試験当日

5月になった。

俺が【オリオン】の入団試験を受けると発表してから1週間、その日が近づくにつれて、世間の熱は高まっていった。

SNSでも、何度となく『入団試験』がトレンド入りしていた。


【オリオン】の入団試験は、配信され、外部に公表される。

冒険者が地上で戦う姿は、普段のダンジョン探索の様子とは違った趣であり、参加するのも【オリオン】に認められた強者や才能の持ち主ばかりだ。

注目度が高いのも当然だろう。


(めっちゃ緊張する……)


俺は大学構内を歩きながら、緊張に痛む胃を抑える。

教室へと向かっていると、見知った顔を見つける。


「おはよう、優斗」

「おう、おはよう、って何でここにいるんだ!?」

「いや、講義あるから。てかでかい声出すな、目立ってる」

「………目立ってんのはお前がいるからだよ。今日、『入団試験』だろ?」

「1限終わりでも間に合うからな」

「それでも普通休むだろ……」


呆れたと言いたげな優斗と一緒に並んで席に着く。


「………それにしても、すっごい見られてんなぁ」


にやにやと笑いながら、優斗は俺の顔を伺ってきた。

前の席の人は露骨にそわそわしているし、教室の前方に集まっている女子の集団も、こっちをちらちらしながら、「話しかける?」とか「意外と……だね」みたいなことを言っている。

【探知A】のせいで色々聞き分けられるのも神経を削がれる。


「いやあ、お前に彼女が出来るのも時間の問題かなぁ」

「………ソウカモナ」


優斗に悪気は無いとはいえ、今の俺に恋愛の話はやめてほしい。

彼氏と歩いていた班目さんを思い出してしまった。


「てか、班目さんとはどうなん?」

「彼氏いたって」

「まじ?」

「まじ」

「まあ、次頑張れよ」


苦笑しながらも、何だかんだ応援してくれるこいつはいいやつだった。


「そういえば、大学はどうすんだ?」

「どうって、何が?」

「いや、『クラン』入るってなったら、今までみたいに大学も来れないんじゃないか?」

「………さあ?」

「さあ、ってお前……」


優斗は呆れたようにそう言った。

だが、仕方がない、あの時の俺にはクランに入る以外の選択肢が無かったんだから。

自分で選んだ道とはいえ、その詳細まではよくわかっていない。


「玲も高校通ってるみたいだし、大丈夫だろ」

「………ほーん、、ねえ」

「なんだよ?」


優斗の言葉に揶揄うような響きを感じ、硬い声音で問い返す。


「いやあ、随分と仲良くなってんなー、と思って。この前も大学まで迎えに来てもらったもんな」

「おまっ、何で知ってんだ……」

「いやいやいや、大学中で噂だったぜ?あの「南玲」が制服姿でお前を待ってたって」

「まじか……」

「うちに入るって噂だけど、本当なのか?」

「それっぽいことは言ってたけど」

「おぉー、そりゃ嬉しいな。あんな美女、毎日見れたらハッピーだぜ」


だろ?と問うてくる優斗に、何を答えても揶揄われそうだったので、適当に返事を返す。


「今のとこは大学をやめる予定は無いな」

「そうか。そりゃよかった。講義受ける友達がいなくなるのは残念だからな」


優斗も何だかんだ俺を心配してくれていたらしい。


「で、ぶっちゃけ南さんとはどんな感じなん?」


やっぱり野次馬根性の方が勝っているようだ。


□□□


【オリオン】の拠点は都内にある。

広大な敷地は高い外壁に囲われており、その中には複数の建造物や施設が立ち並び、中には森まで存在するというのだから、無茶苦茶だ。

試験もまた、その敷地内で行われる。


普段であれば人の近づくことの少ない外壁付近には、大きなカメラを構えた報道陣が詰めかけていた。

各局のリポーターが正門を背にして、カメラに向かって話している。

そんな様子を興味深そうに見ながら、敷地内へと入っていく受験者らしき者たち。

ダンジョンの外なので武装している者はいないが、その手には装備が入っているであろう大きな荷物を持って、正門にある受付に並んでいる。


俺も受付に続く列の一番後ろに並ぶ。

こうして見ると、受験生も様々だ。

高校生になりたてのような初々しい少年少女もいれば、報道陣を鬱陶しそうに見ている強そうな青年もいた。


俺は報道陣を見る。


(いすぎだろ。記者みたいなのもいるし)


【オリオン】所属の冒険者らしき者たちが、規制を引いているため、受験生に詰め寄ることは出来ないが、その熱量の高さには驚かされる。

それほど、国内トップクランの新人への注目度は高いのだろう。


冒険者の役割は、ダンジョンの資源を地上にもたらすだけではない。

ダンジョンのモンスターが異常増殖し、地上に湧き出したとき、最前線で戦い、国を守る守護者でもある。

【オリオン】の動向は、文字通り、国や国民の安全に関することなのだ。


(にしても、居心地悪いなー)


