彼の大学生活
俺の両親は『
ダンジョン発生後、漏出した魔素の影響で狂暴化した野生の動物を狩ることを生業としており、俺も小さい頃から両親の『狩り』について行っていた。
山奥や雪原、時には人里離れた未開の地にまで踏み込むことも珍しくなかった。
そんな場所に子どもを連れて行く親も親だが、それを楽しんでいた俺も俺だろう。
両親は人里に害を与える動物を狩ることはあっても、不必要に狩ることも、娯楽として命を奪うことは無かった。
だからだろう、高校生の時に小遣い稼ぎにダンジョンに潜り始めた後、自然とモンスターを狩ることではなく、観察し、やり過ごすようになった。
それが冒険者として異端の方法だと気づいたのはずっと後。
一緒に潜る友人も仲間もいなかった俺は、ただひたすら、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。
そして出会ったのだ。今までの階層とは一線を画す『世界』に。
地上ではあり得ない環境、それに適応した動植物たち。
過酷で、そして美しい世界に俺は魅了された。
冥層に辿り着いて1年。すでに永住できるほど理解は深まっているが、そんなことはできない。
なぜなら俺は大学生だからだ。
「よお、湊。大人気だな」
「………優斗。おはよう」
にやにやと嫌な笑い方をしながら声をかけてきたのは、俺の大学の友人、山田優斗だ。
サークルの朝練終わりなのか、午前中とは思えないテンションの高さだ。
「こんなことになるなんて……」
俺は憂鬱を隠さずに言った。
大学の構内を歩いているだけなのに、明らかにいろんな人から見られている。
ダンジョン、とか配信、とか心当たりのあるひそひそ声も聞こえてくる。
「昨日のはすごかったからなぁ」
「お前も見たの?」
「おう。つーか、大体の奴は見たんじゃね?同接50万超えてたし、トレンドにも載ってたぞ」
「………そうか。だよな」
大学に来るまでもいろんな人に見られた。
視線恐怖症になりそうだ。
この伺うような視線は、講義室に入っても変わらない。
出来るだけ後ろの席に座って、講義が始まるのを待つ。
「てかお前、ほんとに冥層行ってたんだな」
「前にも言っただろうが……」
「いやあ、頭おかしくなったかと思って」
けらけら、とひとしきり笑った後、優斗は真面目な顔をした。
「それで、お前どうすんだ?」
「何が?」
「いや、これからの冒険者業だよ。どっかのクラン入ったりすんのか?」
「え、そんな予定はないけど。てか、まともな冒険者じゃない俺を入れるクランなんて無いだろ」
俺はモンスターと戦わず、到達階層だけを増やした冒険者だ。
他の冒険者も、モンスターを無視すれば俺と同じように冥層に行くこともできるだろう。
昨日は偶然、有名配信者を助けたから注目されただけで、クランに入るとかいう話は飛躍し過ぎている。
そんなことを優斗に言うと、「まじかよ」って顔をしていた。というか言っていた。
「お前、これ見て見ろよ」
そう言って優斗が見せてきたのは、動画投稿サイトの動画だ。
動画のタイトルは「【勧誘】冥層の冒険者へ」
「ん?」
「【ファイバーズ】からお前当ての勧誘動画だ。世間知らずのお前でも【ファイバーズ】は知ってるだろ?」
名前ぐらいは知っている。有名なダンジョン配信者だ。
登録者数は400万人を超えているはずだ。
そんな有名人が俺に?
「お前SNSやってないからな。これだけじゃなくて各種SNSでもいろんな冒険者、クランが声明を出してるぞ」
「おぉ……まじか」
中には俺でも知ってるような有名クランや冒険者の名前もあったし、ダンジョン関係の企業のものもあった。
え、謝礼?会いに行っただけでお金くれるの?
