【飽植平地】の狩り方

この階層は、中央の平野をぐるりと囲うように森が広がっている。

中央の平野の名は、【天晴平野】。

雨を遮る物は無いため、雨を恐れない強力なモンスターが住む51階層屈指の魔境だ。


そして周囲に、玲が遭難した【撥水森】やこれから向かう【飽植平地】など、様々な特色を持つ森が広がっている。


『溶かす雨怖いな』

『降ってきたらその辺の森の木で防げんの?』


視聴者は、昨日玲を苦しめた【溶解雨】を警戒しているようだ。

湊は彼らの疑問に答える。


「大丈夫、周期的に【溶解雨】は降らないから」


『え、じゃあ何が降るの?』

『……おっと、話が変わって来たぞ』

『雨さえ防げれば攻略余裕とか言ってた冒険者、見てる~?』


湊達は順調に【飽植平地】のある西側へと進んでいった。

だがその足は途中で止まる。


「ストップ」


玲も止まる。

声を立てず、静かに腰の直剣へと手を伸ばす。


「モンスターはいないけど、回り道する」

「はい」


玲は疑問を挟まず、湊の後をついて森の中へと入っていく。

明らかに、目的地へは遠回りとなるルートだ。


『え、なに?』

『なんかいた?』


湊は草や枝を鉈で切り裂きながら先へと進んでいく。

玲も気になるのか、そわそわした様子でこちらを伺ってくる。

湊は解説のため、地面を指さす。


「この溝分かる?」

「………はい。丸い穴、ですか?」

「足跡だよ。【壊脚蜘蛛】っていう木ぐらいの長さの足を持った小蜘蛛なんだけど」


『それ小蜘蛛?』

『まあ、本体が小さいなら』

『うっわ、想像したらきもすぎる』

『それ強いの?』


「馬鹿強い。中央の【天晴平野】に住んでるモンスターだからな」

「………なぜこの森に?」

「子育てのために、森に巣を張るんだよ。この足跡は少し小さいから、孵化した子蜘蛛が【天晴平野】に向かったんだろうな」


『もしかして近くにいるかもしれない?』


「………!」


コメントを見て、玲も同じことを思い、周囲を警戒する。


「もういないよ」

「どうしてわかるんですか?」

「足跡が古いし、周りに蜘蛛が食べる小動物や虫が戻ってきてる。数日前に通った跡だよ、これ」


『ならなんで森を進むの?』


「逆に言えば、数日前にはここにいたんだ。しかも生まれたての弱い個体がね。平原と森の狭間寄りにいる可能性が高いから、見つからないように森を進む必要があるんだ」


湊と玲はそのまま足場の悪い森の中を進んでいく。

一時間ほど歩いたところで、2人は背後からのモンスターの鳴き声を聞いた。


「これは……悲鳴?」

「平原の方だ。多分、さっき言ってた蜘蛛に捕まったな」


獲物を深追いした個体が森を抜け、平原に顔を出したのだと湊は推測する。

そして飢えた子蜘蛛に襲われた。

玲はぞっと肩を震わせた。

玲は、湊が見つけた痕跡に全く気付かなかった。

もし一人で進んでいれば、あそこで詰んでいただろう。

玲はモンスターの生息域、天候を把握するだけではなく、個体ごとの習性を見極める観察眼まで求めてくる冥層の難易度の高さを改めて感じた。


『こりゃ、俺らには無理な階層だな』

『確かにな。下層までと求められるスキルが違い過ぎる』

『ガイドなしじゃあ進めないどころか死ぬ階層』

『そういえば、配信見て俺らも潜るって言ってた冒険者いたよな』


コメントでは現役の冒険者たちが活発に意見を交わしていた。

現状、唯一の冥層の攻略配信だ。同業者からの注目度は高かった。

そして彼らの大多数も、玲と同じ結論に達した。

これは、『攻略不可能』な階層だったのだと。


「湊先輩がいなければ、死んでました」

「そうだな。でも玲も慣れれば一人で潜れるようになるよ」

「絶対そんなことはありません。今まで私が身に着けてきた技術とは、まるで違いますから」

「下層でもやってただろ?モンスターの移動経路を見つけるとか特定のモンスターを追う、とか」

