脱出即逃走

(ようやく着いた……)


精神的な疲労でぐったりとした俺と、対照的に元気な玲は、ようやく50階層に戻って来た。

【天への大穴】が存在するのは、何の変哲もないルームだ。

冥層の空気を感じ取り、モンスターは寄り付かず、もしもの時を考え、冒険者も入りたがらない。

そんなルームには先客が二人いた。


「手を貸すよ」


俺は差し出された手を取り、穴から這い上がる。

立ち上がると、俺は手を貸してくれた彼を見下ろす。


そこにいたのは少年のような姿をした男性だ。

腰には長刀を佩いており、その先端は地面を擦りそうだった。

和装的な防具を纏う特徴的なその姿は、冒険者に疎い俺でも知っている。


「本当に冥層から出てくるとはね。すごいものを見たよ」


柔らかく、落ち着いた笑みを浮かべるその男こそ、日本で三本の指に入る近接戦の達人。

橋宮両だ。

メディア露出も多く、有名人を間近で見た俺は、少し言葉に詰まる。


「………どうも」


結局返せたのはそんな面白みのない言葉だけ。


「玲、生きてるね?」

「は、はい。大丈夫です!」


玲は背負われている状況を恥ずかしく思ったのか、慌ててロープを切って立ち上がる。

だが、ぐらりとバランスを崩す。

まだ疲労は癒えていないのだろう。

俺は咄嗟に手を出し、彼女の身体を支える。


「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます……」


玲は俺の手を握り返し、照れたようにそう言った。

そんな玲を珍しそうに橋宮両が見ていた。


そして、もう一人。

橋宮両と距離を取り、こちらを静かに観察している者がいた。

華やかな金髪をサイドテールに結わえた少女だ。

その立ち姿はネコ科動物のようにしなやかで、目つきが悪くも見える三白眼も合わさり、鋭い印象を受ける。


(なんだ、殺気?)


ダンジョンでモンスターが向けてくるような透明な殺意。

それを彼女の碧眼からは感じる。


「乃愛、やめなさい。失礼だよ」

「………分かってるから」


橋宮さんが窘めると、ようやく収まった。


「すまないね。彼女の持病のようなものだ」

「いえ、気にしてないので」

「………へぇ~」


そう言うと、なぜか金髪は楽しそうに八重歯をむいて笑った。


「乃愛、おかしなことはしないで。私の恩人よ」


冷徹な声音が、ダンジョンのルームを貫く。

俺は一瞬、それが玲の言葉だと分からなかった。


「なんで?れいちーも気になるでしょ?」

「そうだけど、それとこれとは話が別よ。助けてもらったんだから」

「それはれいちーだけね。私には関係ないから」

「恩人だから、おかしなことしたら潰すって言ってるんだけど?」

「………は?死にかけに何が出来るの?れいちーがミスったせいで私の休日潰れたんだから、ちょっとぐらい楽しんでもいいでしょ」

「………」

「………」


今にも殺し合いを始めそうなほど、緊迫していく空気。

これで休日に一緒に出掛ける仲だというのだから、最近の若者は分からないと、両はため息を吐いた。

このまま放っておいたら戦い始めると分かっている両は、仕方なく仲裁に入る。


「二人とも、意味のない争いはやめなさい」

「………意味は、あります」

「そうそう。やる気ないなら黙っててよ」

「………はあ。そもそも、君たちが争う理由の彼は、もういないけどね」

「「は?」」


2人は周囲を見渡す。

いつの間にか、湊はどこにもいなかった。


(すごい隠密能力だね。冥層で動けたのも、その辺が関係してるのかな)


両でも気づいたのは、湊が消えた後だ。


(悪意のある人物には見えなかったし、彼の持つ技術、冥層の知識を手に入れられれば、ダンジョン攻略を一気に進められる)


両は【オリオン】の首脳陣として、湊を見ていた。


(冥層の攻略、それはどの国、冒険者も成し遂げていない偉業だ。新たなモンスターの素材や『オーブ』は国力に直結するし、それをもたらした者が得る名声、権力は桁外れに大きいものになる。問題はそれを、彼が理解しているのかどうか)


彼のことは、配信を通じて、全世界に知れ渡った。

これから始まるのは、世界を巻き込んだ白木湊の争奪戦だ。

否応なく、彼を中心にダンジョン攻略は変わっていくだろう。

久しく感じなかった高揚と期待を、両は感じていた。


□□□


『玲を助けた例の家主の件』


名も無き市民 001

「乱立する家主さんスレの中では一番センスを感じた」


名も無き市民 002

「今凄いもんな」


名も無き市民 003

「もうお祭りよ。個人の冒険者だから地上波では流れてないけど、ネットはこれ一色」


名も無き市民 004

「俺、配信見てないんだけど誰か説明して」


名も無き市民 005

「大人気配信者、南玲がモンスターに冥層に転移させられた。偶然冥層でキャンプしてた家主さん(白木湊)が助ける。は?こいつ何者?←今ここ」


名も無き市民 006

「キャンプ?」


名も無き市民 007

「うん。お肉焼いてた。めっちゃ旨そうだった」


名も無き市民 008

「あそこの切り抜きめっちゃ再生されてたよなwww」


名も無き市民 009

「海外人気凄いよな。やっぱ言葉なしでも通じる飯ってすごいわ」


名も無き市民 010

「これからどうなるんだろうな」


名も無き市民 011

「勧誘しようとするグループは増えるだろうな。なんせ多分世界唯一の『冥層冒険者』なんだから」


名も無き市民 012

「これを機にダンジョン攻略進むかもな」


名も無き市民 013

「噂では海外の勢力も動き出してるとか」


名も無き市民 014

「ゴシップだろ、それ(笑)」


名も無き市民 015

「いや、そうとも言えんだろ。今、どこの国のダンジョン攻略も冥層直前で止まってる。でも、もし家主さんがダンジョンの最前線を更新したら、日本だけが他の国よりもダンジョン攻略で先に行くことになるからな」


名も無き市民 016

「先行者利益ってやつ?」


名も無き市民 017

「だな。家主さんはゲームチェンジャーになるだろう」


名も無き市民 018

「俗な話だけど、めっちゃ金持ってるんだろうな」


名も無き市民 019

「それは知らんが、俺は無名だったのが気になるな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る