戦利品、その行方は?

玲はじりじりと地面を擦るように間合いを詰める。

相手は戦ったことのないモンスター、それも【冥層】の個体。

自分の力がどこまで通じるか分からない相手だ。

慎重に、モンスターの一挙手一投足を観察する。


だが不思議と不安は無かった。


(湊先輩が私を信じて送り出してくれた。なら、何の問題も無いわ)


気炎をみなぎらせ、玲は一歩を踏み出した。

瞬間、玲はディガーの目の前にいた。


「ふっ!」


気合と共に刃を振るう。

白銀の軌跡を描く斬撃を、ディガーは跳躍することで避ける。


(着地地点は甲羅の縁……地面に逃げる気?でもまだ間合いの中)


思考は一瞬だった。

ディガーが跳躍し、着地するまでのわずかな間で、玲は着地点に先回りした。


(ローブの重さ、足元の苔と振動を考えたら……こうね)


僅かな間で普段とは違う装備、環境に適応し、玲は完璧に体を動かす。

そして、一閃。

理想的な斬撃は吸い込まれるようにディガーの首元に食い込んだ。

ディガーにも、それを見ていた湊にすら、剣身は見えず、飛び散る鮮血を見て初めて、斬ったと気づいた。


大量の血を噴出したディガーは身体をよろけさせる。

確かに断ち切った命の感触に、玲は剣を握りしめた。


(……冥層のモンスターを討伐できた。これで私もようやく役に……!)


『ガ、ガァアアアアアアア……!!』


獣はまだ死んでいなかった。

踏みとどまったディガーはほどなく死ぬ。

だがモンスターの本能から人間を狙う。


無防備な玲へと伸びる歪な爪。

だがその爪が柔らかな肉体を切り裂くことは無かった。


玲の背後からあり得ない角度で飛翔した矢が、ディガーの眼球を貫き、脳へと達する。

ディガーは身体を痙攣させ、力無く倒れ込んだ。


「湊先輩……ありがとうございます」


玲は、自身と同じように厚手の革のローブを被り、雨の中に出てきた湊へと礼を述べる。

その手には、黒い艶消しをされたボウガンを持っている。

それが玲の命を救ったのだ。

玲は湊への感謝を述べるが、その表情は暗く、俯く顔には影が落ちている。


「………冥層のモンスターは生命力が高いから気を付けて」

「………はい。すみません……」


答える声は、か細く、途切れそうだった。

瞳は黒い前髪に隠れて見えないが、今にも泣きそうなのは声から分かった。


「玲」


湊が声を掛けると、玲はびくりと肩を震わした。

あげられた顔は、湊の想像通りの表情を浮かべていて、湊はつい手を伸ばした。

迷うように一度止まる。だがその手の平はフード越しに玲の頭を優しくなでた。


「ありがとう。玲のおかげで狩れたんだ」

「ん……でも、使えないって思ったでしょう?」

「思うわけ無いだろ。俺だけだったら、こんな簡単にいかなかった。玲が俺を助けて、俺も玲を助ける。それがパーティーだろ?」

「………はい!」


玲は目元を拭い、力強く返事を返した。


『俺らは何を見せられてんだ?』

『おじさん、感動して泣いた』

『青春だなー』

『俺の推しだが……家主さんならいいか』

『お幸せにー』

『くそがっ!独り身の私への当てつけ?』


「「…………っ!」」


配信のことを思い出した二人は、揃って赤面した。


□□□


「………」

「………」


俺達二人は、黙々と作業を行う。

玲はディガーの解体を、俺は周囲の警戒を行う。

本来なら、俺が解体した方が早いのだが、雨音の大きい【鉄雨】の中、モンスターの気配を探るのは玲には難しい。


ちらり、と甲羅の上にいる玲を見る。

配信用のドローンは玲の方についているため、配信で何を言われているのかは分からない。

それがいいのか悪いのか……。


(嫌がられてなかったか?)