ここ一週間ほど、人に見られるようになったため、多少は慣れたが、檻の中のパンダは楽じゃない。

そんなことを思っていると、立ち並ぶ報道陣の中の一人と目が合った。

その人は、俺の顔を指さし何か同僚と話している。


「あれ、冥層の……」「おい、とれとれとれ」「写真も……」「本当だったんだ……」


一斉にカメラが向き、写真を取られる。

俺は素知らぬ顔で前を向いたが、カメラにつられ、受験者たちの視線も注がれる。

荷物も持たず、普段着の俺は、受験者たちの中にいても浮いていた。

興味本位でじろじろ見てくる分にはいいのだが、中には敵意や闘争心を向けてくるものもいる。


俺達は受験者であると同時にライバルでもある。

いきなり目を付けられてしまった俺は、重い溜息をついた。


□□□


列が進んでいき、俺の番が近づく。

どうやら、広大な敷地に繋がる正門に、臨時の受付を作ったようだ。

受験生たちは、受付に座る人に、受験票らしき紙を渡し、本人確認を行っている。


(受験票?)


ぶわりと、焦りから体が熱くなるのを感じる。

そんなもの、持っていない。


(玲、何も言ってなかったよな?え、俺聞き逃した!?)


焦っているうちに、俺の番がやって来る。


「えぇっと、受験票、無いんですけど……」


仕方なく俺は正直にそう言った。

不審がられないか不安になりながら返事を待っていると、「ああ、白木湊君ね」と受付の人は納得したように微笑んだ。


「ちょっと待ってて。………玲!白木君来たよ!」

「――――はい、今行きます」


受付の奥から、玲が現れた。

ハイウエストのパンツにシンプルなシャツ、ブーツは冒険者用の動きやすい品だが、ほぼ普段着だ。

そういえば、玲の私服を見たのは初めてだ。

名剣のような凛々しさの中にも、清楚な女性らしさを感じさせるファッションには、受付に並んでいた受験者も見惚れていた。


「湊先輩、こちらです」


どうやら俺は別ルートらしい。

玲に促され、受付の列から外れる。


「おい、あれ」「【舞姫】だ、初めて見た」「……かわいい」「やっぱ特別扱いだな、【冥層冒険者】は」


そんな声を背に聞きながら、玲の後をついて行く。


「おはよう、何かあるのか?」

「おはようございます。恋歌さんが試験の説明を全くしていないことに今朝気づいたので、今から説明をします」

「あー、俺も玲も気づかなかったな」

「……そうとも言いますね」


ふいっ、と視線を逸らして、玲はすたすたと歩いて行く。


「別に玲が待ってなくてもよかったんじゃないか?」

「……何ですか?他に待っていて欲しい人でもいましたか?」


じとり、と視線を細めて玲は問う。


「いや、そう言うわけじゃなくて、玲って結構えらい方だろ?あんまり案内とかする方じゃ無いんじゃないかって」

「そうですけど……いいんです。湊先輩は私のパーティーメンバーですから」


話は終わりと言いたげに、玲は小さく微笑んでから視線を逸らす。

その笑顔は反則級に可愛かった。


□□□


俺達がたどり着いたのは、以前にも訪れたことのある広大な敷地の中でもひときわ高いビルだ。確かここは、【オリオン】の本部事務所だと言っていた。

その中に会議室の一室に行くと、玲は扉を閉めて、こほん、と咳ばらいをした。


「では、説明をしますね」

「………うん」


あ、怜がするんだ、と思ったが、それを言ったら面倒なことになりそうだったので、黙っとくことにした。


「試験内容は、『バトルロワイアル』です。敷地内にある森周辺がフィールドで、受験者の動きや戦いを見て試験官が採点を行います」

「………なるほど」


それだけか。随分とシンプルなルールだ。


「採点をするってことは、参加者を倒すメリットは無いのか?」

「はい。ですが、誰とも戦わず、何もしなければ、点数も低くなるかもしれません」

「採点基準は?」

「秘密です」


……これは、中々面倒そうな試験だ。

採点基準が分からない以上、受験者は積極的に戦いに行く必要がある。

だが、評価を気にして連戦を重ねれば、魔力や体力が枯渇し、敗北するかもしれない。

そうなれば、評価は低くなるだろう。


これは、冒険者のダンジョン探索にも言えるジレンマだ。

金のために目がくらんだ冒険者は早死にし、無欲な冒険者は凡庸に終わる。

恐らくその辺りのバランス感覚や立ち回りを見る目的もあるのだろう。


――――【オリオン】入団という蜜を垂らされた受験者がどう動くか。


流石は国内最高峰クランだけあって、嫌な入団試験を行っている。

だが俺は入団が確定している身だ。積極的に動く動機は無い。


「……一つ言っておきますけど、湊先輩のように推薦された冒険者の入団はほぼ確定しています。ですが、その実力に不安を感じた場合、首脳陣は推薦を取り消す権限を持っています」


そんな俺の考えを見透かしたのか、玲は少し楽しそうにそう言った。


「……なるほど、それなら頑張るよ」

「はい。楽しみです。それと、湊先輩と同じように、推薦された人がもう一人います」

「…………珍しいのか?」

「はい、滅多にいませんし、同じ年に二人もいるのは中々無いです。推薦したのは恋歌さんで、私も会ったことは無いですけど、あの人の推薦ならかなりの強者だと思います」

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