お誘い

(南玲!?)


昨日助けた冒険者が、何の変装もせずに立っている。

その事実に、俺は硬直する。

服装は、都内でも有名な進学校の制服だ。

普段、大学で見かけない服装ということもあり、やたらと目だっている。


当然、美人で有名な彼女に話しかけに行くものもいる。

派手な髪色をした男が近づき、何事かを話しかけるが、鉄壁の無表情で断られていた。


(なんか、人を待ってるとか聞こえたんだが……)


嫌な予感がする。

俺はそっと離れようとする……が、その瞬間、彼女と目が合った。


「………あ」


にっこりと彼女はこちらへ微笑みかけた。

百合が花開くような変化に、当然その場にいた者の視線はこっちに向く。


「こんにちは、湊先輩」

「……あ、うん、こんにちは」


……とても居心地が悪い。

遭難した配信者とそれを助けたよくわからない男。

そんな組み合わせに、好奇の視線が降り注ぐのを感じる。

玲は、この手の注目に慣れているのか、平然としていた。


「昨日の件でお話があってきました」

「ああ、急に消えてごめん。えっと……」

「場所を変えましょうか」


落ち着かない様子の俺を見て、玲はそう言ってくれた。

…………高校生なのに随分しっかりした子だ。


「こっちから出ようか」


正門の方は、人が集まり過ぎて動けないだろう。

俺は正反対の右方にある裏門へと向かう。

玲もその後をついてくる。


「いつもそれで出歩いてる、の?」

「もっと砕けた口調でいいですよ」

「………いつもそれで出かけてるのか?」


俺は何にも遮られていない彼女の美貌を見て呆れたように言った。

それじゃあ、まともに歩けないだろう。


「いえ。普段は変装してますよ?」


そう言うと、彼女はスクールバックからマスクと眼鏡を取り出してかけた。

小顔だからか、顔のほとんどがそれで隠れる。

それでも、フェイスラインや目の形から、美人だと分かるのが凄い。


これでもまだ目立ってはいるが、彼女=南玲とはならないだろう。

疑われるかもしれないが、移動していれば話しかけるものもいないはずだ。


「聞きたいことが多いんだけど……」

「何でもどうぞ。湊先輩に隠し事は無いので」

「まずその湊先輩っていうのは?昨日も聞こうと思ったんだ……」


言葉を濁したのは、彼女が俺をそう呼んだのが【天への大穴】を登っているときだったから。

あの時は、呼び方を聞くような余裕はなかったのだ。

玲もその時のことを思い出したのか、恥ずかしそうに視線を逸らす。


「………冒険者の先輩なので」


ぼそり、と答えた言葉は、か細く消えそうだった。

うん、何かごめん。変なことを思い出させて。


「それに私の志望校がここなんです。なので来年からは大学の先輩、ですね」

「へえ!意外だな。もっといい大学行くもんだと思ってた」


そう言うと、彼女は視線を逸らして「そうですね」と言った。

なんだろう、言いづらい理由でもあるんだろうか。


「後、何でここの学生って分かったんだ?俺、言わなかったのに」


それだけは死守したのだ。

なんなら都外だとも言っておいたのに……!


「話した内容で都内だということは分かっていたので。後は知人や友人の同級生に先輩がいないか探したんです」

「おぉ……なるほど」


俺は友人の多い陽キャ特有の連絡網に恐れおののきながらも、一応納得した。


「それで話って?」

「はい。助けていただいた報酬の話です」

「あー、別にいいのに「駄目です」あ、はい」


支払われる側が別にいいって言ってるのに、支払う側に断られた。

本当に真面目な子だな。


「何か要望はありますか?」

「いやあ、何も無いなぁ」

「………お金なら、5億ほどでいかがでしょうか?私個人が支払うので、分割にしてもらえたら助かるのですが」

「ごっ……!?高すぎない!?」

「冥層からの救助と考えれば、妥当だと思いますが」


五億。俺のような貧乏大学生からすれば、高すぎる金額だ。

貰えるならもちろん貰いたい。しかし……。

俺は横を歩く少女を見る。

高校の制服に身を包む彼女の姿を見ると、年下であると強く感じる。

そんな少女から金を巻き上げる大学生……。中々心の痛む光景だ。


何とかして断りたいが、彼女の黒曜石のような瞳からは、力強い意思を感じる。

どうしようか、と考えていると前方に班目さんがいることに気づいた。


「………!」


ここは講義棟の近くだ。いてもおかしくはない。

彼女もほぼ同時に俺に気づき、そして俺の横を歩く制服姿の少女を不思議そうに見た。

ま、まずい!変な勘違いされたか!?