「………湊先輩。そんな面倒なことをしている冒険者はいません。大まかな『湧き』の場所は分かりますけど、移動経路なんて分かりませんよ」

「え、まじ?」


『おおマジよ』

『そんな面倒なことしない』

『そんなことするぐらいなら、片っ端からモンスター狩ればいいじゃん』

『改めて考えると、冒険者ってモンスターは狩れるけどほとんど理解してないよな』


「まじか……君ら、脳筋過ぎるだろ。モンスターの習性を理解して痕跡を避ければ、モンスターに会わずに下層までは行けるぞ?」


『そんな変態お前だけ』

『痕跡ってなんだよ、そんなん見たことないぞ』

『あれか?たまに落ちてるクソとかか?』


「排泄物とか毛とか匂いとかだよ」


『知らん』

『そんなんあるの?』

『見つからんよ、あんな薄暗いダンジョンの中で』

『見つけたからどうだっていうんだろうな。その辺にいるってことしかわからん』


湊は衝撃を受けたようによろめく。


(まさかここまでダンジョンについて無知だとは……)


知っておけば探索が楽になる知識を、彼らは知らない。

その理由の一つは、モンスターを討伐することが稼ぎに繋がるからだろう。

だから観察することも無く狩ってしまう。

狩ったとしても、すぐにまた新しい個体をダンジョンが生み出すから、探すのに苦労するという経験を知らない。

だから冥層で一気に詰まるのだ。


(これ、大分まずくないか?)


モンスターやダンジョンに関する知識がなければ、冥層を攻略できないのはもちろん、上層、下層の探索の生存率にも関わって来るだろう。


(俺が独占していていいのか……いや、今は探索に集中しよう)


今は探索に集中しなければならない。

湊は警戒心を高めながら森を進んでいく。

すると、段々と視界に映る色が増えていく。

色とりどりの花や菌糸類、水草の類が木々に紛れて繁茂している。

十分に一度は、小規模な泉と遭遇する。

一気に増えた命の気配に、玲は見惚れた。

まるで、おとぎの世界の不思議の森だ。


『……すっげ』

『きれいすぎる』

『言葉失ってたわ』

『前の配信でも少し映ってたよね?』


「ということはここが……」

「【飽植平地】。目的地だ」


□□□


【飽植平地】は豊富な植生、豊かな水資源に恵まれたモンスターたちの楽園だ。

モンスターを狩るのであれば、ここが最適。

雨を避ける手段も多く、俺も一時期はここを拠点として使っていたほどだ。


そろそろ雨が降るはず。

周期的に考えれば、【鉄雨】だ。


「玲、雨が降りそうだから避難しよう」

「雨ですか。どうしてわかるんですか?」

「空模様とか温度、湿度の変化。後は雨を検知する【ピポポ鳥】の鳴き声がし始めたことかな」


あの鳥は美味しいだけの鳥ではない。

雨を検知し、鳴くことで同族に危険を知らせるという特性を持つ。

とは言っても、的中率は50%程度のため、よく絶滅しているが。


俺達は駆け足で森を進んでいく。

雨が降るということは、あのモンスターも地表に出てきているはずだ。

俺はそれを探す。


「玲、地面から突き出した岩を探してくれ」

「分かりました」


『俺も探すー』

『岩ね』

『それが雨を避ける手段なんかな』

『超貴重情報さんくす』

『あ、あれじゃね?』

『奥の方!』


「湊先輩、ありましたよ」

「お、ありがとう」


俺達はその岩の元に向かう。

近づいてみれば、小山ほどのサイズがあった。

表面は凹凸が多く、中には人が身を隠せるほどのくぼみもある。

表面を覆う苔や低木に足を取られないように気を付けながら、俺と玲はくぼみの中に身を隠す。


「少し休憩しよう」

「はい」

「………」

「………」


会話が、尽きた。

俺は沈黙を誤魔化すように水筒の水を口に含んだ。

ちらりと玲の姿を盗み見る。

彼女は足を崩して座っている。


(足長いなー)


