初めての魔法使い

「ただいまー、誰もいないけど」


俺の家は、都内にあるマンションの一室だ。

両親は今は海外に『狩り』に出ているためいない。

真っ暗な部屋の電気をつけて、リビングのソファに腰を下ろす。


小学生の頃からそうだったので、今更寂しいとは思わないが、一人で食べる夕食は少し味気ない。

適当に作った名も無き肉炒めと米を胃に流し込む。


その後、武器と防具の手入れをし、風呂に入ると時計の短針は頂上を指し示そうとしていた。

眠気を覚えた俺は早々に寝ようと寝室に向かおうとする。

その時――――


「………」


俺のスキルに何かの反応があった。

俺の覚えている【探知】は、周囲の物体や生命体の位置を把握できるスキルだ。

熟練度の上昇に従い、五感強化や生物の内包する魔素量、物体の材質の選別などが出来るようになる。

スキルの熟練度はG~Aまであるのだが、俺の【探知】の熟練度はA、最終段階まで使い込んだ【探知】は、かなり広範囲を索敵できる優秀なスキルだ。


(魔素を相当量取り込んだ人間がマンションの出入り口付近に集まってる)


―――海外からの入国者、それもダンジョン経験者の入国が増えている。合法非合法問わずにね。狙いは十中八九君たちの持つ『冥層』の戦利品だ。


中島支部長に言われた言葉を思い出す。

ただ冒険者が集まってるだけと言えばそれだけだが、警戒するに越したことはないな。


俺は地面に手を突く。


「【物体収納】」


地面から数十センチ四方の箱が浮かび上がる。

これは【物体収納】の一部だ。

俺の【物体収納】の熟練度はCであり、一部だけを取り出すことが出来る。

中から防具と武器を取り出し、身に着ける。

ダンジョン外で武器と防具を見に纏う行為は褒められたものでは無いが、今はいいだろう。


「【探知】」


周囲を探る。

………正面の入り口と裏口を抑えて、真っ直ぐに俺の部屋の階に向かってきている。

これは、確定だろう。


「まじかよ……!」


俺は【隠密】を発動させて、慌てて部屋を出る。

そして階段を使い、一つ下の階へ避難する。

すると俺と入れ違いでエレベーターから降りて来た5人組が俺の部屋の前で止まった。


インターホンを押す音がする。

バクバクとうるさく鳴る心音を感じながら俺はスマホを取り出し、電話をかける。

僅かなコール音の後、鈴の成るような澄んだ声が聞こえる。


『湊先輩?どうしました?』

「玲、俺の家に冒険者っぽいのが集団で来てる。部屋もばれてる」


玲の息を呑む声がする。

まさか『冥層』から帰った当日に襲われるとは思わなかったのだろう。

俺もだ。


『今どこにいるんですか?』

「俺の部屋の下の階」

「………大丈夫なんですか?」

『ああ、それは大丈夫。【隠密】も使ってるから多分バレないし』


【隠密】の熟練度もAだ。まずバレることは無い。

このまま敵の配置を見ながら外に出ればいい。


『合流しましょう。湊先輩を狙いに来た戦力なら、それなりに強いはずです。倒すのは私が向かってからです』

「ああ、やる気なのね」

『当たり前です。少し、きな臭いですし』

「そうだな―――――ん?」


俺は不自然な魔力の流れを感じた。


(これは……魔法系スキルか!?)


魔法系スキル。それは読んで字のごとく、魔法が使えるようになるスキルだ。

これはかなり珍しい。

ドロップ数もほとんどないし、魔素許容量を多く占めるため、覚えられるものは希少だ。

その上、扱うには膨大な魔力とセンスを必要とする。


ちなみに魔力と魔素は別物だ。

具体的には魔素は外から取り込むエネルギーであり、人の持つ魔素許容量までしか取り込めない。

そしてこの魔素量が多いほど、身体能力が向上する。

一方、魔力は生物が生成するスキル使用に使う燃料のようなものだ。

魔素許容量と魔力量、この二つが冒険者に重要な二つの才能だ。

どちらも基本的に変動することはない。

つまり相手は、それほど希少な才能を持つということ。


(気流が乱れてる………【風魔法】か)


不自然に体に纏わりつく風を感知した時、俺は自分の居場所がバレたことを察した。

周囲の気温が低下していく。

広域を包み込む冷気を感じた俺は、慌てて下の階へと飛び降りる。

その瞬間、俺がいた場所は氷に包まれた。


下の階に降りた俺は、上から漂う冷気に眉をしかめる。


(風と氷の魔法使い!?)


