入団試験④
「あはっ!」
笑みを浮かべた乃愛は、真っ直ぐに雪奈へと向かう。
両の手に握った短剣は厚い刀身をしており、不気味に曲がりくねっている。
雪奈は盾で連撃を防ぎ、細剣で鋭い反撃を見舞う。
「やる、ねっ!」
乃愛は真横に跳び、空中を踏みしめる。
そしてばねのように全身を使い、雪奈の背後の空中に着地する。
立体的な機動を可能にするのは、【空歩】という空中に足場を作り出すスキルのお陰だ。
乃愛の身体能力と合わさり、そのトリッキーな動きは相対していた雪奈から消えたように見えた。
「………」
だが、雪奈も流石の反射神経で、背後に向けて盾を振るう。
「―――っと」
乃愛は盾を短剣で受け止める。
激しい衝突音が響き、交差した短剣に盾が押し込まれるが乃愛は崩れない。
「……きひッ」
凶悪な笑みを浮かべ、乃愛は短剣を振るう。
空気を切り裂きながら迫る短剣は、しかし側面から割り込んできた槍のせいで、後退を余儀なくされる。
「なぁーんだ、まだやる気?」
猫のようなしなやかな動きで、槍の奇襲も躱しきった乃愛は、意外そうに赤崎に声をかける。
「……当然だ。僕を刻んだお前だけはここで落とす」
「……出来るといいねぇー?」
間延びした口調で煽る乃愛に対し、赤崎の表情が歪む。
助けられた形になる雪奈は、ゆっくりと二人と距離を取るように立ち回る。
狭い吹雪のドームの中、互いが間合いを取り合い、三角形が形成される。
それは、実況の予想通りの展開だった。
「やはり乃愛に攻撃が向いたな」
厳哲は面白そうに吹雪のドーム内の光景を見る。
「そうでしょうね。赤崎君は乃愛にぼこされてるから自然と乃愛にヘイトが向かうし、雪奈も手負いの赤崎君より乃愛の対処を優先したいでしょうね」
『うおぉおおお、乃愛様~~!!』
『今日も素敵ですお嬢様!』
『みんな頑張れー』
『家主空気じゃない』
『なんかしろ』
『やっぱ逃げ隠れするだけじゃんか』
「乃愛さん信者も多く見守る中ですが、流石に2対1だと不利でしょうか?」
「そうねぇ、2対1がこのまま続けば不利だけど、そうはならないわ」
乃愛はダメージの深い赤崎を狙う。
振り下ろされる短剣の威力に赤崎は歯を噛み締める。
(――――うッ、片手だというのに!)
何度も味わってきた短剣の威力は、乃愛の取り込んだ魔素の量を物語っている。
赤崎も身体能力が低い方ではないが、乃愛はそんな彼を優に上回っている。
「ふっ……!」
脚の止まった乃愛へ、雪奈は細剣を突き出す。
顔を狙った突きを首を動かすことで躱し、突きを放ち切った雪奈へと槍が振り下ろされる。
「……びっくりした」
甲高い音を立て、澄んだ氷盾が槍を受け止める。
今度は一転、雪奈が二人の標的となった。
「油断、するなっ!」
赤崎の連撃は氷盾で防ぎ、乃愛の変則的な攻撃は盾と剣を駆使し、受け止める。
重く、鋭い乃愛の攻撃は、一撃ごとに雪奈の芯へと響く。
必然、その意識は乃愛へと多く裂かれる。
その隙を、赤崎は見逃さなかった。
「【変速】!」
スキルを発動させる。
自身の動きを加速させ、槍の突きを加速させる。
氷盾の動きを置き去りにし、自身に迫る穂先を、雪奈はギリギリ身を捩ることで直撃を避ける。
だが脇腹を掠る穂先により、赤い鮮血が滲む。
試験用に切れ味が落とされていると言っても、無防備な腹部に当たれば、傷は負う。
だが、重症ではない。
「――――」
体勢の崩れた雪奈へと、青く殺意に燃える視線が注がれる。
短剣を警戒し、盾を掲げた雪奈は、しなるように繰り出された蹴りを、傷を負った側の脇腹で受けてしまった。
「……うっ!」
吹き飛ばされた雪奈は、吹雪のドームの端で止まる。
更なる追撃を仕掛けようとする乃愛、そして乃愛の背を狙う赤崎。
雪奈は地面に手を突き、魔法を発動させた。
「【氷壁】」
ドームを分断するように氷の壁が生成される。
乃愛と赤崎、雪奈で完全に分断され、乃愛は小さく舌打ちをして、背後から迫る槍を躱す。
槍は氷壁の一部を削り取った。
それを見た乃愛の脳裏にある選択肢がよぎる。
(かなりの魔力を込めた氷壁……私とこいつを分断して湊狙い?)