「やっほ!さっきぶり~!」

「あ、うん。こんにちは。講義終わり?」

「そうだよ!えっと……えぇ!?」


班目さんは少女が玲だということに気づいたのか、驚愕の表情を浮かべる。

玲は訝しむように班目さんの全身を見渡し、小さく頭を下げた。


「初めまして。湊先輩のご友人ですか?」

「そうだよ。班目美音です。動画、いつも見てます!」


無表情の玲と満面の笑顔の班目さん。対照的な二人だが美女二人が集まった光景に、周囲からの視線も集中していく。

だが俺は、そんなことにも気づかないほど、班目さんに友人と言われたことを喜んでいた。

やばい、顔がにやけそうだ。

そんなことを思っている俺は、こちらをちらちらと伺っていた玲に気づかなかった。


「じゃあ、私行くね!」


一言二言、雑談をすると、班目さんは用事があるのか、小走りで去っていく。


「はい」

「また明日!」


俺は上機嫌に手を振る。

今日は結構話せたな。


「………好きなんですか?」


突如、玲がそんなことを言い出した。


「はあっ!?」


真っ直ぐに見上げてくる顔には、確信めいたものを感じる。


「可愛い人ですよね。私と違って愛嬌があって、スレンダーでスタイルよくて。ああいうのがタイプなんですか?」

「いや、別に顔が好きとかじゃなくて……」

「なくて?何ですか?気になります」


めっちゃ詰めてくる……。

なんか悪いことをした気分だ。

正直、年下の少女に話すのは照れくさいのだが、じー、っと見つめてくる視線は俺に絡みついて離れない。


「………その、明るい所とか気遣い出来る所とか、色々だよ」

「………」

「何か言ってくれない?」

「いえ、ちょっと意外です」

「意外?」

「はい。湊先輩ほどの冒険者なら、女性の一人ぐらい簡単に口説けると思ってたので」

「………ただの大学生だよ、俺」

「それは無いですけど、どうなんですか?デートとかしました?」


玲は興味津々な顔で聞いて来る。

大人びていても女子高生だ。

恋バナ大好きなのだろう。


「いや、全然そんなのは無いなぁ。優斗………友達とかと何人かでご飯とかはあるけど」

「ですよね。そんな感じしました」


スンッ、ってなった。

さっきまで興味津々だったのに。


「話を戻しますけど、湊先輩って冒険者って感じしないですよね。だからモテないんじゃないですか?」

「モテるかもしれないだろ………」

「無いですね。ダンジョンで稼いだお金は使い切るタイプですか?」

「お前、中々言ってくるな………。稼ぐも何も、回復薬とか防具の整備代でカツカツだよ」


そう言うと、玲はぱちくり、と大きな瞳を瞬かせた。


「何買ってるんですか?万能薬とか?」

「そんなわけないだろ。普通の回復薬だよ。俺はモンスターを倒さないから『オーブ』の稼ぎが無いんだよ」


飲み込めば『スキル』が手に入る不思議な球体、オーブ。

オーブはモンスターの心臓部分から抽出され、冒険者の収入の大部分を占める。

基本的にモンスターと戦わない方針の俺は、オーブもオーブに次ぐ収入源であるモンスター素材も手に入らない。


そう説明すると、得心いったように玲は頷いた。


「私の持論ですけど、男は金ですよ」

「最近の高校生はませてんな。そんなこと言うのはやめなさい」


綺麗な顔して何言ってんだ。


「そこはほら、性格とか一緒にいて楽しいとかの方が大切じゃない?」

「それはある程度気になっている人に限りますね。性格を見てもらうのに必要なのは、顔がいいとかお金持ちとか有名人とかっていう分かりやすいステータスですよ」

「………そうだね」


淡々と怖いことを言う玲の言葉の後ろに、「だからお前はモテないのだ」という幻聴を聞いた。

玲は一通り俺を論破して満足したのか、ふぅ、と艶やかな唇から息を吐く。


「よければ私がお手伝いしましょうか?」

「え?」

「湊先輩だけだったら一生かかっても彼女作れなさそうなので。助けていただいた恩もありますし」

「………それはあれ?女子の目線からデートに誘うアドバイスをくれるとか?」

「いえ。お金を稼ぐ手伝いです」


そっちかい!

まあ、それも助かるけど。


「どうやるんだ?」

「湊先輩が稼げない最大の理由はモンスターを倒さないからですよね」

「そうだな」


冥層のモンスターは強すぎる。

冥層で生き抜くためにスキルを覚えている俺の身体能力は低い。

正確に言えば、モンスターを倒すことはできるが、リスクが高すぎるのだ。


「簡単な方法です。私が倒せばいいんです」

「ん?」

「湊先輩が私を冥層に連れて行って、私が冥層のモンスターを討伐すればいいんですよ」


それってつまり………。


「パーティー、組んでみませんか?」

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