初配信登場

「泥棒だぁあああーーーーーー!!!」

「え、いや、違っ!そうですけど!」


『おっしゃる通りです』

『お兄さん、こいつがやりました』

『空き巣と家主の対面で草www』

『そこじゃねえだろ』

『玲の焦り顔初めて見たかも』

『いろんな配信者見てきたから分かる、こいつも変な人だ』


(―――ッ、否定できないところを……!というか、冒険者でしょうか)


どこから説明しようか、そんなことを思っているとふらりと視界が揺れた。


(あ、れ?)


回る視界は端から黒く染まる。最後に映ったのは、慌てた顔で駆けよる家主の青年だった。


□□□


「うおっと!!」


俺は慌てて倒れ込む彼女の肩を抱く。

手に触れる柔らかな肌の感触にわたわたしながら、ゆっくりと彼女を横たえた。

頭をゆっくりと置いたとき、意図せず顔が近づく。その長い睫毛と染み一つない白い肌にどぎまぎと心が揺れ動く。

だがそれ以上に俺の心を揺さぶったのは……。


(でっか…………)


厚い革の防具の上からでもわかるサイズだ。

呼吸するたびに上下するかたまりを、本能的に見てしまい、妙な背徳感を覚えて視線を逸らす。


「………近くで見るとえらい美人だな、ってすごい怪我だな。『溶解雨』の中を突っ切ったのか?無謀だなー」


照れ隠しでべらべらと話しながらも、体は反射的に『回復薬』を取り出し、治療を施していた。それでも焼けただれた肌は完全には癒えなかった。だから最後に包帯を巻きつけ、出血を止める。


『推しに近づくな!』

『今は非常事態でしょ』

『手際よ!』

『慣れてる感じだな』

『今一瞬、凝視したな笑』

『そりゃするだろwww、俺も初見の時見まくったもん』

『きしょ』

『高3とは思えん』

『本能よ』

『てか結局誰なの子の人?』

『懐かしい傷だなー、って言ってるんだけど』


「俺もよく通り雨に会って肌が溶けたなぁ」


『は?』

『初めて聞いた日本語だわwww』

『こいつ、どこの冒険者?クラン所属のやつ?フリー?』

『分からん。てか冥層に行けるようなやつの候補なんてほとんどないけど、誰でも無くない?』

『そもそも冥層はトップ冒険者でも入ったら出れない地獄。玲ちゃんが死にかけてるみたいにね』

『つまり?』

『あり得ない。もし彼が冥層で活動できる冒険者だとすれば、日本一、いや世界一の強さを持つ冒険者ってことになる』

『もしかして俺たち、歴史の証人ですか?』

『てかこいつ、配信されてることに気づいてねえな』

『にっぶ』

『じらすな、家主!!』

『家主www』


「てかこんなとこで何してんの?普通一人で来ないだろ」


ふっ、と俺は笑い、彼女に毛皮の毛布を掛けてあげる。

だが好感は持てる。長い間、ダンジョンキャンプを楽しんでいるが、同好の士はいなかった。

冒険者というのはどいつもこいつも忙しなく進んでいくばっかりで寂しかったのだ。


「分かるぞ。大自然の中、一人で過ごしたいときもあるよな」


うんうん、と俺は頷く。

その視界の端でピコピコ光りながら回る物体に気づいた。


表面には何やら文字列が凄い勢いで映し出されては流れて言っている。


『あ、気づいた』

『変なこと言いながら気づいた……何、大自然って』

『お前も一人定期』

『こんばんは!家主さん!』

✓オリオン公式『少しよろしいでしょうか!』


「あ、こんばんはー」


なにこれ?


「なにこれ?」


言葉にも出ていた。


『配信よ、配信』


「配信!?」


なんかいろいろ言った気がする。

思い出して頬が赤くなっていくのを感じる。


『玲ちゃん助けてくれてありがとうぅ~~~!!!!』

『玲ちゃん大丈夫そう?』


「ん、ああ、大丈夫だよ。地上に帰ったら治療を受ける必要はあるけど、すぐに目覚めると思うよ」


真面目なコメントを見つけて、気を引き締めて答える。


『よかったぁ』

『ありがとう、ほんとに!』

『推しを亡くすとこだった』

✓オリオン公式『彼女の所属するクラン【オリオン】の者です。当クラン所属の冒険者の救助ありがとうございます』


コメントを見ていると彼女の所属しているクランらしいコメントが来ている。


「公式さん、ですかね。ダンジョンでは助け合いですし、お気になさらず」


✓オリオン公式『ありがとうございます。図々しいお願いではありますが、彼女の容体を確認しておきたいため、配信は続けたままにしてもらえますでしょうか』

『そうね、配信は切らないでほしい』

『結構な要求じゃない?見せたくないスキルとかもあるでしょ』

『そもそも顔出しになってる時点で、大分だけどな』

『いや、配信はいる。配信無いと我らの玲様とこいつが二人っきりだぞ』

『密室、うだるような暑さ、何もないはずはなく……』

『暑いかどうかは知らんだろ』


「暑くないし、むしろ寒いぐらいだよ!」


『いや、答えるのそこじゃねえwww』

『どうでもいいわwww』

『わい、ダンジョン研究者、結構嬉しい情報です』

『知らん』


「あ、もちろん配信は付けとくよ。俺も外の状況は知りたいし」


『ん、もしかして、下層まで連れて行ってくれるの?』


「いや、当たり前でしょ。絶対一人で帰れないじゃん」


『おお~、いい人だ』

『最前線の冒険者には珍しいまともな人だ』

『冥層にいる冒険者かどうかも分からん不審者だけどな』

『人間かどうかも不明』

『てか本当にだれ?』

『救世主!でも触んな!オレノダゾ!!!』


「うえっ!?彼氏さん!ごめんなさい!」


『んなわけねえだろwww』

『玲の配信名物のキモリスナーだよ。放置でok』

『初見だろうし、ダルがらみするのはやめたげなさいwww』


「あ、違うのか、よかった。こういう美人の彼氏、大体怖いから」


少し冷たさを感じさせる整った目鼻、すらりと伸びた手足とスタイルは、彫刻のように美しい。それでいて体の一部は主張が激しく、少女らしい儚さと妖艶な色気が合わさり、背徳的な魅力を醸し出している。

一軍の女子って感じでちょっと怖い。


『あー、分かる。二個上の大学生彼氏タイプね』

『それかごりっごりのゴリラみたいなやつ』

『休み時間に目が合ったら嫌そうに睨まれて、その後「さっきあいつにやらしい目で見られたー」ってセンター分け長身彼氏に教室で大声でチクられるやつね。そんなに足出してるのが悪い』


「一人実体験語ってる奴いるな。悲惨すぎるだろ、かわいそ」


『…………ッ!』

『効いてるwww』

『悪意なさそうな声で言わないでwww』


なんだか盛り上がるコメント欄。


『家主さん、ここどこ?』


「え?知らないの?」


『あー、そっか、家主さん知らないだ。なんか変なモンスターに転移させられて気づいたら森にいた、みたいな感じ』


曖昧な説明。それだけ、彼らも状況をよく理解できていないのだろう。

何となく理解できた俺は、納得の表情を浮かべた。


「ああ、そうか。自分から来たわけじゃないのか。ならまずは現在地から言うけど……」


「ここは、冥層51。【雨劇の幕】だよ」


何でもないように俺は、未踏破階層の名を告げた。

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