乃愛にとってそれは、一番避けたい展開だった。
自分と正面から戦えるほど強い雪奈を取り逃し、わざわざ面倒な試験官役までやった目的である湊を取られるかもしれない。
乃愛は、手札を晒すことを決めた。
「【加速】!」
赤崎もまた、決着を急ぐ。
雪奈がいなくなり、変則的な2対1を作れなくなった以上、1対1で乃愛と戦う必要がある。
不意打ちの一撃で仕留めなければ、勝機は無い。
自身の放てる最速の一撃を繰り出す。
そしてそれは、宙を切った。
視界から消えたその手段が、【空歩】による立体的な移動によるものだと気づいた時には、その首筋に細くしなやかな指が掛けられていた。
「【重裂傷】」
スキル名を聞いた瞬間、その全身から血が噴き出し、赤崎の意識は途絶えた。
「【重裂傷】」
再度のスキル発動。崩れ落ちる赤崎には目もくれず、乃愛は氷壁に紫色のオーラを纏った短剣を振るった。
十字に刻まれる傷跡。それは氷壁を切り崩すには及ばない傷だ。
だが、僅か一瞬の後、傷が一気に広がり、氷壁は崩壊した。
崩れゆく氷の欠片の奥、乃愛は両手を突き出す雪奈の姿を見た。
「【雪花爛迅】!」
氷の花弁が放たれる。
待ち構えていた雪奈の攻撃が、乃愛の全身を刻む。
短剣で急所だけ庇った乃愛は、血まみれの顔を歓喜に染め、狂ったように叫ぶ。
「威力低いけど、魔力切れかなぁ!!」
「……っ、私が勝つ」
乃愛の指摘通り、魔力切れ間近で蒼白の顔をした雪奈は、細剣を構え、乃愛へと駆ける。
吹雪のドームを隔てていた氷壁を踏み越え、刃を振るうその瞬間、2人の意識は互いだけに向いた。
その隙を、彼は見逃さなかった。
「――――あっ」
垂直に落ちてきた矢が、吹雪のドームに侵入する。
殺傷能力を持たない矢は、傷ではなく衝撃を雪奈の華奢な肉体へ伝える。
自身の意思とは違うタイミングで吐き出された息。
体の中央を押されたせいで崩れる体勢。
眼前には、迫る乃愛の姿。
「【重裂傷】」
身体に添えられた手から、紫色のオーラが伝わる。
脇腹の傷が開き、その衝撃で雪奈は意識を失った。
同時に、制御を失った吹雪のドームも崩れ落ちる。
氷の粒が陽光を反射し、ステンドグラスのように輝く。
そんな幻想的な光景の中、乃愛は先ほどの攻防を思い出す。
(……渦巻く吹雪の起点、真上から垂直に矢を入れて風の影響を最小限に抑えたわけだ)
言葉にすれば簡単。しかし、そのタイミングは完璧というほかない。
最も乃愛がダメージを負い、かつ自身の天敵である雪奈を確実に脱落させる。
(もし湊が狙ったのが私だったら……)
今とは違って結末になっていたかもしれない。
その言葉を、乃愛は心の内に仕舞った。
なぜなら――――
「これ以上興奮したら、マジになっちゃいそうじゃん……!」
乃愛は何の気配も感じない森の奥を、爛爛と殺意に濡れる瞳で見つめる。
熱い眼差しは、ある意味恋に溺れる少女のように艶やかだった。
□□□
(あと一人)
俺は木の上で、吹雪のドームから出てきた乃愛を見る。
俺の姿が見えていないはずの乃愛と視線が絡み合う。
その獣のような殺意に濡れた瞳に射竦められても、俺の心は凪いでいた。
ただ機械的にボウガンの引き金を引く。
【7連式速射ボウガン】、その名の通り、7発まで矢を装填し、速射できるボウガンだ。
