入団試験①
(さて、とりあえず隠れるか)
平野へと配置された湊は、周囲の冒険者の位置と動きを【探知】で確認しながら、森へと向かう。
森は湊にとって小さい頃から連れまわされてきた第二の故郷と言える場所だ。
これだけの人数が密集していても、湊のスキルなら隠れきれると考えたのだ。
だがあと少しで森というところで、湊は周囲の冒険者の不審な動きに気づく。
「おぉっと?白木さんの近くの冒険者が、包囲するように動き始めたぁ!」
スタジオで見ていたすいは、興奮したように声を荒げる。
「これは、前もって組んでたのかな?」
「いや、恐らく違うだろう。……彼は元々狙われてた。スキルを発動させ、消える前に倒そうという冒険者たちの狙いが一致したのだろう」
試験を始まる前はスキルを使えない。
そして、誰がどこに配置されているのかは、近くに配置された冒険者なら大まかな予想は付く。
ドローンカメラが映す湊の姿は、一目散に森へと向かっていく。
「間に合うかは……ギリギリね」
「ああ、想像以上に森側に寄ってる。これは、一部の冒険者は即席で組んだな」
「ちっ、やるしかないな」
湊は前方に布陣する三人の冒険者を見る。
スピードを落とすことなく、突撃を行う。
「はっ!馬鹿が!おまえの首は貰うぜ、鴨野郎!」
「おい、抜け駆け話だぞ」
「早い者勝ちだろ!」
距離を取って並び、荒い言葉遣いで互いを牽制する彼らは、どう見てもパーティーとは呼べない。
(穴は真ん中だな)
一番最初に湊に叫んだ男だ。
興奮と緊張。それを覆い隠するように威勢を張っている。
鉈を抜いて構える。【頑鉱の鉈】と呼ばれる装備であり、武器というよりは解体用のナイフの延長線上にある頑丈さだけが取り柄の鉈だ。
今は試験のため、切れ味鈍化の魔法がかけられており、殺傷能力は無い。
「おい、俺の方に来てんだ、手出すなよ!」
男は両端の冒険者を牽制しながら、湊へと武器を向ける。
意識が逸れ過ぎている。
湊は武器を振るうそぶりを見せる。
男は、腕に自信あるのか、迎え撃つように剣を振り下ろす。
その一撃は、湊よりも遥かに速かったが、目で追えないほどではなかった。
瞬間、湊は減速し、剣を空ぶらせる。
そして、男の肩を踏みつけ、一気に加速する。
「うおっ!?」
体勢を崩し、派手な土煙を立てながら転がった男に残りの二人が木を取られている間に、湊は最速で森へと向かう。
「今のは上手いな」
スタジオで今の一連の動きを見ていた厳哲は、感嘆の声を漏らす。
それに恋歌も賛同する。
「逸ってる相手を見破って、フェイントで崩す。相手の意識の隙をつくやり方はらしいわね」
『おぉっ!逃げ切れるか!』
『もう森入った!』
『スピード全然落ちないじゃん……』
湊は木々の間を速度を落とさずに駆けていく。
背後から、冒険者も追うが、湊に追いつけるはずもなく、やがて姿は見えなくなった。
「………危なかった」
湊はほっと一息つく。
先ほどは相手が湊を倒そうと焦っていたこと、三人が連携を取れていなかったお陰で簡単に逃げられたが、彼らが時間稼ぎに徹し、包囲されてしまえば、逃げるのは難しかっただろう。
(いったん隠れて様子を見るか)
そう決め、【隠密】を発動させようとした時、湊は前方の森の奥からこちらに真っ直ぐ近づく気配に気づいた。
【探知】で感じる気配は薄く、相手も【隠密】を発動させていることが分かる。
「お前か……」
「君なら逃げ切ると思ってたよ。僕も運がいい」
薄い笑みを浮かべ、赤崎クロキは手にした槍を構えた。
(さっさと【隠密】使っておけばよかった……)
長期戦を見越して、少しでも魔力を温存しようとしたのが裏目に出た。
知覚された状態では、【隠密】は効果が無い。
湊は戦闘に備え、鉈を構える。
その緊迫感は、配信越しにも伝わっていた。
「――――ッ、両者睨み合う!これは逃げ切れないか!?」
「これは、厳しいわね。彼も恐らく探知系のスキルを持っているから、発見されている状態から姿を消すのは不可能よ」
「となれば、戦う以外の道は無い」
配信画面は、大きく湊とクロキのにらみ合いを映す。
『家主~~~!』
『ゴリゴリの実力派の赤崎相手はきついな』
『これ、来ること分かってたっぽい?』
視聴者のボルテージも上がる。
そしてこの二人以外の戦況も、大きく動く。
主に探知系スキルを持つ冒険者が積極的に動き、あちこちで戦闘が勃発した。
その中でも特に大規模な戦闘が始まったのは、平野であった。
始まりは、探知系スキル持ちによる奇襲だった。
試験参加者の中でも、白木湊に次ぐ知名度を持つ彼女に、狙いが集中するのは当然だった。
だが彼女は湊とは違い、逃げるという手を取ることは無かった。
「~~~~~うッ!?」
近づく不埒者へと、氷のように澄んだ薄い碧眼が向けられる。
魔力が視線の先に渦巻いている。そう気づいた瞬間には、男の肉体は氷華の中にあった。
急速に体温が低下し、意識が混濁する。
最後に見たのは、変わらずこちらを貫く冷たい眼差しだけだった。
彼だけではない。彼女の近くに寄った全ての者は、彼女を間合いに収めることも無く、凍り付き、意識を失う。
数多の氷塊が平野に作り出され、降りたった霜が青白い冷気を生み出す。
その冷域の外で足を止めた受験者は、彼女―――「妃織雪奈」を睨みつける。
白い長髪は、真冬の雪原のように薄く煌めく様だった。
感情を宿さない氷のように薄い碧眼は、神秘的な輝きを宿している。
華奢な肉体と可憐な顔立ちは、妖精のようだと、男は本心からそう思った。
(なんて魔法の威力だよ!?この距離だぞ!)