俺は玲の頭を撫でた感覚を思い出す。

彼女は凛々しく、大人びた少女だが、時折年相応に幼げな仕草を見せてくる。

あれは反則だ。


「はぁ……気を付けないと」


俺は気を引き締める。


「湊先輩!取れました!」


甲羅の上から玲が手を振っている。

俺も手を振り返し、叫ぶ。


「……!了解!そっちに行く」


甲羅を駆けあがり、玲の側に向かう。

再びくぼみに身を隠した俺たちは、戦利品を確認する。


「使えそうな爪と牙は剝いでおきました。毛皮は真っ二つになったので捨てましたけど」

「それでいいと思うぞ」


俺は黒く、曲がった爪を手に取り、眺める。

【ディガー】の爪をこんなに間近で見たのは初めてだ。

専門家ではない俺でも、この爪の秘めた切れ味を感じ取れる。


加工すれば、恐ろしく鋭利な刃物に変わるだろう。

牙も同様だ。どちらも長さがないため、ナイフぐらいがせいぜいだろうが。


「そして本命の『オーブ』です」


玲の言葉も興奮を隠しきれていなかった。

黒い手のひらサイズの宝玉。その内には、輝く文字が浮かんでいる。

地上のどの言語とも違う『迷宮語ヒエログリフ』と名付けられた文字が示すのは、オーブを取り込むことで手に入るスキルの名前だ。


「なんて書いてるんだろうな」

「それについては視聴者の中に読める人がいたので翻訳してもらいました」

「……すごいな。結構難しい文字だろ」


流石人気配信者。視聴者の層も厚いらしい。


『スキル名は【重裂傷】らしい』


「【重裂傷】?それって……」


『未発見スキル!』

『流石冥層。字面が凶悪過ぎる』

『【迷宮管理局】のサイトにも載ってないし、海外の視聴者さんも知らないって』

『……名前的に戦闘スキルっぽいからやばい金額つきそう』

『素材もすごそうだし、一体倒すだけで稼ぎはやばそうだな』

『夢あるなー』

『俺も冥層行くわ』


「やりましたね、湊先輩」


玲は凛々しい表情に柔らかな笑みを浮かべ、冒険の成果を喜ぶ。

俺もつられて、笑顔になった。

同時に胸の奥から湧き出す達成感も感じる。

そうだ、こういうのも冒険者の醍醐味だった。


「……よし!帰るぞ!」

「はい……!」


戦利品を俺の【物体収納】に収めた後、俺たちは地上へと帰還した。


□□□


『冥層のオーブの行方』


名も無き市民 076

「やっぱりオークション張るしかないか……」


名も無き市民 077

「だな。【迷宮管理局】は新発見の素材をバカみたいな低価で買い取ろうとするからまずないだろうし、後は分からんな。もしかしたら【オリオン】が買い取るかもしれんし」


名も無き市民 078

「あるオークションサイトはアクセス増えすぎてサーバー落ちたらしいぞ笑」


名も無き市民 079

「【重裂傷】だっけ?どんな効果何だろうな」


名も無き市民 080

「状態異常系じゃないかって言われてるな。【出血】の上位互換とか」


名も無き市民 081

「【出血】ってバカ高いオーブじゃん。それの上位互換が雑魚モンスターから出るんだろ?冥層夢ありすぎだろ」


名も無き市民 082

「まだ確定じゃないけどな。俺的にはモンスターの素材の方が気になる」


名も無き市民 083

「てか、お前等には買えないだろwww気にすんなよwww」


名も無き市民 084

「気になるじゃん、誰が買うのかとか」


名も無き市民 085

「欲しがるやつは多いだろうね」


名も無き市民 086

「海外の動きも気になるけどな。持ち主は一応、フリーの家主さんだろ?奪いに来そうな国とかありそうだけどな」


名も無き市民 087

「あの人、意外と弱いんじゃないか、みたいなこと言われてるし、心配ではある」


名も無き市民088

「冥層の素材が初めて市場に出回るかもしれないんだ。誰が何をしてもおかしくはない」

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