3発放つ。
それぞれ、【射撃軌道操作C】の力により、バラバラの軌道で乃愛を襲う。
乃愛はそれを、短剣を振り払うことで撃ち落とす。
(視界の悪い森の中でこれか……)
俺は続けて4発放つ。今度も軌道を変え、タイミングもずらすが、乃愛は獣じみた動きで二本の短剣を操り、撃ち落とす。
血を流し、体力も落ちていてもこれだ。
だが、俺に焦りはない。
(長くは続かない。その内出血で倒れる)
俺はそれまで、乃愛に攻撃を仕掛け続けるだけでいい。
俺は素早く【物体収納】から取り出した替えの矢を装填し、引き金を引く。
無数の矢が、あらゆる角度から乃愛を襲う。
途切れることのない矢の群れは、乃愛に回避と迎撃を強制し、その体力を削っていく。
順調だ。時間の経過と共に、彼女の動きは鈍くなっていく。
だが違和感がある。
(どうして動かない?)
乃愛は初めにいた場所から一歩も動いていない。
飛び道具を相手にした場合は、動き続けることで射線を外すのがセオリーだ。
俺の場合は【射撃軌道操作】があるため、障害物はあまり意味をなさないが、それでも乃愛の機動力で動き回られれば、追い付けない。
【射撃軌道操作】は、発射物の軌道を操るスキルだ。
熟練度Cで発射物を加速させられるようになるため、多少の飛距離は変わるが、俺のボウガンの射程は350メートル。
宙を駆ける彼女にとっては、大した射程ではないだろう。
(逃げるのが気に入らないだけか?)
彼女の戦意に濡れた瞳を見れば、それも納得だが。
だが、このまま何もしないタイプじゃないだろ。
「――――ふっ、やっぱりな」
俺の視線の先で、乃愛は確かに俺を見た。
そして駆ける。
姿勢を低くし、木々の隙間を縫うようにこちらへ迫る。
俺は自分の居場所に気づかれたと察する。
(射角から居場所を掴まれた、はあり得ない。誤魔化して撃ってる……)
だが今はそんなことはどうでもいい。
俺はすさまじい速度でこちらへ迫る乃愛へと矢を四発放つ。
一発目は躱され、軌道を変えた二発目、三発目も視線を向けることなく短剣で弾き落とす。
(チッ、【隠密】対策もばっちりか)
「あはッ、湊見つけた……!」
すでに乃愛の声がはっきりと聞き取れるほどの距離まで近づいた。
残りの矢は4本。リロードする時間は無い。
(引き付けて放つ……)
乃愛は身をかがめ、跳躍した。
真っ直ぐに木上にいた俺へと迫る。
「――――ッ」
引き金を引く。
だがその瞬間、乃愛の姿は俺の視界から消えた。
【空歩】による背面への超速移動。
俺はそれを知っていた。
振り向くことなくボウガンを背後へ向けて引き金を引く。
「―――――だと思った」
冷静な声音がすぐ後ろから聞こえた。
乃愛は短剣を振るい、矢を切り払う。
完全に行動を読まれた。すでに手を伸ばせば、互いに届く距離だ。
そしてそれは、乃愛の刃圏に入ったということ。
血に飢えた歪な刃が俺を狙う。それが振り下ろされる直前、見えない矢が乃愛の胴体に命中した。
「――――」
乃愛は驚愕に顔をゆがめ、地面へと落ちる。
俺は無防備な乃愛へと照準を合わせ―――――試験終了の鐘が鳴った。
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