無謀な挑戦者

入団試験は無事終わった。あの後は大変だった。

帰りは報道陣に囲まれたし、家に帰ってからも長い間連絡が無かった同級生たちからメッセージが来てた。

今回の入団試験で、俺の顔は一気に知られたのだろう。

【オリオン】所属になる、その意味と変化を、俺はさっそく感じていた。


そして俺と玲は正式にパーティーを組み、入団数日後、俺たちは『冥層』へと向かっていた。

あんな騒動があった後だ。俺たちは互いに変装し、50階層で現地集合した。


「つけられていないでしょうか」


フードで顔を隠した玲は、【天への大穴】の近くのルームで不安そうにそう言った。


「……とりあえずは大丈夫だな。道中は分からないけど」


普段の50階層はほとんど人はいないのだが、今日は様子が違う。

人に見られていない自信はない。


「人が増えましたからね、湊先輩の影響で……」

「やっぱり俺狙いなのか……」


今日の50階層は、いや、恐らくここ数日の50階層は人口が爆増している。

それは50階層に到達した冒険者が増えたということではない。

本来はこの階層で活動できないような冒険者も、ここに来ているのだ。俺を探しに。


「『寄生』の冒険者なので、撒こうと思えば撒けますけど、見つかるのは避けたいですね」

「……そうだな、俺達二人が冥層に行ったと知られたら、またオーブと素材を狙われる。それにしても、『寄生』までして来るかね」


『寄生』とは、一言でいえば他人の転移に相乗りすることだ。

セーフティーエリアの転移は、行ったことのあるセーフティーエリアにしか飛べない。


だが、一人でも50階層に辿り着いたことがあれば、その一人に触れることで行ったことのない人間も、50階層に来ることが出来る。

しかし『寄生』では、到達階層を更新することはできないため、帰るときも、誰かの転移に『寄生』するしかない。


それは、本来の実力以上の階層の只中に置かれるということ。

危険な行為のため、【迷宮管理局】も推奨していない行為だが、それをしたからといって、何かのペナルティがあるわけでもない。

今回のように人探しをする場合は、上の階からも人を呼ばなければ間に合わないのだろう。

とはいえ、それをやられる側からすれば、迷惑だが。


「……【オリオン】側で湊先輩への接触を断ってますからね。ダンジョンの中で偶然出会ったことにして交渉をしたいのでしょう」

「ダンジョン内は治外法権みたいなもんだからなぁ……」


目当ては情報か冥層の品か。

【オリオン】に入団して数日、探索の準備を考えても、この辺りで冥層に行くと読まれているのだろう。

【オリオン】という後ろ盾を得たことで、襲撃や地上での尾行といった過激な手段を取る者の姿は消えたが、ダンジョン内は別だ。

偶然出会った、と言われればどうすることもできない。


……やっぱり配信で冥層の情報を流す必要はあるな。

現状、俺と玲だけが宝の山を独占する形は健全ではないし、世間は許さないだろう。


「……せっかく正式なパーティーとしての探索一日目なのに……蹴散らしますか?」


初日の探索を邪魔された玲は、瞳にちろりと怒りの炎を宿し、提案してくる。


「いや、駄目だろ。【オリオン】の評判がた落ちになるぞ」


俺は苦笑しながら否定する。


「今更そんなことで落ちませんよ。乃愛がいるクランですよ?」


すごい説得力だ。

フードを被った二刀流の軽戦士を思い浮かべるが、きっとダンジョン内でも気まぐれに戦っているのだろう。


「それでも駄目だ。ヘイトを買い過ぎる。ここは静かに行こう」


【天への大穴】にも、何人かの冒険者が集まっているのを感じる。

だが、俺たちなら問題なく通れる。

俺は玲に手を差し出す。

玲は静かに手を取り、俺たちは姿を消した。


□□□


「……ったく、全然姿見せねえな」

「上も無茶いうよな、ダンジョンで接触して繋がり作れって」

「そんなん言うなら探知系スキル持ち、もっと回せよ……」


どこかのクラン所属らしい冒険者たちの会話を聞きながら、俺と玲はその横を通っていく。

俺と手を繋いだ玲は、【隠密】の効果に、物珍しそうに周囲を見渡す。


穴の縁に立った俺たちは、同時に飛び降りる。

高速で流れていく景色の中、俺は【天への大穴】にかけられたロープを見て、小さく眉をしかめる。