軽装の防具の隙間から、真っ白い太ももが覗いてる。

絶対領域ってやつか。この防具作った奴は天才だな。


「あの」

「うん?」

「私今、役に立ってないです」

「………来る前に玲が言ってた通り、役割分担だよ」

「それは分かってますけど」


それでも何もできないのが歯がゆいのだろう。

ぎゅっと白い手を握りしめ、玲は悔しさを露わにした。


この階層に来て、険しい環境を目にして、自分の持つ『強さ』への信頼が揺らいだのだろう。

だけどそれは勘違いだ。


俺は彼女に何の言葉もかけなかった。

そんなことをする必要も無いからだ。

もう少しすれば彼女は思い知るはずだ。

この階層が、『環境』だけの階層ではないと。


ぽつぽつと雨が降って来た。

それは甲高い音を立て、俺たちが身を隠す岩陰にぶつかり、火花を散らした。


玲は空を見上げる。そんな彼女を配信用のドローンも追う。


『雨?』

『雨音おかしい!』

『大丈夫?何!』


突然騒がしくなった環境に、視聴者は興奮半分、不安半分といった様子だ。


「これは……」


玲はからりと足元に転がってきた雨粒を手に取った。


「鉄、ですか?」

「正確には鉄を主成分とした合金だけどね」


【鉄雨】。原理はまるで分らないし、きっと既存の物理法則ではまるで説明のつかない現象だろうけど、鉄の粒が雨のように降り注ぐ現象だ。

これはもう雨ですらないだろうと思うのだが、そんなことを言っても雨はやまないので適応するしかない。


【鉄雨】は【雨劇の幕】に降る雨の中ではマシな部類だ。

落ちてくる鉄粒も小口径の拳銃ぐらいの貫通力しかないため、この雨で死ぬモンスターは【ピポポ鳥】ぐらいだろう。

だが鬱陶しいことは確かだろう。この雨を避けようとするモンスターは少なくない。

そういうモンスターは大体、自身の巣穴に引き籠ろうとする。

では、巣穴すら持てないようなモンスターはどうするのか。


「………み、湊先輩、モンスターが」


きゅっきゅ、と袖を引かれる。

玲の視線の先には、つい昨日、遭遇したばかりもモンスター【ディガー】がいた。


『こいつ、昨日襲って来た奴じゃん!』

『でかっ!』

『昨日のより強そうじゃん!』

『逃げないと!』


「大丈夫。向こうも戦う気は無いよ」


俺は玲の肩を押して、押し留ませる。

ディガーは俺達に気づき、視線を寄越す。

足を止め、じっとこちらを見る表情は、何かを考えているようだったが、顔に当たる雨を不快そうに振り払うと、俺達に右斜め前方の亀裂に体を隠した。


『え、なんで?』

『意外と大人しいの?』


「いや、向こうも雨宿りが目的だから、今は揉めないだけだ」

「つまり雨が止んだ時が……」

「いや、違う。仕掛けるのはもうちょっと前だな」


俺は疑問を浮かべる玲をよそに、地面の振動を感じ取る。

降り注ぐ【鉄雨】は森を砕き、大地に突き刺さる。

だが豊富な栄養素を含むその粒は、大地に吸収され、【溶解雨】により弱った土壌をより豊かに作り変える。

それほどの栄養素を含む雨粒だ。

主食にしているモンスターもいる。


「―――ッ、地面が揺れてる?」


大地が震動する。

地面は苔むしており、滑りやすいため、壁に手をつき、バランスを取る。


「なんですか、これ?」

「ほら、あっち見て見ろ」


俺が指さした先には、地面を盛り上げながら出てくる巨大な頭があった。

同時に、俺たちが身を隠す岩山も盛り上がっていき、その全貌が露わとなる。


巨大な岩山から突き出した太い四肢、蛇のように長い頭部と尾。


「亀、ですか」

「【ケイブタートル】。【鉄雨】を主食にしてるモンスターで、【鉄雨】が降るまで地中に潜って過ごすんだ」

「私たちは亀の甲羅の隙間に隠れていたんですか……」

「そうそう。この甲羅、馬鹿みたいに頑丈だから、雨宿りにちょうどいいんだよ」


玲は亀の甲羅で雨宿りという非常識な状況に、驚きよりも呆れがかったようだ。

半目でこちらを見つめていた。


【ケイブタートル】は地面に積もった【鉄雨】の粒を鈍重な動きで食む。

動く度に甲羅も大きく、不規則に揺れている。


「玲。仕掛けるぞ」

「はい?今ですか?」


地面が揺れている今は、足場も悪い。

それに【鉄雨】も降っている。

玲の疑問は当然だ。


「今だからだよ。とりあえず落ちないように気を付けて。後、相手を甲羅から逃がさないように」

「は、はい」


俺は玲に、冥層のモンスターの毛皮で作った自作のローブを渡す。

偶然、全身が残っていたモンスターの死体から剥いで作ったのだ。

かなり重いから俺には使いづらいが、身体能力の高い玲なら、多少の不自由を感じるぐらいで【鉄雨】を無効化できるだろう。

玲は深くフードを被る。


俺に背中を押された玲は、不安そうに亀裂から出る。

直剣を構える彼女の姿を捉えた【ディガー】はのそりと体を起こして警戒態勢を取る。

だがバランスを取るために普段よりも脚を大きく開いており、厄介な俊敏性は大きく削がれているだろう。

俺は腰に下げていたボウガンを取り出し、構えた。

いよいよ狩りの始まりだ。

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