入団試験③

「―――っ、怒涛の展開!赤崎さんと白木さんの戦いに割って入ったのは、我らが【オリオン】の誇る武闘派、【麗猫グレイシャー】柊乃愛!」

「あの子はこの試験の『ボスモンスター』ね」


「はい!真っ先に強者に向かうその姿勢と容赦なく奇襲するその姿は、画面越しでも恐ろしいです!そして、乃愛さんに割り込まれた白木さんは姿を消し、2人とは距離を取る様子!」

「当然だな。2人を相手にするなら、必然、二発以上矢を放つ必要がある。ならば、一人を相手にするよりも、間合いがいる」


乃愛の登場により、コメント欄も一気に湧き、そしてその後の彼女の介入で最高潮に達する。

そんな中、引きの絵で森を捉えていたドローンカメラの映像が、真っ白に包まれていく。

これほどの広域の【氷魔法】を使う者の正体など、視聴者は言われずとも察する。


僅か二十メートルの距離を保ち、湊と雪奈が接敵した。


「―――これは、赤崎さんと乃愛さんが戦う僅か100メートル南方で白木さんと雪奈さんがにらみ合う構図となった!ここからどう動くと思いますか、厳哲さん」

「そうだな……こうなると厳しいのは赤崎だろう。有利になるのは、白木だ」

「……え、それはどういう?」

「見ていれば分かる。ほら、状況が動いたぞ」


画面に移る湊は、迷うことなく雪奈に背を向け、走り出す。

乃愛たちのいる北へと向かって。


「【雪花爛迅】」


涼しげな声が響く。

彼女のしなやかな手の先から、氷の刃が湧き出す。

それは風に乗る花弁のように群れを成し、湊の背を襲う。


湊は木々を使い、立体的に飛び回ることで躱していく。


「……すごいね。そんな避け方する人、初めて見た」


曲芸のような動きに、雪奈も驚きと呆れの混じる声音を漏らす。

だが湊は、その声に反応するような余裕はなかった。


(―――えげつない魔法だな!?)


背後から迫る氷の花弁は、木をすりおろすように刻みながら、湊を執拗に狙う。

それに加え、背後からつかず離れずの距離で雪奈自身も迫って来る。

魔法の射程外に出るという対魔法使いのセオリーが通じない。

そして彼女は走りながら氷の花弁の魔法を使い、その上索敵用の冷気も展開し続けているため、【隠密】も通じない。

湊は魔力の節約のため、【隠密】も解いた。


(馬鹿魔力量と森の中を駆け抜ける体力……無茶苦茶だ!)


彼女も玲や乃愛と同じ、極まった強者だ。

だからこそ、逆に都合のいい点もある。


森を駆け抜け、彼女たちの元へと向かう。

すると前方から、何かが飛んできた。

湊が反射的に躱すと、それは木にぶつかり、悲鳴を上げた。


「あがッ……ぐ、うぅううっ!?」


それは赤崎だった。

全身には鋭い刃で刻まれたような切り傷を作り、血に染まっていないところが無いほどであった。

恐ろしいのはその傷を作ったのは、試験用に切れ味を落とされた武器であるということ。

そして下手人も姿を現した。


「あれ?湊じゃん。どしたの?私に斬られに来た?」


くすくすと楽しそうに笑う無傷の乃愛を見て、湊は表情を引き攣らせる。


「いや、お届け物だ」


背後から、氷の花弁が渦を巻き、現れる。

乃愛の意識が魔法に向き、雪奈は乃愛を警戒し、速度を緩めた。

その瞬間を見計らい、湊は【隠密】を発動させ、その場を退いた。



「これは―――――」


その様子を配信を通じ、見ていたすいは驚愕したように声を漏らす。


「ええ、四つ巴ね」


戦況を見た恋歌は楽しそうに瞳を細めた。


「白木は乃愛を壁に使うことで、上手く妃織の索敵範囲から逃れたな。冷静で上手い手だ。環境を分析し、利用する技術は白木の真骨頂と言えるな。俺には真似できん」


厳哲は静かに湊の技術の高さを認める。

厳哲が手放しに人を褒めるのは珍しい。恋歌も意外そうに厳哲を見つめた。


『家主さん、上手く距離取ったな』

『赤崎頑張れー!!』

『やっべぇ、どうなるんだこれ!!』

『クライマックスじゃん!』

『これが白木有利の状況ってこと?』


「……ええっと、確かに遠距離攻撃手段を持ち、【隠密】で姿を消した白木さんが有利ではあります、か?」


すいは自信なさそうに厳哲を見る。

彼女にはこれほど多様で強力な能力を持つ冒険者同士が戦う状況がどう動くのか読み切る自身は無かった。


「そうだな。これで五分と言ったところだろう」

「低くないですか?」

「そんなものよ。皆、湊君を警戒してるから、誰かが対処する―――ほらね」


画面の中では、渦巻く冷気がドームへと変じていた。


「……しまった―――!」


赤崎は、背後で閉ざされた退路を見て歯噛みする。

赤崎、乃愛、雪奈を囲うように冷気のドームが張られた。

ご丁寧に、冷気の中には氷の刃が舞っているため、無理に突破しようとすれば全身が刻まれるだろう。


(どうしてこうなった……白木湊を早々に倒して、後は隠れ潜むつもりだったというのに……!?)


