森からの脱出

「よし、腹ごしらえは済んだし、そろそろ出るか」

「そうですね。腹7分目というところでしょうか」


腹7分目………。

ほぼ丸まる一羽食べてたし、その前に俺の干し肉全部食べたよね?


(まあいいか。それよりも50階層に向かわないと)


外の雨は強まっている。

次期にこの森も、散る。


俺はログハウスに置いてあった予備の外套を取り出し、彼女に被せる。


「なんですか、これ?」

「森の葉で編んだ外套。雨を弾けるから深くかぶって」


『確かに水弾いてたな』

『一番厄介な雨をこれで無効化できんのか。結構重要な情報じゃね?』


「よし、行こうか。俺の後を遅れないようについて来て」


俺は扉を開けた。

一気に室内に吹き込む風と雨粒。

そして散って行く木の葉たち。


玲は慌てて深く外套を被る。

その中に配信用のドローンも慌てて引き入れていた。

ドローンの形に柔らかく歪む双丘を見て、ちょっとうらやましく思いながら俺は周囲を観察する。


(大分水位も来てるな)


すでにログハウスのすぐ下まで水で浸かっている。

森は見る影もなく巨大な池へと変貌していた。

それも、あらゆる物質を溶かす雨でできた。

でも―――――


「意外と天気は穏やかだな」

「はい?どこが!?」


『大荒れじゃん!』

『これ全部溶ける雨でしょ!?』

『環境どうなってんだよ』


俺は森の外へと向かって枝から枝へと飛び移っていく。

玲もついてきている。

流石の身体能力だ。


(これならもうちょっと飛ばしてもいいな)


□□□


(―――速い!)


玲は前を行く湊の背を必死で追いかける。

傷を負っており、体が十全ではないことを差し引いても、玲は着いて行くだけで精一杯だ。濡れた枝の上を駆けるその動きは、冥層で活動する冒険者という肩書に説得力を与えていた。


(速さだけじゃなくて音もほとんどしてないし、めちゃくちゃね)


足を滑らせたら終わりだというのに、平然と進んでいく湊の正気を玲は疑う。

コメントを見る余裕もなく、数十分ほどかけて森から出た。

久しぶりに踏みしめた地面の感触に玲はほう、と安堵の息を吐いた。


「ようやく抜けたね」

「私、何時間も彷徨ってたんですけど……」


今までの苦労は何だったのかと、怒りすら湧いて来る。

そんな玲に、湊は柔らかく笑いかける。


「ははっ、道が分かんないと一生出れないんだ。そういうふうに出来てるからね」


表情に反して物騒な内容に、「そうですか……」と玲は短く呟き視線を逸らした。

外から森を見ても、ただの森でしかない。

大きく広がった池の姿も、全く見えない。


(多分あの場所は窪地になってるのね。水をはじく葉が地面に重なってコップみたいになってる。雨を避けて逃げ込んだ生物を迷わせて、溶かして殺す。悪劣過ぎるでしょう)


下層の過酷な環境が、天国に思えるほどの大自然の殺意を、玲は感じ取った。


「いいよなあ、この大自然の感じ。雄大でいつまでも見ていたいよ」

「はあ………」


(やっぱりこの人変な人だったわ)


玲は確信した。


□□□


「それで次はどうするんでしょうか?」

「まず、現在地を教えようか。俺たちが今いるのは階層の南部だ。出口があるのは北側だから正反対になる」


『うっわ、一人で動いてたら絶対途中で死んでたじゃん』

『出口から遠い所に飛ばすとか、あの杖殺意高すぎだろ』


玲もコメントを見てゾッとした。

考えなしに動いていたら、すぐに死んでいただろう。

だけど、何の偶然か湊と出会えた。


「では、この平原を抜けるのですか?」

「いや、絶対行っちゃだめ」


湊は固い声音で否定する。

平原は見渡す限りの緑の芝生が続くだけである。

特に危険があるようには思えなかった。


『普通っぽく見えるけど』

『何で?』


玲の視聴者も同じ疑問を抱いたようだ。


「この階層の最大の危険は何だと思う?」

「それは………雨でしょうか。生物を溶かす雨は危険すぎます」

「それだけじゃないけど、まあ正解。この階層のモンスターは大きく二種類に大別されるんだ。雨で死ぬモンスターと死なないモンスター。この遮る物が何もない平原にいるのは後者だ」


最前線で戦う玲の肉体すら溶かす凶悪な雨。

それに触れても死なずに生存できるモンスター。


「それは、強そうですね」

「強いって言うか、化け物だよ。だから絶対近寄らないでね。流石に助けられなくなる」

「はい、気を付けます」


自分を助ける、という言葉に、玲は新鮮な響きを感じながらも、素直に頷いた。


『怖すぎんな』

『下の階層への道もそこかな?』

『どうだろうな。玲ちゃん聞いてよ』

『冥層の冒険者でも倒せないモンスターってどんなバケモンだよ』


(ううん、それはたぶん違う。あの人はそんなに強くない)


玲は冒険者としての感覚で否定する。

恐らく湊自身の力は玲とさほど離れていない。

だけど湊には、玲が死にかけた階層を平然と進める何かがある。


玲はじっと湊へと視線を注ぐ。

目覚めてからずっとしているように。

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