試験終了
「……はあ、ようやく終わりか」
俺はボウガンを下ろし、息を吐く。
……色々大変な試験だった。
「おつかれさま、最高に楽しかったよ」
ふわり、とシトラスのような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
同時に首元から背中にかけて、温かな熱が広がる。
耳を溶かすような囁き声と柔らかな感触で、抱き着かれていると一拍遅れて気づく。
「うわっ!?何で抱き着いてんの!?」
「えー、いいじゃーん」
乃愛はからりと明るく笑う。
その心境を表すように、サイドテールからぴょこぴょこと揺れていた。
「負けるなんて思わなかった」
「そもそも俺は勝ってないだろ……実戦ならあんな矢、切れ味落ちてなくても刺さらないだろうし、俺には乃愛にとどめを刺す手段はない」
「いいじゃん、私が負けたって思ったんだから。湊の勝ちだよ」
「……よく言うよ。本気じゃ無かったくせに」
俺は乃愛を引き剥がし、その顔を見返してそう言った。
乃愛は離れた俺を惜しむように手を伸ばした後、こてりとわざとらしく首をかしげる。
「そんなことないけど?」
絶対嘘だ。
俺は揶揄うように細められた瞳を見て、確信した。
乃愛は、玲と並ぶ【オリオン】の武闘派だ。
俺が玲に勝てないなら、乃愛に勝てるわけも無い。
手を抜いたわけでは無いのだろうが、本気でもなかった。
(ただの試験官役で奥の手を晒すわけないしな)
確信はあるが俺が何を言っても、この猫のように気まぐれであざとい少女は本当のことを言わないだろう。
「というか、どうして俺の場所が分かった?」
「あの矢、軌道は変えてたけど、その分、遠回りさせた矢は威力が低いでしょ。何発か受けたら分かっただけ」
微妙な矢の威力の変化から、俺の位置を突き止めるために動かなかったのかと合点がいく。
それと同時に安堵もした。
(そんな方法で居場所を突き止められるのは乃愛ぐらいだろうな)
楽しそうな乃愛を見るに、失望させることは無かった。
それが分かり、俺はほっと安堵した。
□□□
『うぎゃああああ!!あいつ、乃愛様に何してんだー!!!』
『離れて!』
『玲に続いて、俺の推しが取られた!』
『……やだやだやだやだ、あの二人接点あったの』
『はい、仕事辞めます』
『勝手にやめなwww、でも意外とお似合いよ、この二人』
『いやああああ!!』
「あー、乃愛さんファンの方たちの悲鳴が絶えませんが、これにて【オリオン】入団試験終了ですー!」
乃愛に好かれる意味を知っているすいは、湊に同情しながらも、阿鼻叫喚の状況を締めくくる。
ちらりと隣を見るが、恋歌は腹を抱えて笑っており、使い物にならず、厳哲のフォローは元々期待していない。
「えー、時間も押してますので厳哲さん、今回の試験の総評をー」
「……うむ、全体としてレベルの高い者が揃っていたな。ただ、試験開始直後に脱落した者が多いのは気になる所だ」
「雪奈さんがいっぱい凍らせたのもありましたしねー」
「後はそうだな……やはり推薦された二人は、確かな実力を示した」
「と言いますと?」
「まずは妃織雪奈、圧巻の魔法と剣技で倒した参加者の数は断トツの1位だ。あれほどの大規模な魔法を発動させながら、試験終了間際まで戦い続けたスタミナは流石だ」
『文句なし!』
『あの魔法はチート』
『チートは魔力量でしょ』
『合格か!?』
『そりゃそうでしょ!』
『おぉー、あの鳴家が褒めてる』
「そして白木湊、試験開始直後は注目度が高かったこともあって不安定な立ち回りを見せたが、後半に行くにつれ、相手の情報を集め、冷静に対処していた。前評判以上の生存能力だ」
『確かになー、地味だったけど』
『最後の乃愛様に矢を打ちまくった奴はすごかったけど』
『あれ何のスキル?【曲射】?あんな追いかけるっけ?』
『んー、確かに最後はすごかったけど、前半赤崎にボコされてたのは減点じゃね?』
「直接的な戦闘力を疑問視する声もあるようですが?」
「それは的外れな指摘だ。白木湊の冒険者としての役割は遠距離攻撃と情報収集によるサポート、つまり斥候だ。前衛系の赤崎クロキと戦い、勝つことを求めるのは無理難題だろう」
『冥層冒険者って聞いて、勝手に完璧超人みたいなの想像してたわ』
『できないこともあるからパーティー組む。その点で、後衛としても補助としても白木湊の存在はパーティーの生存率を上げるため、絶対に欲しいレベル』
