第45話 エイリアンショップ一号店
ある日、ベルトコンベヤは複数の道具を運んできた。
丁寧に間隔を空け、物によっては綺麗に広げた状態で。例えるならばフリーマーケットに商品を出展する時のような感じだ。売り物と言われても違和感が無いほど丁度いい感覚で何らかの道具が運ばれてきた。
──アキはそれらが傍までやってくると声を上げ、環を手招きした。
「何があったんだ」
「これエイリアンショップ一号店の限定グッズですよ!私も行ったことはないんですけど、先輩もテレビとかで見たことないですか?」
それがみんな揃ってるんです!
環はアキの勢いに押されつつも布の上に並べられているグッズに視線を落とす。異星人をイメージしたイラストが描かれたペナントにポスター、同様に異星人らしき姿を模ったキーホルダーに木彫りの置物。同じくイラストがプリントされた饅頭の箱……そして箱に印字された主張の激しいエイリアンショップのロゴ。ご丁寧にSNSで拡散する為のハッシュタグまで載っている。どうやらこれは何所かの土産物のようだ。然し、環にはこれらに対する覚えがない。
このような場所が有るのならとっくに親友が飛びついていただろう──一種の研究対象として。恐らくこれは最近出来た商業施設なのだろうと納得する。
環は質問に対し、首を横に振った。
「ある地域に異星人の目撃情報があったそうなんですよ。実際にいたかは知りませんけど空が発光しただとか、夜間に不審な動きをする生物がいるだとか」
「ああ、それで観光地化したのか」
「はい。何も無いところに最初は野次馬達がテントを建てたんです。それから露店や屋台が出始めて、今や正式にエイリアンショップなる店まで出来てしまいました」
何にも無いところにちょっとした街が誕生したってわけですよ!
アキがポスターを手に取ると下にカラー印刷のチラシとパンフレットが有ることに気が付く。アキは自分は店のことを大体知っているからとチラシを手渡してやる。
チラシには頭部に相当する部位が星雲のような靄に置き換えられたスーツ姿の人物が描かれている──どうやらこれが彼等の考えるエイリアンらしい。キャラクター化され、設定が独り歩きして人気が出ているのかもしれないが……思えば先程のポスターにもこれと同じものが描かれていた。何をどうしたらデュラハンのようなデザインになってしまうのか。環にはそれが理解出来なかった。
パンフレットを開くと目玉商品と店舗の場所、撮影スポットなどが地図に記されている。エイリアンアイスにエイリアン風船、エイリアンのぬいぐるみ……ちょっとした遊園地と言ってもいいだろう。恐らく異星人を模っているのだろうお面を付けた子供達が、これまた異星人風の着ぐるみにじゃれつく写真まで掲載されている。
しかし逆に店が集中している箇所以外は辺鄙な田舎町といった様子。アクセスがいいとは到底言えない場所だが、人々はここへバスで向かうらしい。
「一号店のある場所は森と湖しかないような田舎だったんです。国境にも近いから仕事以外でそっちに行く人は少ないって話でしたけど、異星人の目撃情報が出てからは連日人が押し寄せましてね。ビジネスチャンスだって」
「異星人と一目で分かるものなのか?」
「さあ。最初は数十秒程度の光る人影を撮影した動画から始まったんですよ。それから似たようなものが湖の上を飛ぶ姿を見た~だとか噂に尾鰭が付いてるって感じですね。空飛ぶ馬の姿をしてるとか声を聞くと死ぬとか色々噂はありますよ」
改めてアキが手に取ったポスターを見るとそこには先程の変わった頭をした異星人の他に単体か別の異星人が描かれていた。翼の生えたものや、緑色の皮膚をしたもの。軟体動物や虫の姿をしたもの……さながら集合絵のようだ。
アキ曰く最初は単純に湖の畔で光る人型の物体を目にした、という話からここまで話が広がっているのだから恐ろしい。頭部の件は形が不安定で外れているようにも見えたからということらしいが、環には人間の想像力の方が恐ろしかった。
「まあ、行くところが増えて良かったんじゃないですかね。私は修学旅行に行く前にここで働く事になっちゃいましたけど。田舎って退屈ですからね」
「修学旅行?」
「ああ、セクターにもよりますが中高の二年生が参加する宿泊行事です。大体田舎の学校は都会へ、都会の学校は地方に行くんですけど。私立の学校だといくつも先のセクターに旅行へ行ったりしますね」
環はアキのいう修学旅行という行事を知らない。
これは数々の学校行事を説明してくれた親友からも聞かなかった──彼女は若い頃、不審死で家族を亡くしてからというものの親族間を転々としていて一か所の教育機関に長く在籍することがなかったという。ようやく腰を落ち着けられたのは大人とも呼べる年齢になってからだと聞かされていた。
──何だかんだ自分の周囲は苦労人が多いようだ。
環がパンフレットを開くと確かに学生向けと思わしき文言もちらほら載っている。学生限定アトラクションだとか、学生限定割引だとか……アキの言葉通りなら修学旅行で周辺に立ち寄った学生がこれを目当てにこの村へやってくるのであろう。
この周辺は湖とドラッグストア、それと小さな資料館や寺院があるぐらいだ。飲食店はチェーン店のファミリーレストランが駅から数キロ離れたところに一軒。恐らく学生としては湖や森を散策するなり、寺院を見学するといったコースが望ましいのだろうが、この状態ならばこの「エイリアン村」が賑わうのも頷ける──そうした静かな風景が染みるようになるのは大抵自分の年頃ぐらいからだ。
どうやらご丁寧に駅からエイリアン村行きのバスが出ているようだ。
「いつになるか分かりませんけど、いつか外出てみたいですよね。ここは申請すれば休みもとれますし、そもそも軟禁されてるってわけでもないんですけど」
「ああ」
「いつか一緒にここで見て気になったところに行ってみませんか?私ここに来て、沢山の物を見て、沢山の場所を知っていろんなことに興味が持てたんですよ。だからいつかそこに自分の足で行ってみたいんですよね。余裕が出来たらの話ですけど」
自分はともかくアキは自由の身だ。彼女が何もしないのであれば今後とも。
アキには夢が有るのだろうか?──前任者は自分に夢を語り最後にはここを飛び立ったが、その後の事は知らない。誰も捕えられなかったのだ。真の意味で自由になった存在なのかもしれない。そこに本人の意思が存在しているというのであれば、それは幸せな結末と言えよう。自分であっても、そこまでは分からない。誰もが死後の世界を知らないように。
アキの瞳が輝いている。環は少し時間を空け、彼女の視線がベルトコンベヤに移った後に軽く頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます