恋は戦争

「それじゃあ、【重裂傷】の『オーブ』と【ディガー】の爪と牙、合わせて日本円で3億ね」

「はい、それでお願いします」


俺は3億という数字に内心では驚愕しながらも、努めて冷静に返した。

【オリオン】への所属を発表した翌朝、俺たちは早速、値段交渉に入った。


「ふふ、よかったわ、話がまとまって」

「そうですね。まさか、恋歌さんが来るとは思いませんでしたが」

「あら、玲。『冥層』の品の取引よ?ワタシ以外に適任なんていないでしょ?」


対面に座る紫紺の長髪が特徴的な美女は、悪戯気に微笑んだ。

彼女のことは俺も知っている。

名を立花恋歌タチバナレンカという。


橋宮両と共に、伝説的なパーティーを組んでいた冒険者の一人。

今は半ば現役を退いて入るが、その【光魔法】と【土魔法】の実力は世界でも並ぶものがいないとされていたほどの魔法使いだ。

今は【オリオン】の経営に力を注いでおり、この手の交渉事なら、橋宮さんよりも適任なのだろう。


玲も僅かに緊張を滲ませている。


「本当は今話題の【冥層冒険者】と会いに来たんだけどね」


彼女の紫紺の瞳が俺を捉える。

内心まで見透かされそうな眼差しに、俺は反射的に背筋を伸ばす。


「ねぇ、玲と付き合ってるの~?」

「………はい!?いやいやいや、付き合ってるわけないでしょう!」

「付き合ってるわけない………」


「頑張ってね、玲」

「変な励まししないでください……!」


優しく微笑む立花さんを、玲は睨みつける。


「湊はうちに入るんでしょ?」

「はい、そのつもりです」


突然変わる話題に困惑しながらも、俺は返事を返す。


「両から詳しい話は聞いた?」

「聞いてないですね」

「……だと思った。あいつ、僕賢いですみたいな顔してるくせに、大雑把だから」


中々すごいことを言っている。

あの橋宮両にそんなことを言えるのは、同じパーティーを組んでいる彼女ぐらいだろう。


「正式に入った後に詳しく説明することになるとは思うけど、うちは基本的に冒険者業の収入の20%を貰うことになってるわ。その代わりに事務手続きの代行、一般には流れないアイテムや装備の優先販売権、各種施設の利用が出来るようになるわ」

「なるほど」


20%か。相場を知らないが、あまり高くは無いのだろう。

特に疑問などは無かった。


「それと、うちは配信に力を入れてるから、君にもしてもらうことになると思うわ」

「……それは、いいんですか?」


俺が探索を配信することになれば、それは『冥層』だ。

俺が配信を行い、『冥層』の情報をばら撒けば、クランとしては、現状独占できている『冥層』の情報と素材を失うことになりかねない。


「もちろんよ。ワタシは君さえよければ『冥層』の情報を積極的に発信してほしいと思ってるの」


それは意外な言葉だった。


「冥層は手ごわいわ。玲の配信を見ていたけど、あの場所を攻略するには、人手が足りていないように思えるの。きっと、湊と玲も、そのうち行き詰る。それは【オリオン】で情報を独占しても同じね。どこかで必ず、先に進めなくなるわ」


それは、歴戦の冒険者としての勘のようなものなのだろう。

彼女は『冥層』を攻略するためには、【オリオン】だけでは足りず、もっと大勢の冒険者が必要だと考えているようだ。

だが否定することはできない。

実際に俺は51階層の攻略に行き詰っていたが、玲と組んだ途端、モンスターを討伐することができるようになったのだから。


「ワタシの理想を言えば、他の冒険者も『冥層』で探索が出来るようになること。その上で、うちが攻略の最前線に立ち続けることよ。そのためには湊、君の力がいる」

「……俺にできることがあれば何でも言ってください」

「そんな難しいことは無いわよ。配信を通して他の冒険者のレベルを上げて、君自身も強くなり続けるだけだから」


それは、なかなか難しいのでは?