51階層に降りた玲は、姿勢を低くし、俺は周囲の探知をする。

風になびき、さわりと鳴る草花と遠くの森から聞こえる鳥の鳴き声、そしてそれらすべてを押しつぶすような重い雨音。

五感を圧倒する雄大な大自然は、息を殺し獲物を待つ狡猾な怪物たちの住処である。


「……これは、【蝕雨】ですよね?」


事前に冥層の情報を伝えていた玲は、大地を溶かすことも、金属の雫でもないその雨の性質を予想する。


「当たり。触らないようにね」


言うまでも無いことだが、これも触れたらよくない。

【蝕雨】、その効果は身体能力の低下だ。

どうやら魔法的な効果を含んでいるらしく、雨に触れれば触れるほど、身体能力低下の効果が重複していく。

最終的には心肺機能が弱り、衰弱死することになる恐ろしい雨だ。


だが、対策を取るのは難しくない。

雨が身体に触れないようにすればいいだけなのだ。


「この雨ならこれだな」


俺は【物体収納】から、二つの外套を取り出す。


「これは……【付術具】ですか」

「そうそう。用意してもらったんだよ。【耐魔力】付与のローブ。名前は確か……【耐魔の外套】だったかな」


【付術具】とは、スキルを付与した道具だ。

【鍛冶】スキルを用いれば、『オーブ』を消費することで、モンスターの素材にスキルを付与できるようになる。

とはいえ、付与したスキルの熟練度は【鍛冶】の熟練度に依存し、変化することは無いし、本来の性能よりも劣化した効果しか発揮できない。


それでもこの【付術具】はとても効果だ。

劣化しているとはいえ、スキルを自身の魔素許容量を圧迫せずに使えるのだから。

そんな貴重な品を、頼んでから数日で二着も用意した【オリオン】は流石だ。

俺は早速クラン所属の恩恵を感じていた。


玲は外套を纏い、フードを深く被る。

見えるのは、顔の下半分だけ。端正な唇が感嘆したように形を変える。


「そのままの名前ですね」

「……そだね」


この外套なら雨は弾けるし、肌に水滴が触れても、【耐魔力】のお陰で雨の効果を削げる。

これまでは、全身を覆うように、【撥水森】の葉で編んだ外套を全身に巻き付けていたが、【探知】がある俺はともかく、玲は視界が遮られていると厳しいだろう。


手早く雨への対処を済ませた俺と玲は、以前には無かった人工物を見て、ため息を吐く。


「誰か降りてきたみたいな」


【天への大穴】の真下、雨から守られた場所には、臨時の拠点となるテントや機材が置かれていた。


「人数は多くても5,6人といった程度です。クランの攻略ではありませんね」


どこかのクランが51階層の探索に向かうという話は聞いていたが、具体的な行動に移されたという話は知らない。

恐らく、俺が冥層に関する情報を出すのかどうかによって対応を変える気だろう。

その中には、俺と直接交渉、あるいは脅して情報を奪おうとするものもいるかもしれない。

そんな奴らへの対処も、今日の探索の目的だ。


「生きているのでしょうか」

「さあ……俺の【探知】の範囲にはいないな」


玲は俺の意思を伺うように視線を送って来る。

ダンジョン探索は自己責任だが、危険な状況にある同業者を助けるのは冒険者の責務だ。

かつて俺が玲を助けたように、冒険者は助け合わなければならない。

これも破っても罰則はないし、守っている者がどれだけいるのか知らないが。


「助けに行きますか?」

「……って言ってもなぁ……別に危ない目に合ってる確証はないし」


冥層の環境を考えれば、恐らく危険な状況にあるだろうが、探してまで助けに行くのはここまで来れる実力者相手に過保護すぎる気がする。


「…………やっぱりちょっと探そう。西側に沿って動く」


危なくなったら撤退できるだけのマージンは取って探索しているだろうが……とはいえ、この雨は配信に映ってない。

じわじわと身体を蝕むこの雨は、初見殺しもいい所だ。

遠く離れた場所で、体を動かせなくなっている可能性はあると思い、考えを変える。


「はい、わかりました」


西の森は、比較的安全だと配信で言っていたため、それを見ていれば、森沿いに進んだだろう。

俺達は、雨の中に踏み出した。

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