魔法系スキルは、発動者から遠ざかるほど、制御が難しくなり、威力が落ちる。
それにも関わらず、雪奈は完璧な魔力操作により、敵だけをピンポイントに凍らせた。
圧倒的な魔力量とセンス、自分とはかけ離れた力を持つ冒険者に、男は嫉妬から顔をゆがめる。
(俺一人じゃ勝てない……!)
男は苦々しく、そう思う。
彼もまた、若くして【オリオン】の入団試験を受けられるようになった選ばれた冒険者だ。
挫折も経験せず、ここまで来た彼にとって、雪奈を格上だと認めることは、痛みを伴う行為だった。
だが、彼は愚かでは無かった。このまま戦えば敗北し、評価は最悪だ。
それならば、手柄を分けてでも、勝つ方がいい。
「―――ッ、お前らもこのままじゃ凍らされて終わりだ!それが嫌なら遠距離から削れ!」
雪奈を包囲するように布陣する10人ほどの冒険者。
彼らは、評価に目がくらみ、真っ先に突っ込むような愚か者では無かった。
いずれも、若くして下層に進出した強者たち。
言葉を交わさずとも、一時的な共闘を決断し、即座に行動に移す。
数多の矢が、魔法が雪奈へと降り注ぐ。
(【氷魔法】は制圧力に長けるが、防御は不得手だ!魔力を切らせてから囲んで潰す!)
対氷魔法使いのセオリー。
だが男達に誤算があったとすれば、雪奈は魔法剣士であるということだった。
雪奈は、自身に迫る炎弾に視線を送ることもせず、躱す。
細身の片手剣を鞘に納めたまま、タクトのように振るい、矢の雨を打ち落とし、姿勢を落とす。
冒険者たちの驚愕を攫う身のこなしと剣技。
―――彼らが硬直した瞬間、彼女は地を蹴り、包囲の一角へと迫った。
「―――――!?」
「………」
片手に装着した小盾で、弓使いを殴りつける。
雪奈の細腕が生み出したとは思えないほどの力は、容易にその身体を吹き飛ばす。
雪奈は片手剣を引き抜き、構える。
剣と盾、そして周囲に浮かぶ氷結の盾。
それこそが、妃織雪奈の戦闘方法。
「………いくよ」
「………なんだよ、そりゃ」
あらゆる攻撃は盾に受け止められ、反撃は躱され、鋭い剣閃が包囲網を切り崩す。
幾重もの悲鳴と困惑が重なる中、気づけば男は背を向け、走っていた。
「……はあ、はあっ、はあッ……!くそが、クソがッ!?」
男は一縷の望みをかけ、森へと向かっていく。
こんな所で終わってしまう恐怖と、自分を超える才能への悔しさが、目尻から涙となって零れ落ちる。
それに気付かないほど、必死に足を回転させる。
「………やった、森だ!逃げ切れ―――――あ」
背後を振り向いた男は、唖然と声を漏らす。
平野から森へと、全てを凍らせながら吹雪が迫っていた。
「何だよ、これ……」
もはや理解の及ばない災害規模の魔法に苦笑を浮かべ、男は森の一角と共に凍り付いた。
その光景は、配信を見ていた者たちにも、大きな衝撃を与えた。
『氷魔法って言っても、効果範囲おかしいだろ!!』
『……やばすぎ、絶句してたわ』
『これで魔法剣士ってマ?』
「なんとなんと!妃織さん一人で18人を討ち取ったあ~~~!!」
すいも興奮から声を荒げる。
「討伐人数では断トツの一位に躍り出ましたぁ!!というか強すぎる!私も若干引いてます!」
「派手な魔法に注目が行きがちだが、剣術も素晴らしいな」
「そうね、ワタシが前に見た時よりも、魔法剣士として完成度が上がってるわね」
映像に映る雪奈は、凍り付いた地面を踏みしめ、森へと踏み込んだ。
その凍てついた眼差しの先に、まだ見ぬ獲物を見定めて。
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