『俺的には想像以上に戦えるんだなって印象』
『火力不足はあると思うけどなー』
『いや、本当にやばいのはあの【隠密】だろ。妃織さんと乃愛意外まともに見つけられてないぞ』
コメントの評価は湊の実力を認めるものが多かったが、それでもやはり、火力不足を指摘する声は多かった。
(火力無くても冥層で生き抜ける能力がやばいって話ですよねー)
器用で何でもできるため、パーティーでは斥候の役割を担うことも多いすいからすれば、あんな鉈とボウガンだけで冥層まで一人で行っている湊は化け物でしか無いのだが、冒険者ではない視聴者には分かりづらい様だ。
「では恋歌さんはいかでしたかー?」
「……ふふっ、そうねぇ、やっぱり最後の吹雪のドームの三つ巴は面白かったわ。雪奈が負けちゃったのは残念だけど」
「そうですね!皆さん大活躍でした!私的には乃愛さんの新スキルが気になりましたけど!」
『そうそう、その話!』
『あれ、もしかして【重裂傷】!?』
『一個しか持ち帰ってなかったよね?効果確かめずに使ったん?』
「あの子、フィーリングで身に着けるスキル決めてるから」
恋歌はやれやれと言いたそうに肩を竦めた。
「でも、乃愛の手数重視の戦い方と噛み合ったスキルね」
「そうだな。自分の肉体や触れた物に紫のオーラを纏わせ、そのオーラに触れれば、裂傷が重症化する、というスキルだな。中々凶悪で使い勝手がいい」
『あれめっちゃほしい』
『おたくの冥層冒険者に新品取りに行かせてください』
『頼むから市場に流してくれ~!!』
『あのオーブ独占は恨むぞ!』
「あははは……で、ではこれにして配信終了しまーす、皆さん、お疲れさまでしたー」
□□□
『【オリオン】合格者を語る』
名も無き市民001
「ついに発表されたな……」
名も無き市民002
「合格者は4名。白木湊、妃織雪奈、赤崎クロキ、影谷兵馬」
名も無き市民003
「……最後の誰?」
名も無き市民004
「知らん。けど、補助系、つまり荷物持ちや斥候系の人らしい」
名も無き市民005
「家主と被ってんじゃん」
名も無き市民006
「配信見てたみんなの印象にないってことは、最初から最後まで隠れきったんだろうな」
名も無き市民007
「それで受かるのか」
名も無き市民008
「白木が出てきたから、冒険者にも『強さ』以外を求めるようになったんだろ。あの狭いエリアで血気立った冒険者相手に隠れられるなら、よっぽどの隠密能力よ」
名も無き市民009
「最近ダンジョンでも、モンスターの配置とか確認しながら進むやつら増えたよな」
名も無き市民010
「お陰で斥候してたわれ、人気になったぜい、ありがとう家主」
名も無き市民011
「斥候って白木みたいなことしてくれんの?モンスターと会わないルート見つけてくれたりとか」
名も無き市民012
「そんなことできるか、カス!周囲のモンスターの位置を探ったり、モンスターの種類を見破るぐらいが精一杯じゃ!あれは……無理よ」
名も無き市民013
「豹変すんな笑笑。でもモンスターと会わない、みたいなことするには、広大な範囲のモンスターの配置を見破って、その移動経路も予測する必要がある。最低でも高熟練度の探知系スキルと階層、モンスターへの高い理解が必要。つまり、家主だ」
名も無き市民014
「第二のあの人が現れるのは先かー」
名も無き市民015
「そうでもないかもしれん。あの人、二回の配信で結構情報出してくれたから、それを基に練習してる探知系スキル持ちは多いぞ」
名も無き市民
「じ、じつは僕も、練習してるの……」
名も無き市民
「あ、そ。できたら連絡よろ」
名も無き市民
「興味ゼロで草www」
名も無き市民016
「てか、話ズレてる。合格者のことよ。ぶっちゃけどう?」
名も無き市民017
「雪奈ちゃんが可愛い。真っ白で雪の精霊みたいで可憐。写真集出してほしい」
名も無き市民018
「まあ、順当だよな。活躍した奴、上から取ったみたいな感じ」
名も無き市民019
「雪奈可愛いはガチ。俺は乃愛派だけど。だけど、確かに意外感は影谷以外は無いよな」
名も無き市民020
「推薦された二人は確定で合格だしなぁ」
名も無き市民021
「これからに期待だな」
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