試験開始

説明が終わった後、湊は試験の待機場所に向かい、玲は受付まで荷物を取りに戻った。

既に受付は終了したのか、見知った顔だけが、後片付けをしていた。


「あれ?もう終わったの?」


受付で湊を対応した女性、山口つぼみは、快活な声音で玲に話しかけた。


「はい。あまり深く聞かれませんでした」

「あー、薄々察してるんだろうね。この試験、言えないことが多いって」

「当たり前です。それでも湊先輩なら全てをねじ伏せ、勝利します」


クールな美貌に誇らしげな色を浮かばせ、玲は胸を張る。

その魅惑的な体形を羨ましそうに見ながら、つぼみは「ふーん」と気のない返事を返す。


「でも、試験の間はずっと隠れるんじゃない?彼、入団確定してるし、戦うメリット無いでしょ。目立ちたがり屋ってわけでもなさそうだし」

「………首脳陣には推薦を取り消す権限があると言ったので」

「え、それ信じたの?」


つぼみは信じられない、と言いたげに目を見開く。

事実、首脳陣である三人は、推薦を取り消す権限を持つが、それが湊に使われることはないだろう。

なぜなら、湊の価値は、戦闘力ではないからだ。

彼に入団してくれと頼み込むことはあれど、試験で失格にする者など、どこにもいないことは、事務方であるつぼみにでも分かることだ。


「半信半疑でしょうか。でも可能性があるなら手は抜かない人です」


今までダンジョンにソロで潜り続けた弊害なのか、湊の知識に偏りがあることは、玲にも分かってきた。

特にクランや冒険者、【迷宮管理局】など、ダンジョン外のことに疎い。

それを利用し、湊が積極的に試験に取り組むように誘導したのだ。


「………いいの?今回の試験の『イレギュラー』相手に下手に動けば、彼は厳しいわよ?戦闘能力が高いタイプでは無いんでしょう?」


試験の全貌を知るつぼみは、湊の身を危ぶむ。

だが玲は、小さく、確信を込めて首を振った。


「大丈夫です」


世間は誤解していると玲は感じている。

配信上で戦う姿をほとんど見せていないせいで、湊は隠密、索敵特化の冒険者だと呼ぶ声が大きくなっている。

それは、湊を狙う敵に実力行使を取りやすくさせている原因でもあるだろう。

だから玲は知らしめたい。白木湊という『狩人』の恐ろしさを。


それがどういう感情から来る行動なのかは今の玲には分からない。

献身的な少女の姿に、つぼみは微笑ましそうに頬をほころばせた。


□□□


玲と別れた俺は、更衣室で着替えを済まし、完全装備で試験待機場所に向かった。

そこは、敷地内でもさらにフェンスと魔法的な結界に隔離された森の近くだった。

芝の地面はきれいに手入れされており、維持費だけで大金掛かるであろうことは素人でも分かる。


見た感想を言えば、巨大な野外演習場だろうか。

見晴らしのいい平野と森、そしておそらく人工的な水源や川もあるだろうその場所は、様々な地形を内包しており、ダンジョン探索の模擬体験をするには、ちょうどいい場所だ。

恐らく、所属冒険者のために作られた場所なのだろうが……。


(でかすぎだろ。ここ都内だよね?)


その規模感に驚きよりも呆れを感じる。

俺と同じ受験者たちも、同様の感想を抱いたようで、物珍しそうに森を眺めている。

俺はそんな受験者たちを見る。

人数は、200人ほどだろうか。

冒険者に成り立て、ベテランの違いはあれど、皆、【オリオン】の入団試験を受けられるほどの能力と実績を持つのだろう。


(中でも彼女は段違いだな)


【探知A】のお陰で対象の魔素量が分かる俺には、200人を超える冒険者の中でひときわ多い魔素を持つ冒険者に気づいた。

まあ、魔素量は、スキルを多く覚えている冒険者は低くなりがちなので、絶対的な強さの指標には出来ないが。

実際に魔法使いは魔素は少なくても、魔法を発動させるのに使う魔力が多い方が強いし。


(魔素量は乃愛並み、完全な身体能力特化かどうかで評価は変わるけど……頭一つ抜けて強いな)


そんなことを考えていた時、背後から近づいて来る気配に気づく。

その気配を抑えた者が、明らかに俺を意識していることは分かったので、振りむき、その姿を視界に収める。


彼は俺が気づいたことに、「へえ」と感嘆の声を漏らして、今度は普通に近づいて来る。


「流石は噂の【冥層冒険者】。索敵能力はかなりのものだね」


自身に満ち溢れた顔に、薄い笑みを浮かべて彼はそう言った。

手には槍を持ち、すらりと伸びた手足としなやかな筋肉を見れば、彼が優れた冒険者だと分かる。


「ああ、警戒しないでくれ。今はあいさつに来ただけだよ」


(今は、か)


