再び二人で

ダンジョンには規則性がある。

その一つが、『セーフティーエリア』だ。

10階層毎に存在するセーフティーエリアにはモンスターが湧かず、冒険者たちの拠点となっている。

セーフティーエリアのもう一つの特徴は、エリア間の転移である。

セーフティーエリアの中央に生えている水晶に触れることで、セーフティーエリアからセーフティーエリアへと転移することが出来る。

この機能を利用することで、遥か地底の50階層へも一瞬で行くことが出来るのだ。


俺達は大学から出た後、とりあえずお試しということでダンジョンに潜ることにした。

場所は、【渋谷ダンジョン】。昨日、玲が遭難したダンジョンである。

俺達は50階層のセーフティーエリアに向かうため、10階層のセーフティーエリアに辿り着いた。


10階層のセーフティーエリアを一言で形容すれば、『地底湖』だろうか。

洞窟型の狭いダンジョンの奥に、突如現れる広大なルームと青白く輝く地底湖は、初めて訪れた冒険者を虜にする。

冒険者になりたての数年前は、来るたびに感動していたものだが………。


「やっぱり混んでるな」

「はい。人が鬱陶しいですね」

「そこまでは言ってない」


俺より冒険者歴浅いのに、地底湖に飽きて人をも厭うようになった冒険者が横にいる。


「玲って大分マイペースだよな」

「そうですか?」

「うん、絶対にそうだよ。今だって平然としてるし」


地味な革製の防具に身を包む俺はともかく、明らかに下層素材でできた防具に身を包む玲は、目立っている。

別に露出度が高いというわけではないが、肩や太ももの一部は白い肌を覗かせており、スタイルのいい彼女によく似合っていた。

大学でもそうだったが、その美貌と知名度もあり、どこにいても視線を集めている。


「慣れですよ」

「………ああ、そう」


冥層に再び行くことになり、多少なりとも緊張しているのかと思ったが、そんなこともなさそうだ。


転移待ちの列は進み、俺たちの番になった。

俺達は50階層へと飛んだ。


□□□


50階層のセーフティーエリアに俺たちは到着した。

50階層のセーフティーエリアは、【世界樹】と呼ばれている。

植物の迷路が織りなす50階層の中心にひときわ高く聳え立つ一本の巨木、それがセーフティーエリアとなっている。


50階層は、現状のダンジョン攻略の最前線。

冒険者はほとんどおらず、いてもやたらと凶悪な装備に身を包んでいる。

そんな世界樹を出て、【天への大穴】へと辿り着いた俺と玲は配信開始を待っていた。


「本当にいいんですか?配信して」

「まあ、別にいいぞ。昨日大体見せたから隠す物も無いし」


今はそれよりも、玲と二人きりになるほうがしんどい。

マイペースな彼女とコミュ障な俺とではほとんど会話が無いのだ。

それに後々二人でダンジョンに潜ったと知られた方が厄介なことになる。

玲の視聴者の面倒くささは昨日嫌というほど知ったのだ。


「では、始めますね。3,2,1………」


浮遊する配信用ドローンに光が灯る。

配信タイトルは「【冥層】お試しパーティー」である。


『おっ、始まった!』

『こんちはー』

『こんちは~~~』

『今日もお美しい!!』

『あの人いるじゃんwww』

『配信タイトルからそうじゃないかなって思ってたけどね』

『結局【オリオン】入るん?』

『争奪戦勝者は【オリオン】かぁ~』

『クランに入ることと引き換えに、玲ちゃんにあんなことやこんなことを………』

『―――ッ!許せん!』

『いいぞ、もっとやれ』


おぉう、カオスだ。

とても対応しきれないコメントが凄まじい量流れている。

だが玲は慣れているのか、平然と挨拶を始めた。


「こんにちは、南玲です。今日はお試しです」


ちらり、と視線を向けてきたので、俺も慌てて挨拶をする。

……そういうのは先に言っておいて?


