丸焼き

『やっぱり『冥層』じゃん……』

『こいつ普通に冥層に住んでるって言ってね?』

『家主だからね』

『意味わからん』

『嘘乙wwwwww』

『別のダンジョンとかじゃないんだ』

『冥層のわけないだろ』

『はい、こいつの家特定しました』


一気に流れるコメントに面を喰らう。

中には、ここが冥層だと信じないリスナーもいるようだが、大多数は俺の言葉を信じてくれた。


「ええっと、まず住んでない。たまに泊ってるだけだよ」


『だからそれが意味わからんてwww』

『どうやって来たん?』

『え、もしかしてめっちゃ強い?』

『ありえんだろ。トップチームが壊滅する環境だぞ』

『てか視聴者数増えすぎだろ。同接30万超えてんじゃん』


30万人に見られている、という状況にぎょっとしながらも、質問に丁寧に答えていく。


「転移のモンスターって、杖持ったモザイクみたいなやつでしょ?」


『んー、姿はいまいちわからん』

『一瞬だったし』

『遡ってみてきたぞ、確かに杖っぽいの持ってる』


「そいつは50階層付近に偶に湧く【変廻の乱杖ロッド・チェンジャー】ってモンスターだよ。冒険者を下の階層に飛ばして殺す習性があるんだ」


『こっわ』

『【迷宮管理局】のサイトにも載ってない』

『未発見……誰も生き残ってないってことか』

『50層付近は激戦区だからな。情報入り乱れるから新種の情報も埋もれるし、冒険者が消えるのも日常』


『具体的な発生条件は?』


加速するコメントの中で、重要な質問を見つけた。


「ランダムだと思う」


『対処法は?』


「姿を見つけた瞬間、殺すか逃げる。射程は短いから」


『有効な攻撃は?』


「あー、そこまではわかんないけど普通に殴れるよ」


『え、なんかプロっぽい質問』

『絶対冒険者だろ』

『このガチ感、最前線組だろwww』

『まあ、いるよな。冥層の配信だもん』

『ただで情報効くのはずるくねえ?』


そのコメントが流れた瞬間、ぽん、と真っ赤なスパチャが飛んだ。

額は100万円。


「うえっ!?」


『おー、やっぱガチ冒険者じゃん』

『情報料……まあ安すぎるけど』

『勝手にしゃべってたしね』

『推しが眠ってる間に100万稼いだ件について』


(配信ってこんな感じなんだな。面白いな)


人の配信に偶然ただ乗りしているだけだから、自分でやるのとは違うのだろうが。


(それにしてもすごい額だな。配信者って儲かるんだなー)


貧乏大学生としては、羨ましい。


(まあ、成功したのは彼女の美貌と強さありきだろうけど)


決して憧れてなれるようなものでは無いだろう。


(俺の探索、華ないし)