相手は想像以上の手練れだ。俺が【隠密】を持っていると予想を立て、【風魔法】による物理的な探知魔法で俺の居場所を把握、即座に【氷魔法】で足を止めようとした。


『―――なと先輩!?大丈夫ですか!?』

「ああ、魔法使いがいた」

『……それは、異常ですね』

「だな。それでどうする?俺が逃げるか玲が来るか」

『私が行きます』

「オッケー。住所は――――」


玲に住所を伝え終わり、俺は通話を切る。


そして再び、魔法の気配が発せられる。俺は上の階層へと手すり越しに登って行った。

そして予想通り、先ほどまでいた階層に【風魔法】の探知が広がる。


(遠隔で発動してる分、ラグがあるな。これなら余裕で躱せる)


多分、入り口にいる奴らだろう。二つも【魔法】系スキルを覚えているなら、『魔素許容量』の余裕はほとんどなく、身体能力も低いはず。

数人に囲われるようにしている奴だと予想する。


(魔法使いは面倒だ。近接特化の玲には邪魔だろうし……魔法使いだけは俺がやる……!)


俺は大きく息を吐いて、暴れる心音を押さえつける。

……人と戦ったことはない。

俺は今まで誰とも接することなく、ダンジョンを潜り続けただけの男だ。

相手は俺が普段冥層で相手するモンスターと比べればはるかに弱いことも分かっている。

それでも、人の悪意に触れ、俺は手足が震えそうなほどの恐怖を感じている。


(………玲にだけ押し付けるわけにはいかない、覚悟を決めろ!)


最後に一度、大きく深呼吸をし、俺は腹をくくった。

ボウガンを構える。

これが俺のメインウェポンだ。

射線は通っていない。だが俺は構わず、廊下から空へと向けて引き金を引く。


空へと昇って行った矢は、空中で不自然に軌道を変える。

大きく弧を描いた矢は、斜め頭上から狙い撃つように加速する。


俺のスキル【射撃軌道操作C】の効果だ。

熟練度Cだと軌道を曲げるだけではなく、加速させることもできる。

加速させても威力はさほど高くないが、人間相手なら十分だ。

だが、音も無く迫る矢は、標的に当たることなく防がれた。


同時に、矢が飛んで来たであろう角度を逆算し、俺の上の階で魔法の気配が広がる。


(盾役と探知役がいるな)


探知役が矢に気づき、盾役が防いだ、というところだろう。

相手には俺の手札を晒してしまったが、仕方がない。

探索の基本は情報収集から。緊張しているときこそ、基本に忠実にだ。

落ち着いて動けば、問題も無い。


(裏口の奴らは動いてない。マンション内に入って来た奴らは、上の階へ向かった。今だな)


俺は矢を二発続けて放った。

軌道は先ほどとは真逆。

時間差で放たれた矢の一本目は先ほどと同じように防がれ、そして一本目よりも高い軌道から降って来た二本目は使


押し殺した悲鳴を【探知A】の恩恵で強化された聴覚で聞き取る。

同時にマンションに満ちていた魔力の気配が霧散する。


(よし!当たった!切り札を切ってよかった……魔法は高い集中力を要する。痛みに耐えながら遠隔発動はできないはずだ)


追い打ちしようとボウガンを構えたその時、裏口にいた数人が一瞬で倒れた。

感じるのは、彼らを優に超える魔素を内包した人間の気配。

桁外れの速度でマンションの屋上へと飛翔し、俺のいる側へと降りてくる。


俺は矢を放つ。特に軌道は変えずに魔法使いを狙う。

矢は防がれたが、高い動体視力を持つ彼女は矢の軌道とその先を認識しただろう。


俺の【探知A】でも完全にとらえきれない瞬間移動のような速度に反応できた敵はいなかった。全員が一太刀で切り伏せられていた。


「………ここだ!この階層から飛んだ!」

「探せ!どこか、いる!」


違和感のある発音と言葉選びだった。

俺のいるマンションの廊下へと、上の階層から階段を使って降りてきたのは、マンション内にいた奴らだ。

5人ほどの集団が、サブマシンガンを手にしている。


(銃器なんてどうやって持ち込んだんだよ……)


俺は頬を引き攣らせる。

ダンジョンの発生により、武器関係の規制は色々変わったが、銃器に関しては他国よりも厳しい。殺傷能力の高いサブマシンガンを5丁も持っているのは異常だった。


(でたらめに撃たれたらまずい)