「あ、どうも、こんにちは、白木湊です」


『こんちはー!』

『本名で行くのね』

『家主!!』

『家が水没した家主!』

『森にすむ家主!』


「家は水没してないからね?ギリギリの位置に建ててるから」


『てか【オリオン】入ったん?』

『いろいろオファー合ったけどどうすんの?』

『答えないのは不誠実よ』

『ファイバーズに入ってあげて!!』


「えっと……」


所属も何も、そんな予定は無いんだが……。


「現状、湊先輩の所属や今後についての質問には答えられませんし、その予定もありません。その手の質問もしないでください」


俺が答えに困っていると、玲が代わりに答えてくれた。


『そうかー』

『まあそうだよな』

『了解です』

『はーい』

『え、呼び方気になる』

『じゃあ今日の集まりは何なん?』


「今日はお試しパーティーです。戦力が必要な湊先輩と湊先輩が必要な私で利害が一致しました」


『湊先輩?』

『必要?』

『オレノダゾッ!(湊君ファン)』

『玲ちゃん、ゴリゴリゴリラだもんね』

『やっぱ冥層ソロはきついんだな』

『じゃあ何で今まで一人で?』

『しっ!やめたげなさい!』


「今日の目標は冥層のモンスター討伐と『オーブ』回収です」


『まじか!』

『この配信やばいぞ?』

『もう同接20万こえたwww』

『伝説回確定!』

『冒険者として見逃せんな』

『大丈夫なん?』

『二人で潜るの?』

『……冥層独占かよ。きしょすぎ』


「じゃあ行こうか」

「そうですね」


俺と玲は同時に、【天への大穴】を飛び降りた。


『いったぁあ!』

『おぉおおお!』

『家主、帰省』


大穴の深さは百メートルを超えるが、そのぐらいなら俺も玲も問題ない。

緑の芝生い茂る地面に、俺たちは着地した。

それと同時に、玲は身をかがめ、俺は周囲を見渡す。


これはあらかじめ決めていた動きだ。

玲は一切のスキルを覚えていない身体能力特化だ。

ちなみにスキルと身体能力はトレードオフの関係だ。


人間には、『魔素許容量』というものがある。

これは器のようなもので、ダンジョンに潜り、魔素と呼ばれる特殊なエネルギーを取り込むことで身体能力は上昇する。

そして『スキル』を覚えれば、『魔素許容量』の一部を占有する。

つまり、魔素許容量が100の人間が、10の容量を使うスキルを覚えれば、身体能力の上限は90となる。

この魔素許容量は生まれた時点で上限が決まっており、完全に才能の世界だ。


玲はスキルを覚えずに、身体能力に特化したタイプであり、俺はどちらかといえばスキル型の冒険者だ。

俺は戦闘向きのスキルはほとんど覚えておらず、索敵、隠密系のスキルをメインに使っている。

そのため、周囲の索敵を俺がして、躱しきれないモンスターを玲が討伐するというのがこのパーティーの理想だ。


(周囲にモンスターは……いないか)


「玲、大丈夫」

「はい」


『すっげえ緊張感』

『やっぱりやばい場所なんだな』


「まあ、今日は玲の命も預かってるわけだし、緊張はするな。それに、これからするのはモンスターを狩りに行くっていう普段してないことだから」


『確かに勝手は違うか』

『あんまり緊張し過ぎないでー』

『玲ちゃんは平然としてんなwww』


「………どうしますか?」

「予定通り、森沿いを進んで【飽植平地】を目指す」


『【飽植平地】って何だっけ?』

『西側にある森だよな?』

『あれだよな、獣に襲われた場所』


「そうそう。あの場所は俺も慣れてる場所だし、縄張り争いも激しいから、群れからはぐれたやつを狙う」

「すぐに動きますか?雨は降ってないみたいですけど」


昼過ぎだというのに雨が降っていない。

基本、雨が降り続けるこの階層にしては珍しい。

俺は穴から顔を出して、空を見る。

今にも空が落ちてきそうな灰色の曇天が重く垂れこんでいる。

【ピポポ鳥】の鳴き声も聞こえない。


「動くか」

「分かりました。雨が降ったら森に入る、でいいんですよね?」

「うん」


俺達は森沿いに移動を始めた。

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