勝手に羨んで落ち込んでいる間に、ぽつぽつとログハウスを打つ雨の音が強まっていく。

密閉性は高いため、中に雨が降りこむことはないが、俺は顔を顰める。


「まずいな。そろそろ夜だ」


『え、どうしたの?』

『やばい感じ?』

『モンスターとかか』


「ん、いや、モンスターはいないけど、そろそろ準備しないといけないな」


『準備?』

『なんだろう』


俺は部屋の中央に置かれた焚火に火を付けた。

そして狩ってきた鳥の羽を毟って葉で包み、火にかける。


「晩御飯」


『腹減ってただけかい(笑)』

『すげえ太った鳥だな、モンスター?』

『家の中で火かけていいの?』


「【ピポポ鳥】っていうんだよ。多分この階層最弱。飛べないから簡単に捕まえられるしね」


『へえ、馬鹿みてえな名前』

『なんか昔絶滅した鳥に似てる』

『ビーバーだっけ?』

『それトリじゃねえし生きてるわ。ドードーな』


「火は大丈夫。この森の素材、やたらに頑丈だから」


『不思議素材だな』

『大分呑気だな笑。今、晩御飯とか』


「今だからだよ。この時間帯ぐらいしか食事のチャンス無いんだよね。それにちゃんと食べないと体動かないから」


『おぉ……さらっとえげつない環境匂わせるじゃん』

『抜けてる人だけどちゃんと冒険者なんだな』


何か知らんけど評価上がった。

俺は真剣に火加減を見極め、肉の入った葉を裏返す。


『おー、真剣』


「火加減むずいんだよ、この鳥」


すぐに焦げるから目を離せないのだ。

灰の熱を移すように火を通さないといけないから調理も面倒。

だがとんでもなくうまい。

俺はごくりとつばを飲み込んだ。


しばらく、パチパチと火の弾ける音と外の雨音だけが聞こえる。


『穏やかだな』

『ASMRとしても最高じゃん』

『こういうのもいいなー』

『誰のチャンネルか分からんけどなwww』

『美少女がダンジョン探索するチャンネルであってますか?』

『キャンプチャンネルじゃん』


「よし焼けた!」


俺は素早く肉を取り出す。

葉を剝いて中からは肉汁でぱんぱんに膨れた鳥の丸焼きだ。


『うおぉおおおおお!旨そう!!』

『なにこれ~、ぷっるぷるじゃん………』


「飛ばない鳥だからか脂肪満載でうまいんだよね」


脚を持ってナイフで切る。

切り口から一気に肉汁が溢れ出してくる。


『…………めっちゃ食いたい』

『うっわ、ダンジョン産の食材じゃん』

『上層の食材でも高級品だよね。下層のなんて一部の富豪しか手に入れられないし』

『ここ、冥層です』

『どんだけうまいんだろ』


視聴者の人には申し訳ないが、これも冒険者の特権だ。

俺は切り取った肉を噛む。


「―――んっ!!」


口の中一杯に肉汁が広がっていく。

肉はほろりとほどけ、噛むたびにうまみが染み出してくる。


「そのままでもうまいけど……」


俺は塩胡椒を振りかけ、がぶりともう一口食べる。


「これもこれでいい………」


油の後味をさっぱりしたスパイスの香りが拭ってくれる。

至福だ………。


「もっと調味料持ってくればよかったなぁ」


『くっそ、なんでこんな時間に旨そうな肉見せられなきゃいけないんだ………!』

『飯テロやめろ』

『キロいくらすんだろ』


「値段はよくわかんないな。持って帰ったことないし」


1人で足一本分食べたところで、俺は眠っている彼女に気づく。


「一人で食べきるのはあれだよね。彼女にも残しといたほうがいいかな」


『あー、そうね。食べたがるかもね』

『さっき干し肉食ってたじゃん』

『あの程度、玲にはおやつだ』


「ならそろそろ起こさないとね」


出発する時間も考えれば、食事をする時間はあまり残っていない。

俺は倒れ伏す少女に向かう。

眠る彼女の肩に手を当て、軽くゆする。


「ごめん、そろそろ起きれる?」

「………んん」


彼女は寝苦しそうに身じろぎをし、長い睫毛に彩られた瞼を震わせる。

なんだか起こすのが申し訳なくなってくるが……。

やがてぱちりとその目が開く。

焦点の合わない黒い瞳は、顔を覗き込む俺で止まる。


一度、瞬きをしてじっと俺の顔を見上げてくる。


「おはよう」

「………おはようございます……………私を助けてくれた人ですよね?」


彼女は体を起こしながら、小さく呟いた。

その声は、冷静で落ち着いた響きを含んでいた。

だけど鈴が鳴るように可愛い声は、耳朶をくすぐるように心地よい。


「一応、そうだね」


彼女は軽く伸びをしたり、飛び跳ねたりして、体の調子を確かめている。