赤崎も【隠密】スキルを持っている。熟練度はDだが、冒険者相手なら十分な数値だ。

だがその計画も、湊を倒せずに狂った。


(侮ったつもりはない。それでも、勝てると思った時、気が緩んだのは確かだった……!)


そしてそれを湊は見逃さなかった。

見えないロープも香辛料の袋も、的確に赤崎の意識の隙間を付いた。

その戦い方は、モンスターを超越し、討伐する冒険者の手法ではない。


(あれが白木湊の……【冥層冒険者】の戦い方、いや、生存術か)


戦えないと、そう思っていた。

それは事実だ。正面から戦えば赤崎が勝つ。

だがこれは決闘ではない。それを赤崎は忘れていた。


(一度姿をくらませれば、まず見つからない【隠密】に超広範囲の【探知】……こんな相手と森で戦おうとしていたのか……)


隠れ潜む冷徹な狩人【冥層冒険者】、残虐に敵を切り刻む【麗猫】、そして膨大な冷気と戦技を併せ持つ【雪乙女】。


(とんだ怪物どもに喧嘩を売ったものだ)


ここにきてようやく、赤崎の心から余計なノイズが消えた。


□□□


(……消えちゃった)


雪奈は雪の精のような無表情の奥で、僅かにしょんぼりしていた。

他の多くの参加者たちと同じように、雪奈も湊を狙っていた。

だがそれは、湊を倒し、試験を有利に進めるためではない。


(同期だから色々話したかったのに……)


湊と雪奈は共に推薦されている。そのため、同期で入団することが確定している。

それに加え、2人は同い年だ。

若くしてダンジョンの最前線で戦ってきた彼女にとって、同年代、しかも実力が似通っている同期は特別だった。


(恋歌が「彼は実力を認めた相手以外とは話さないわ」って言ってたから攻撃してみたけど、まだ足りてないのかな……)


満面の笑みでそう言ってきた恋歌を思い出す。

完全なる嘘で場をかき乱したいだけの愉快犯の狂言だが、雪奈はそれに気付いていない。

それどころか彼女の中の湊のイメージは、頑固で気難しい『狩人』になっていた。


(もっと、頑張ろう)


乏しい表情の奥で、彼女はそう決意した。


□□□


(……あはっ、やばい、滅茶苦茶楽しい!!)


心の奥から湧き出す享楽を隠さず、乃愛は狂笑を浮かべる。

ずっとお預けされてきた湊と戦うため、この試験に協力したが、想像以上に楽しい状況になっている。


(まずは死にかけと氷使いから……メインディッシュの湊は最後だね)


想像するだけで胸の奥から湧き出す高揚感に、乃愛は爛爛と瞳を輝かせる。

冷静に獲物を見定め、短剣を構える。

彼女の行動原理に複雑なものはない。

ただ、戦いを楽しむため、その爪は強者へと向かう。


□□□


(やられたな……)


俺は、吹雪のドームを睨む。

三人の姿は完全に見えなくなっている。

【探知】を使っているので、三人の居場所は分かるのだが、あの氷の刃が混ざるドーム越しに狙うのは難しいだろう。軌道がずれてしまう。


(中で潰し合うのは待つか?……いや、【氷魔法】使いが残ったら最悪だ。俺との相性が悪すぎる)


膨大な魔力に任せた広域索敵を使える魔法使いは俺の天敵だ。

確実に、あの吹雪の中で【氷魔法】使いを落とす必要がある。


(……やっぱ初見の相手は難しいな)


俺は心中で反省する。

赤崎に襲われたり、乃愛が来たり、【氷魔法】使いと鉢合わせたり、色々とイレギュラーが続いたが、それでもうまく状況を操れてきたと思う。

それでもやっぱり、最後の最後に上手くいかない。

知らない者を相手にすれば、俺はこうまで弱いと改めて実感する。


(そういえば、冥層に入って最初の数か月は毎日こんな感じだったな……)


訳の分からない雨に恐ろしいモンスターたち。

激変する環境に流される木の葉のように、俺は翻弄されていた。

その時も、今日のように行き当たりばったりで動いて何度も死にかけてきた。

だけどそれも、冥層を知り、適応することで克服してきた。


(……俺にとって探索は、未知を既知に変えること。これもそうだ。観察して、弱点を見つけてやる)


『狩り』の基本は観察すること。

獲物をしとめるために動くのは最後の最後だ。

初心に戻り、俺は吹雪のドームを見つめる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る