー】以下のモンスターだ。

とはいえ、霧のブレスはかなり厄介だ。

存在を知らない相手なら、有利に戦えるだろう。


(平野で襲われたなら……森に入るな)


俺は森の方へと視線を送る。

平野の地面は激しい雨で足跡なんて見えない。

だが、木々の根元の僅かな傷や人の視線ほどの高さで折れた枝が、そこを人が通ったことを示唆する。


「行くか」


俺は鉈で枝を切りながら、森の奥へと進んでいった。

曇天の森の中は薄暗く、視界も悪いが、俺の玲も足を止めることはない。

俺は【探知】があるから目をつぶっていても歩けるし、玲は視力が桁外れにいい。

『魔素許容量』限界まで魔素を蓄えた身体能力特化型は、純粋に生物としての格が違うと思い知らされる。

とはいえ、歩き慣れている俺と比べれば、神経を使うだろう。


「………ごめん、玲。寄り道しちゃって」

「いえ、湊先輩の判断は間違っていないと思います。今、冥層で人が死ねば、情報を出さない湊先輩のせいだと騒ぐマスコミは出てきますし、【迷宮管理局】もそれに乗じて動きそうで面倒です」

「あー、【迷宮管理局】もか……。そこまでは考えてなかったな」


今、冥層と俺への注目度は高いからこそ、行動には気を付けなければならない。

それは探索に来る前に恋歌さんにも言われていたことだ。


「でも玲への負担がでかいから、やばくなったら撤退するぞ」


ダンジョンでは助け合うのが冒険者の責務だ。

そう言われているが、助けなかったからと言って罰則はない。

その理由は一つ、冒険者の根幹にあるのは『自己責任』だからだ。

俺は俺と玲の命にさえ責任を持てばそれでいい。

たとえそのせいで助けられない命が出て、批判されても、そこだけは譲れない。


「はい、そこは湊先輩の指示に従います」

「ああ、自分たちの命大事にで行こう」


森に入り、数分ほど、俺たちは彼らを見つけた。

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