軽快に揺れるログヘアーと破損した防具から覗く白い肌から目を背ける。

色々目の毒だ。

彼女は小さく眉をしかめて、俺の方へと向き直った。

そして丁寧に腰を折り、頭を下げる。


「私、南玲って言います。【オリオン】所属の冒険者兼配信者をしています」

「初めまして、俺は白木湊です。どうぞよろしく」

「………それ本名ですか?」

「そうだけど、駄目だった?」

「ダメではありませんけど………配信中ですよ?」


彼女が指さす先には、配信用のドローンが宙に浮いていた。


「あ、そうだった」


『本名把握』

『やめたげろよwww』

『俺は忘れたよ?』

『俺も』

『50万人に本名バレは流石に可哀そうだわ』

『てか、知らない名前。有名冒険者じゃないんだな』

『今更だけど何者なの、この人?』

『あんまり身体能力は高くなさそう。スキル寄り?』

『じゃね?』

✓オリオン公式『うちの冒険者がすみませんでした。それとあの……そろそろ救助の打ち合わせをしたいのですが』

『公式困惑で草』


「ああ、そうだね。えっと、救助の人はどこまで来てるんですか?」


✓オリオン公式『50階層と51階層の連結路までです。そこまで当クランの南を護衛していただけないでしょうか。報酬は救助後に相談という形にはなりますが、納得していただける額をご用意します』

『無茶苦茶言うじゃん』

『Hey,Boy,けが人連れて冥層を突破してくれよ!』

『なぞのラッパー誤訳』

『冥層での護衛なんて、億詰まれてもやらんだろ』

『いや、冥層で泊ってる人だぞ?簡単なんじゃね?』

『簡単かどうかは関係ないだろ』

『いや、やるべきだろ。金とかじゃなくて冒険者としてのモラルじゃん』

『断ってもいいです』


「いや、全然やるからね!?別にただでもいいし。俺も大学あるから帰る所だったから」


コメント欄が荒れ、公式さんが叩かれ出したので、俺はそう言った。


『ついでみたいに言うなぁwww』

『ただは駄目よ。逆に後々揉めるパターンだから』


「大丈夫です。報酬は私が払いますから」

「あー、じゃあ後々……」

「はい。お金でもそれ以外でも……私にできることであれば」


(なんか含みある感じがえろいんだけど……!)


「というか、大学生なんですね」

「そうだよ。あ……」


『把握しました』

『またやらかしてるwww』

『白木湊。大学生。把握しましたわ!』


色気に惑わされたところに質問されて、つい正直に答えてしまった。


「私、高3なので一つ上ですか?」

「そうだね」


『18、19か』

『年齢も把握しましたわ!』


「――――――ッ!?」


個人情報が、抜かれてる!?


「都内?」

「と……とがいだよ」


『都内じゃんwww』

『とがいってなんだよwww』


「それなら………」

「とにかく!移動しよう」


やたら個人情報を抜こうとする彼女の言葉を遮り、そう言うと「はい」と悪戯気な微笑を浮かべながら答えた。


(意外といい性格してるな!でも、トラウマにはなってなさそうでよかった)


ダンジョンで死にかけた冒険者が、探索やモンスターを受け付けなくなることはある。

そんな様子はない。


(むしろ元気すぎる……)


「南さんは「玲でいいですよ」」

「玲さんは「玲です」」

「………れ、玲は」


『陰キャかい』

『顔赤らめんなwww』

『いや、この美少女は照れるよ』

『今日の玲様押し強いな』

『俺も巨乳JKに名前呼び強制してほしい』


(く、黒歴史だ……)


「今から移動するけど動ける?」

「………はい。でも戦うのは厳しいですね」


彼女は無手だ。武器は落としたのだろう。

平気そうに振る舞っているが、傷も深い。


『結構きつくないか?』

『場所によるだろうけど』


「無理なら置いて行ってください。人を巻き込む気はありませんから」


彼女は俺の目を見てはっきりと告げた。


(強い人だな)


自分の死が眼前にあるのに、他を見れる人だ。

それは、優しい人でもあるということだ。


「大丈夫だよ。別に戦わないし」


彼女は訝しむように眉を寄せた。

疑り深いその様子は、人に懐かない猫みたいで面白かった。


「それでこれからだけど………あ」


彼女の視線は【ピポポ鳥】の丸焼きに向いている。

というか離れない。丸焼きをだけしか見てない。

そうだった、このために起こしたんだった。


「えっと、食べ「食べます」」


めっちゃ食い気味だった。今日一声が大きかった。

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