分岐点

警察からの事情聴取は、意外にも一時間ほどで済んだ。

恐らく、こちらに橋宮さんがいたことも大きかったのだろう。

警察官は俺達に同情的だった。


警察署から出たところで、橋宮さんと玲、乃愛と合流できた。


「やあ、災難だったね」

「橋宮さん、この前は挨拶も出来ずにすいません」

「いいよ、あの時はむしろ、うちの乃愛が失礼な態度を取ってすまない」

「いえ、気にしてないので」


……橋宮さんはまともな人のようだ。

俺と彼は固い握手を交わした。


「ねえ、場所変えない?」

「そうだね。湊君、よければ【オリオン】の拠点に来ないかい?家は……帰れないだろう?」

「えっと、助かるんですが、いんですか?俺みたいな部外者を入れて」

「構わないさ。玲とパーティーを組んでたから、完全に無関係というわけでもないしね」


悩んだが、行く当てもないのでお世話になることにした。

俺達は迎えに来た【オリオン】の運転手付きの車で、拠点へと向かった。

車内はとても広かったし、冷蔵庫まであった。

色々と落ち着かなかったが、橋宮さんたち三人は平然としていた。

こういうところで住む世界が違うと感じる。


【オリオン】の拠点は都内にある。

というか、かなり有名だ。なにせ、でかくて広い。

テーマパークほどの巨大な敷地は、分厚い外壁に囲まれており、中には無数の施設やビルが並んでいる。

外壁の中に入ってからも車で移動をし、客人用だという大きな建物に通された。


(ホテルみたいだな)


とんとん拍子で来たこともあり、まるで現実感が無い。

分かるのは一人で使うには広すぎる部屋だということだ。


「ここなら落ち着いて話せるね」


俺と橋宮さん、玲は客室の中にある席に座った。

ちなみに乃愛は【オリオン】の敷地に入った時点で、車から飛び降りて帰っていった。

とんでもない自由人だ。


「少しだけ警察から事情を聞いたけど、湊君たちを襲ったのは、アジア系の外国人のようだ。狙いは恐らく、君だ」

「……俺、ですか。冥層の品ではなく?」

「それも目的ではあったとは思うけど、優先順位は君よりは下だろう。君さえいれば、あの品はまた手に入るからね」


正確には俺の持つ情報と技能が狙われている。

狩人の両親に教えられた自然を観察し、適応する技術。

冒険者の中では異端であり、『冥層』を攻略するには必須の技術の価値は、ここ数日で思い知った。

情報は言わずもがなだ。


「あまり驚いてはいないね」

「……実は渋谷支部の支部長から話を聞いていました」


玲は、今日の中島支部長との話し合い、そして交渉の内容を橋宮さんに説明した。

それを聞いた橋宮さんは、はっきりと険しく顔を顰めた。


「……橋宮さん、湊先輩が狙われる可能性はあるとは思っていましたが、流石に狙われるのが早すぎます。住所まで知られていて、魔法使いまでいたのは準備が良すぎます」

「湊君、後をつけられていた可能性は?」

「ありません」

「……どうして玲が答えたのかは知らないけど……そうだろうね。君を尾行できる人間なんていないだろう」


橋宮さんは苦笑交じりにそう言った。

俺もそう思う。【探知A】を持つ俺に気づかれずに近づける人間なんていないだろう。

住所をはじめとした個人情報は、どこからか漏れたと考えるべきだ。


「【迷宮管理局】が怪しいと思います」


玲は俺たちが薄々思っていたことをはっきりと言った。


「湊先輩の情報と収集品を狙っていた【迷宮管理局】なら、湊先輩を襲う理由があります。襲撃に成功したら、目当ての物を手に入れて、失敗しても中島支部長の言葉に説得力を与えることになります。そうなれば、安全のために【迷宮管理局】を頼るという選択肢を強制的に選ばせることが出来るので、どちらに転んでも損はしません。それに、個人情報も握っています」


冒険者登録時、住所や氏名等の情報が必要だ。

だから当然、【迷宮管理局】は俺の情報を持っている。


「……そう思わせたい諸外国の勢力の仕業かもしれないよ。分かるのは確かな証拠は無いということだ」


今分かっていることを纏めよう、と橋宮さんは冷静に言う。


「現状、危険なのは湊君だ。その理由は二つ。ひとつが『冥層』を攻略するカギになる情報と技術を持っていること。ふたつが後ろ盾が無いこと」


「……狙われないようにするために、『オーブ』と素材は早々に売るつもりだったんですが」

「それは考えが甘いと言わざるを得ないね。さっきも言ったけど、そんなものは、君さえいれば何度でも手に入れられる。目先の品につられる者は、警戒には値しないさ」


まさかここまでのことになるとは思わなかった。

逃げようと思えば誰からでも逃げ切れる自信はあるが、平穏な生活は戻ってこなさそうだ。

それを解決する手段は、一つしかない。


「だが結局のところ、解決策は一つしかない。後ろ盾を得ることだ」


それは、俺の出した結論とも同じであり、中島支部長の言っていた通りだ。


「安全に暮らすには、【迷宮管理局】を頼るしかない、ということですか……」


結局、中島支部長の手のひらの上なのだろうか。そう思うと、悔しい気持ちが湧き出てくる。

そんな俺を見て、橋宮さんは首を振った。


「いや、他の選択肢もある」

「………!それは?」

「白木湊君、よければ僕たちのクラン、【オリオン】に入らないか?」


俺は思いもよらなかった提案に、一瞬呆けてしまった。


「………え!?いや、でもそれだと迷惑が掛かります……」


俺は今、いや、これからもいろんな勢力に狙われることになるだろう。

そんな俺を身内に入れるのは、爆弾を抱えるようなものだろう。

だが橋宮さんは、俺の懸念を笑って否定する。


「僕たちは【オリオン】だ。その程度のことを気にしたりはしないさ。それに、うちには君以上に面倒ごとを起こす冒険者もいるしね」


最後の冗談めかした言葉が誰を指しているのかは、俺にもなんとなくわかった。


「本当は、こういう形ではなく、色々落ち付いてから言いたかったんだけど……。それで、どうだろうか?」


橋宮さんは、静かに問うてくる。

玲はどこか期待するようにじっと俺を見つめている。

俺も覚悟を決め、答えた。


「よろしくお願いします、橋宮さん。俺を【オリオン】に入れてください」


きっとここが分岐点だ。

適当にお金を稼ぎながら、『冥層』でキャンプをして暮らすという俺の将来設計が完全に砕け散りるかどうかの。

だが不思議と、ワクワクしている自分も否定できなかった。

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