狭い廊下で銃を持たれるのは厄介だった。

先んじて倒すためにボウガンを構え、引き金を引こうとしたが、【探知】に引っかかった気配を見て、ボウガンを下ろす。

その気配は玲に匹敵するほどの魔素を吸収しており、そして空中をすさまじい勢いで進んできている。


(……逆に姿を見せた方がいいな)


俺は【隠密】を解除する。


「―――っ!おまえ!手を上げる!」

「逃げる、無い!降伏しろ!」


五人が武器を構える。

目的は俺の捕獲。降伏するふりをすれば、撃たれることは無いと考えたのだ。

そして俺の存在に気づいたのは、奴らだけではない。


「伏せろ!早―――――亜?」


やつらの真横から速度を落とさずに突っ込んできた人影は、慣性のまま両手に持った短剣を一人の首筋に突き刺した。


(―――殺りやがった……)


暗い夜闇に隠れていたが、俺の顔からは血の気が引いていた。

モンスターの死体や血は数えきれないほど見てきたが、人間が死ぬ姿は、衝撃的だった。


奇襲した人物は、訳も分からないまま死んだ一人から短剣を引き抜く。

俺はその人影に見覚えがあった。

特徴的な金髪のサイドテールは今はフードの中に隠れて見えない。

殺意に濡れる碧眼は、冷徹に残り4人の獲物を見据える。


ホットパンツから伸びるしなやかな足が地を蹴る。

一瞬で加速した彼女は、一撃で二人の首を刈り取る。


「―――!!」


残りの襲撃者が奇襲に気づき、武器を構えたが遅すぎた。

凄まじい身体能力から繰り出される双剣の乱舞は、サブマシンガン諸共、襲撃者を切り刻んだ。


「はぁ……」


期待はずれ、とでも言いたそうに艶やかな唇から零れたため息は、憂鬱な色を含んでいた。

消化不良な気持ちを切り捨てるように、短剣を乱雑に振り払う。

そして彼女の青い炎のように揺れる殺意が、俺へと向かう。


「――――っ」


猫に睨まれた鼠のように、背筋をゾッと震わせる。


「……大丈夫だったー?」


玲と同じ【オリオン】の冒険者、柊乃愛は、気だるそうにそう言った。


「ああ、助かったよ」


俺は出来るだけにこやかに答えたが、表情が引き攣ってなかった自信が無い。

彼女からは妙な威圧感を感じるのだ。獲物を狙う捕食者というか……。


柊さんが何気なく一歩踏み出す。

俺は反射的に一歩下がる。


「………」

「………」


―――――ッ!?無言で近づいてきた!

俺も後ろに下がって距離を取るが、廊下の端に追い詰められてしまった。

正面から見上げてくる顔は、玲とは違う系統の可愛さであり、真っ白い肌は青い血管が透けて見えるほどだ。


「えっと、柊さん?」

「乃愛でいいよ。何で逃げるの?」

「いや、野生の勘?」

「ふぅーん」


なんだろう、この状況。

この子、玲以上に何考えているか分からない。

それより離れてほしい。シトラスのような甘い香りがして、落ち着かない。


そんなことを思っていると、乃愛の後ろの廊下に人影があることに気づいた。

というか、玲だった。

いつからいたんだろうか、静かにたたずんでいる。

直剣を片手に人形のようなつぶらな瞳で、じっと俺達を見ている。


「………あの、玲さん?」

「………………何してるんですか?」

「………何も」

「なら早く離れたら?」

「………はい!」


底冷えするような声に押されて、俺は慌てて乃愛と距離を取った。

玲は乃愛を睨んでるし、乃愛はどうでもよさそうにフードを被りなおしている。

………とても決まずいが、年上である俺が最初に話すべきだろう。


「二人とも、助けてくれてありがとう。乃愛……が来てくれるとは知らなかったけど」


乃愛……乃愛?と呟く玲は見ないことにした。


「別にいいよー、両ちの指示だから」


両ち……ああ、橋宮両さんか。

玲を助けた時に会った小柄な刀使いだ。

【オリオン】の首脳陣まで関わる事件になったのか。


「両さんは下の敵を拘束しています。ここのは……乃愛が殺したみたいだけど」

「別にいいでしょ?生け捕りなんて数人でいいじゃん」

「……まあ、そうだけど」


ため口の玲は新鮮だが、話している内容は物騒だ。

乃愛は5人殺したが、相手は銃器を持ち、魔法まで使っている。

殺しても罪には問われないだろう、多分。その辺のことはよく知らないが。


遠くから、ファンファンとサイレンの音が聞こえてきた。

警察も呼んでいたのだろう。

これから始まる警察の事情聴取と後処理を考え、憂鬱になりながら、俺たちは橋宮さんと合流した。

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