俺のような貧乏大学生には魅力的な文字が並んでいる。
「羨ましいぜ……流石は俺の友だ」
しみじみと優斗はそんなことを言っている。
俺の冥層での探索の話を、頭がおかしくなったと聞き流していた奴が何を言っているのだろうか。
「今のとこ、クランに入る予定はないぞ」
「はあ?何でだよ。人生勝ち組確定だぞ」
優斗の言っていることは事実だ。
有名クランに所属するのは難しい。
試験倍率は桁外れに高いし、ライバルは全国、全世界から集まる冒険者たちだ。
だがその分、所属することが出来れば、フリーの冒険者とは一線を画すサポートが受けられるし、手に入る金、装備、名声も約束されたようなものだ。
冒険者の憧れと言ってもいいだろう。
だが俺には難しい。
「クランに入っても、義務もあるだろうし、金も収めないといけないだろ。俺、そんな金ないし、あんまり強くないからな」
所詮は歪な冒険者だ。
真面な冒険者と並べばボロが出る。
「俺は今まで通り、ダンジョン生活を楽しむさ」
ダンジョンで最低限、生活できるだけのお金を稼ぎながら、冥層という大自然での暮らしを楽しむ。それが大学卒業後の予定だ。
「………お前って常識無いよな」
理想を語ってやったらボロクソに言われた。
なんてやつだ。
「おはよう~!山田くん、白木くん!」
男二人で寂しく話しているところに来たのは、美しい女性だった。
ロングスカートに白いブラウス、シンプルで清楚な服装が、長いブラウンヘアーによく似合っていた。
今日も朝から可憐な笑顔を浮かべている。
「おう、おはよう!」
「お、おはよう」
彼女の名は、班目美音。
ある講義のグループで一緒になったことから、偶に話すようになった同級生だ。
「動画見たよ、白木くん!私が知ってるより凄い冒険者だったんだね!」
「そうか?わかんないけどありがとう……」
褒められた嬉しさを隠しながら、俺は答える。
そんな俺を優斗はにやにやと見ていた。
「班目さんも見たんだな。こいつ、結構かっこよかったよなぁ」
「――――!」
「そうだね、びっくりしちゃった!SNSで流れてきた動画開いたら、大学の同級生がいるんだもん!」
くすり、と班目さんはその時のことを思い出したのか、楽しそうに笑顔を浮かべた。
……ああ、癒される。今日来てよかったなぁ。
「じゃあ、私友達来てるから!」
「おー、またな」
「了解」
班目さんは前の席の方で、友人らしき女子と合流した。
彼女が完全になくなると、優斗は肘でつついて来る。
「……なんだよ?」
「今日もあんまり話せなかったな」
「うるせえよ……!緊張するんだよ!」
「動画じゃあ、あんな美人の配信者と仲良くやってたじゃねえの。あの感じで話しかければいいだろ」
「――――っ、動画のことは忘れろ!」
こいつ、しばらくこの話題で揶揄う気だ。
俺は優斗を無視して、講義の準備を始める。
…………やっぱりもっと話しかければよかった!
□□□
1限と2限の講義を受け終わった俺は、講義室のある学部棟から出る。
周りにも、講義終わりの学生が多く移動している。
(学食食ってから帰ろうかな)
普段はそうしている。だが今日は……。
(やっぱりさっさと帰ろう)
俺は周りから集まる視線を感じ、そう決めた。
自炊をするのは面倒だが、衆人環視の食堂で食べるよりはマシだと思ったのだ。
俺は大学の正門へと早足で向かう。
そこで俺は違和感を感じた。
(なんか、人が多い?)
普段は正門に近づくほど人が減っていくのだが、今日はその反対、正門付近に学生が多く集まっている。
何かあるのだろうか。そう思い、人混みの奥を見て、俺は顔をひきつらせた。
そこには、昨日見た顔がいた。
彼女は黒曜石を溶かし込んだように艶やかな黒いロングヘアーを、風に遊ばせながら姿勢よく立っている。
同色の瞳は力強い意思を宿し、知性と冷静さを感じさせる。
細い肢体は白布のように滑らかだ。それでいて柔らかな起伏にも富んでおり、同じ女性ですら感嘆するように息を漏らす。
柔らかそうな肌は果実のように瑞々しく、涼しい表情は儚げで、俺も思わず視線が吸い寄せられた。
(南玲!?)
昨日助けた冒険者が、何の変装もせずに立っていた。
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