「僕は赤崎クロキ。君とは同期、ってことになるのかな」


受かる前から『同期』とは、すごい自信だ。

そう言って赤崎は、俺に握手を求めてきた。

特に断る理由は無かったので、握り返す。

だが想像以上の力で握られ、少し驚く。


「君は推薦組だろ?試験に関係なく、入団は決まっている」


表情は笑顔だが、薄く細めた瞳の奥は笑っていない。


「【オリオン】からぜひ来てほしいと誘われているあの【冥層冒険者】!そんな君を倒せば、絶好のアピールになると思わないか?」

「……かもな」

「僕が君を倒す。弱いのに目立っている君は皆が狙う『レアモンスター』だ。せいぜい逃げ隠れしていてくれよ?」


そう言い残し、赤崎は去っていった。

直接宣戦布告されるとは思わなかった。

だが、彼だけではない。赤崎の言葉を裏付けるように、そこら中から監視の目が向けられている。

恐らく、俺を狙う受験者たち。


配信で手札も割れ、戦いも玲に任せっきりの俺は、赤崎の言う通り、格好の獲物だ。

俺はそんな奴らを相手にして、実力を示さなければならない。


(大変な試験になりそうだな……)


□□□


「さあ始まりました!【オリオン】入団試験!」


快活な声音で少女がカメラに向かって叫ぶ。

場所は、試験会場である野外演習場の外、施設の一室に用意された配信用のスタジオだ。

大きなカメラが、少女の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れる赤い毛先を追う。


「解説実況は私、日向すいと!」

「立花恋歌と~?」

「鳴家厳哲でさせてもらうぞ!」


三人が挨拶を終えると、AR技術を利用してスタジオに投影されたコメント欄が反応を返す。


『始まった~~!!』

『この日のために有給取ったぞ!』

『【オリオン】トップ3の2人揃ってるじゃん!』

『鳴家さんが居んの珍しい!!』


オリオン公式チャンネルからの配信であり、視聴者数はすでに50万人を超え、今も増え続けている。


「ちなみに厳哲さんがいるのはたまたまです!暇そうに鍛錬していたので引っ張ってきました~!」

「……暇では無いのだがな」


厳哲は筋骨に覆われた巨体を持つ男だ。

小柄なすいと並べば、巨人と子供ほど違って見える。

黒い針金のような頭髪をオールバックにしており、厳めしい面をしているが、今は苦笑を滲ませている。

橋宮両、立花恋歌と共にパーティーを組み、【オリオン】を結成した首脳陣の一人だ。


「まあ、いいじゃない。ワタシとすいだけじゃ、前衛職の評価はし辛いし」


恋歌は長い紫の長髪を揺らし、くすりと笑う。


「それもそうだな。今回の試験は個人的に気になっていたし、丁度いい」


意味ありげに恋歌を見て、厳哲はそう言った。


『あの人のことか……?』

『一番の注目株ではあるな』

『待ちきれん!!』


「私もとっても楽しみなので、早速ルール説明に入りますね!ルールはシンプル!受験者は試験エリアの野外演習場内部にランダムに配置され、よーいどんでバトルロワイアルスタートです!」

「普通のバトルロワイアル方式と違うのは、最後まで生き残れば勝ちというわけでは無い点ね。これはあくまで試験。試験中の動きを総合的に採点して、合格者を決めるわ」

「つまり、バトルロワイアルというルールの中で、いかに自分の能力を見せるか!それが重要となってきます!」


『シンプルなようで奥が深い……』

『というか、性格悪い。試験受ける側は何したらいいのかよくわからんだろ』

『その辺の判断も採点基準ってことか?』

『あの人、一生隠れてそう』


「……疑似的なダンジョン探索ということだな。どういう手を取るか、そこに普段の探索の様子が色濃く出るだろう」

「なるほど~!ちなみに今回の試験にはサプライズもあるそうです!皆さんも楽しみに待っていてくださいね!」


『サプライズ?』

『なんだろ!?』

『やべえ、楽しみ!』


「ちなみに恋歌さんと厳哲さんは注目している参加者はいますかー?」


『おっ、よく聞いてくれた!』

『俺も気になる!』


「……そうねえ、何人かいるけど、応援してるのはもちろん雪奈ね」

「【雪乙女スノーホワイト妃織雪奈ひおりゆきなさんですね!若干19歳で下層最前線で活動する魔法剣士の方で、私もファンですよ!」

「あの子は私が推薦したの。最後まで生き残ることに期待したわね」

「なるほど!厳哲さんはどうですか?」

「ふむ、俺は素直に白木湊だな。視聴者もそうではないか?」


『もちろん!』

『今度は何してくれるのか楽しみ』

『びっくり箱みたいな人だからな』

『でも俺は雪奈ちゃんの方が気になるなー、配信もしてないからよく知らないし』

『確かに』

『白木は手札われてるから勝ち抜くのむずくね?』

『あんまり強くないしな。フィールドの限られてる今回の試験は不利』

『あの人、補助系でしょ?』

『私は赤崎さんも気になる』


「色々な意見があるようだな」

「う~ん、確かに白木さんは色々不利かもしれませんねー、厳哲さんは彼が勝ち抜くと思いますか?」

「分からん、が答えはすぐにわかるだろう」


厳哲はスタジオの中央に浮かび上がったARの映像を見る。

それは、試験の様子を中継する各ドローンカメラの映像だった。


「どうやら準備が完了したようですね!」


全ての参加者が配置についたのを確認し、すいは声音を弾ませる。


「では、オリオン入団試験、スタートです!」


彼女の声に従い、試験開始の合図が鳴り響いた。

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