終戦
「いやあ、いい買い物だったな!」
「……そうですね」
「バカ高かったけど」
「一式そろえれば、そうなりますよ」
俺と玲は並んで歩く。
俺の手にはさっき買った服の一式が。
玲には、「班目さんに会う時だけ、着てください」と言われた。
普段着ではなく、勝負服として使ってほしいということだろう。
玲とは知り合ったばかりだが、共に死線を潜り抜けた仲だ。
もはや言葉の裏まで感じ取れるようなった。
時間は昼前。
俺は昼から大学なのだが、高校生の玲はそうではないだろう。
というか、どうして今日も来れたのか謎だ。
「玲は時間は大丈夫なのか?」
「はい。高校は時間の融通が効きますので」
高校の授業ってそういうものだっけ?
分からないが、進学校は違うのだろう。
「ならお昼にしよう。昨日の打ち上げも兼ねてな」
「……はい!」
普段は冷静沈着な玲だが、今は嬉しそうに目を輝かせている。
こんなに期待されると、俺も嬉しい。
臨時収入も入ったし、普段は行けないような背伸びした店にでも行こう。
「肉とかどう?」
「いいですね、大好物です」
知ってる。始めた会った時、【ピポポ鳥】を一人でほぼ一羽食べていたからな。
そういえば、ああいう食材も地上で売れるのだろうか。
なら、【物体収納】の中にクーラーボックスでも入れれば、地上まで運べるな。
そんなことを思いながら、お高めの焼き肉屋に向かっていると、「あれ?」という聞き覚えのある声が背後からした。
俺が振り返るとそこには、班目さんがいた。
男と二人で。
「班目、さん?」
「白木くん?と、南さんだよね?」
班目さんは嬉しそうに小さく手を振っているが、きっと俺の表情は引き攣っていた。
「え?今話題の家主さんと南さん?すげえ、美音知り合いなんー?」
見たことのない男はそんなことを言っていたが、俺には意味となって届いていなかった。
まさか、まさか……!いや、2人きりだからというのは軽率な考えだ!実際俺と玲も二人で動いているけどそうじゃない!
「うん、白木くんは大学の同期なの。南さんはこの前知り合って」
「へぇ!…………え、やっぱり付き合ってるんですか?」
「ちょっと、カイトくん、聞いちゃ悪いよ」
「いえ、別に大丈夫です。今はまだお付き合いはしていません。……お二人は?」
玲はちらりと俺の方を見てそう問うた。
聞き返された班目さんは僅かに顔を朱に染めて、こくりと小さく頷いた。
「もう一年ぐらいかな?高校の時から、ね?」
「ああ!俺達幼馴染なんですよ!」
あ……終わった。
「へ、へえ、素敵ですね……!」
玲も僅かに表情を引き攣らせながらそう言った。
「今日はデートですか?」
「うん、そうなの。記念日、だから」
「……れ、玲、もう行こう。邪魔しちゃ、悪いし」
「そうですね」
俺は玲の袖を引いて、道を急ぐ。
背中に「また大学で!」という声が降り注ぐが、俺は空を見上げる。
今、下を向けば、何かが滴り落ちそうだった。
2人で無言で歩き、思考が停止したまま、焼き肉屋に入る。
個室に案内され、腰を下ろす。
「……」
「……」
対面に座った玲は、静かに俺を見つめる。
何かを思いついたのか、彼女は身を乗り出す。
机に手を突き、前のめりになると、俺の視界は玲の豊かな双丘で占められる。
圧倒的な光景と甘いバニラと花のような香りに硬直する。
面食らった俺に構わず、玲は俺の肩をとん、と叩き、こう言った。
「どんまい」
「…………」
見上げた俺の視界に映ったのは、いつも通りのクールな表情と親指を立てた白磁のようなきれいな手だ。
これで励ましているつもりなのだろうか。
そんなことを思うと、面白くなってきた。
「……ふっ、ごめんな、せっかく色々手伝ってもらったのに」
「いえ。私としては湊先輩を傷つけることが無くなってよかったです」
玲は席に座り、俺の持つ紙袋を見ながら、そう言った。
何の話だろうか。
「これも買ったのにな」
「……他に気になる人と会う時に着てみては?」
「いや、そんな人いないし」
「…………そうですか」
少しむくれ面になった玲は、拗ねたようにそう言った。
「では、私が預かっておきます」
「……え?何で?」
玲は手を出して、紙袋を渡すように要求してくる。
「湊先輩のためです。信じてください」
「……まあ、いいけど」
俺は玲に紙袋を渡す。
「この危険物は私が封印します」
「え?危険物?」
「……お肉を頼みましょう。今日は私が奢ります」
「いやいや、俺が出すよ。年下の女の子に出させるのは申し訳ないし」
「駄目です。それぐらいはしないと、私は罪悪感で潰れてしまいます」
「ざ、罪悪感?」
遠い目をしてそんなことを言い出した玲に俺は困惑を隠せない。
だが玲は、ふっ、と柔らかく微笑み、「湊先輩が大人になったら分かりますよ」と言った。
「でもなぁ……」
「では、次は奢ってください」
「まあ、それなら」
俺はランチにしては豪勢なお肉を堪能した。
ちなみに玲は俺の5倍ぐらい肉を頼んでいた。
ダンジョン産の食材だったらしく、会計額は二桁に乗っており、玲に出させるのは申し訳ないと思ったのだが、玲は頑として奢ると言って聞かなかった。
「あの……」
会計が終わった後、おずおずと店員さんが声をかけてきた。
「白木湊さんですよね?ファンです、握手してください……!」
「え?俺?」
緊張した面持ちで差し出された手は俺に向いている。
俺はおずおずとその手を取った。
「入団試験も応援してます……!」
「ありがとう……」
俺は終始困惑したままだったが、店員さんは嬉しそうだった。
店を出ても不思議そうな俺に玲はくすりと笑う。
「ちゃんと変装しないからですよ」
「いや、してるじゃん」
「そんなキャップぐらいバレますよ」
「玲もしてないじゃん」
「私は話しかけられないので」
それは何か分かる。
何と言うか、近づきがたいほど美女なのだ。
別世界の住人感がして、話しかけるにも勇気がいるのは分かる。
「これからも増えますよ。クランに入れば知名度も増えますから」
「………そういうもんか」
「はい。もうただの冒険者では無いんですから、サインとか考えては?」
「嫌だ」
今日は色々あった。
というか主に失恋した。
だがそんなことを思う暇もないほど、これからの日々は忙しくなるだろう。
ひとまずは来週に待つ入団試験だ。
俺の力でどこまでやれるかは分からないが、ベストを尽くそうと決意した。
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