俺はちらりと横に座る玲を見る。

彼女は慣れたように首を振った。


「………無茶ぶりはあの人の得意技です」

「………そっかー」


「玲、貴方もね。湊を守る盾であり剣であるのが貴方の役割なんだから。弱さは許されないわよ」

「………分かっています」


一通り、話したいことは言い終えたのか、立花さんは大金の入ったアタッシュケースを置いて、忙しなく去っていった。

本当に、嵐のような人だ。


残された俺と玲は、会議室でほう、と一息を付いた。


「そういえば湊先輩はいいんですか?自分の持つ情報を人に教えるのは」

「ん?ああ、俺もそうした方がいいと思ってるしな。俺の知識が他の冒険者の命を助けることにもなるだろうし、俺が昨日狙われたのも、情報狙いだろ?俺が放っておいても情報を発信するやつだってアピールするのは、自分の身を守ることにもつながると思うんだ」

「………湊先輩が構わないのなら。嫌になったら言ってください。私が守りますから」


騎士のように凛々しい表情で、玲はそう言った。


「そう言えば今日昼から、講義あるんだけど、家戻っても大丈夫かな」

「……家に何か仕掛けられているかもしれませんし……私もついて行きます」

「え?玲も高校あるよな」

「ありますけど、融通が利きますから」


そうなんだ……。俺の知っている高校とはずいぶん違うようだ。


「ついでに、約束も果たします」

「約束?」

「湊先輩が班目さんを落とす手伝いをすると言ったでしょう?」


そうだった。というかそれが俺が玲と一緒にダンジョンに潜った理由だ。


「お金持ちはモテるってやつだろ?」


言葉にすれば下品すぎるが、理解はできる理論だ。

それを高校生の口から聞いたのは衝撃だったが、モテるであろう玲がそう言うなら、軽んじることはできない。


「はい。ですが、札束を持ち歩くわけにもいきませんから、服装でそうと分かるようにしないといけません」


なるほど、服選びに付き合ってくれるというわけか。

確かに俺はファッションには疎い。

女子の玲がアドバイスをくれるなら助かる。

服装で資金力を示すとするというのは複雑だが、それで班目さんにアピールできるなら俺は何でもするぞ……!


「じゃあ……」


俺は机の上に置かれたアタッシュケースを見る。

2人で3億円、山分けすることにしたので1.5億円が俺の取り分だ。

こんなものを持って買い物には行けない。


「後で駅前で合流しましょう」

「そうだな」


ひとまず解散することにした。


□□□


玲と別れた俺は、【オリオン】の客室から出て、外へと向かった。

ちなみに服は、【物体収納】の中に入れてあった普段着を着た。

ジーンズと白いシャツ、キャップを被っただけの服装だ。

外へと出る際は運転手の人が俺を送ってくれた。

馴染みない車の乗り心地も、二度目になれば少し離れる。

銀行前で降ろしてもらった俺は、1憶5千万という大金を窓口で預けた。


大金を稼ぐことの多い冒険者だとしても、滅多に見ない金額に窓口担当者は驚いていたが、すぐに上役がやってきて特別な投資信託だのの話をし始めた。

そのせいで予想外に時間を取られたが、俺は玲との待ち合わせ場所に向かう。


玲はすぐに見つかった。

人通りの多い駅前でも、飛びぬけたスタイルの良さ。

スカートから覗く透明感のある長い脚に思わず目を引かれる。

彼女は制服姿に黒ぶちのメガネをかけてスマホを見ている。


「おい、あれ」

「すっげえ可愛くね?」

「声かけてみるか?」


小声で楽しそうに話す大学生らしき集団の横を通り抜け、俺は玲の元へ向かう。


「お待たせ」

「………湊先輩」


玲はじろじろと俺の全身を見回す。

え、なに?とても居心地が悪い。


「それでは全然だめです。班目さんを落とすのは夢の夢のまた夢だと言わざるを得ません」

「ええ?そんなに?無難でよくないか?」

「それがだめなのです。他者と差別化することが大事なんです」


正面から見上げてくる玲の表情には、自信がみなぎっている。

玲が胸を張ると、制服のブラウスを押し上げる膨らみが強調される。

知的なメガネ姿と言い、色々照れくさい。


「まあ、玲に任せるよ」

「はい、お任せを」


俺は玲に連れられて、色々なブランドを巡った。

どれも有名な高級店であり、つい数日前までの俺には、選択肢になかった店だ。


「これと………これです」

「…………え、ほんとに?」

「あとは、こっちですね」

「なんか、すごいなぁ……」

「これで完成です」


出来上がった新たな俺は、何と言うか……輝いていた。


でっかくブランドのロゴが印刷されたシャツに、白いスキニーパンツ、靴はなんだかとげとげしていて、顔には真四角のサングラス。

首元には三重のゴールドネックレスを巻いている。


「すごくお似合いですよ、湊先輩」


玲はパチパチと可愛らしく手を叩く。

その表情に浮かぶ笑顔は、なんだか張り付けたように白々しい気もするが……。


まあ、でも玲がそう言うならそうなのだろう。

これが今のトレンドなのか。


「そうかな?ならこのまま着て行こ「駄目です」」

「え?」

「駄目です。前の服に着替えてください」


有無を言わせぬ口調で俺は試着室に押し込められた。

……なんで?

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