「█████」
この国のスラムには所狭しと建造物が立ち並んでいる。それはどのセクターでも基本的には同じ事。青年の故郷の基準に当てはめるならばその大半が違法建築だ。ビルとビルが接合し、要塞のように聳え──夜空の星々と見紛うほどの灯りを宿している。その灯りの数だけ、人間の営みがあるのだろう。
青年は自らが指定した座標がずれていないことに安堵の表情を浮かべた。彼が転送装置を潜る際、あえて都市部を避けてスラムを指定したのには訳がある。事前知識として都市部に入場するには身分証がいること──彼はそれを所持していない。それどころか、この国の何処にも戸籍すら存在していない。
そんな「余所者」が都市部に現れたなら住民は即座にパニックに陥るだろう。そしてすぐさま役人達が駆けつけ、自分の身体は行政機関か組織の何方かに渡る羽目になる──そう聞かされてきた。進んでくる場所ではない。ある意味では流刑地のような場所へと彼は望んでやってきたのだ。
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何処で暮らすにしても金が要る。
上層であればセクターを管轄する組織へ、それ以外の地域では組織の代わりに土地を支配する団体への支払いを求められる。スラムであればゴロツキとそう変わらない集団に金を払うことになるだろう──事前知識の通り、青年もそうした。
金さえ払えば問題はない。後は身分証を業者に偽造させれば国外から密入国した人間達とそう変わらない生活を送る事が出来る。
──後は収入の確保、もとい目的の達成だ。
青年は移住して間もなくして一種の汚れ仕事に手を染めた。スラムの住民達すら忌避する仕事──不審死、変異体絡みの事案に。幸い住居に看板を提げ、処理業者のネットワークに情報を書き込めば顧客には困らなかった。
誰かの仕事を代わるという意味では「処理業者」「代行業」として国内では非常にポピュラーな仕事ではあるものの、未知の物質により死亡した人間と進んで関わろうという人間は非常に珍しい。変異体が暴れたところで国が対象するのは富裕層に被害が及んだ時だけ、不審死した人間はスラムであれば捨て置かれるのが常だ。
そして敵性兵器で変異体と化した人間はその時点で「諦められる」存在であった。スラムであれば人々は住処を追われ……都市部であれば役人達がこれを始末する。
──青年はこれら全ての問題に対処することが出来た。
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移住して早々、青年を出迎えたのはこの国の洗礼であった。
──妹の身体がおかしい。不審死ならどうか遺体だけでも回収してほしい。役人は金が無ければ呼ぶことが出来ない。
ある日、彼に縋りついてきたのはスラムの住人であった。夜間に突然飛び込んできたかと思えば涙を流し、過呼吸を起こしている。何とか落ち着かせて話を聞くところによれば「異星人の襲撃による避難勧告の後、家族が意識を失った」「家族の身体を核にして周囲の環境ごと変化した」ということである。
依頼者の話では理解しきれず、青年は依頼者に手を引かれて現場までやってきた。幸か不幸か依頼者は十分な金銭を握ってきたから断ることが出来なかったのだ。
現場は青年の住居からそれほど離れていない距離に存在した。
スラムに不釣り合いな「城」がビルを突き破るようにして生えている。ドールハウス、或いは遊園地のアトラクションにでもあるような張りぼての作り物。彩度の高い赤いペンキで塗られた屋根、真っ白な壁……風に揺らめく旗。
古い団地を彷彿とさせるような荒れ果てたビル群の壁を破って、城が聳えている。思えばその城の周囲の部屋の灯りは消えている。周辺住民は退避しているのか、その棟だけは真っ暗だ。時間帯の影響もあるのだろうが、住民の姿もまるで見かけない。
──この中に家族が、妹がいるんです。妹の身体がおかしいんです。
依頼者は地面に崩れ落ち、声を上げて泣き続けている。
青年は事態を把握し、依頼者を離れた場所に待機させてから単身でその「城」へと踏み込んでいった。
依頼者の子供はすぐに見つかった。
子供の想像力では城の外観を想像出来ても、中身までは再現出来なかったと考えるのが自然だろう──城の中身はがらんどうのドールハウスのように殺風景だ。ただ一人女児が床に蹲り、その床にめり込むような形で意識を失っている。一見すると子供が建物に飲み込まれてしまったような異様な光景だが、これはこの子供が生んだ現象だ。
核となる人物の人格、身体的な状態にも依るのだが……幸い青年は「招待客」にでもなったのか、侵入したところで「城」に襲われることはなかった。
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「お兄さん、一体何処から入ってきたの!?新しい家は全部ちゃんと扉を閉めたはずなのに。お金も、弟も……もう何も盗まれないように」
青年は子供部屋のような場所で先程倒れていた子供と対峙していた。
目を覚ました時、眼前にあの子供が立っていた──然しながら彼女の服装は先程「城」の中で倒れていた時よりも綺麗な服装だ。継ぎはぎではないし、靴も穴開きの黄ばんだ上履きではない……服は新品同然の汚れ一つないピンクのワンピース、赤いエナメルのストラップシューズも傷一つない状態だ。
彼女は青年の侵入にひどく驚いた様子で、声を上げるとフローリングに尻もちを付いてしまった。
「精神介入技術と言っても分からないか」
「せ、精神……?ここは私達の新しい家だよ?お姉ちゃんと弟と三人で暮らすの」
「お前は姉をここに連れてくることが出来るか?」
俺の知る限りではお前の姉妹はここに入る気も無いという様子だったが。
目の前の子供が狼狽える様子を見下ろして、青年は自分が少し言い過ぎたのではないかと不安を覚えた。
ここは少女の精神の世界、心象世界のような所だ──ケースによっては外界を認知でき外界から獲物を連れてこようとする個体、獲物に危害を加えようとする個体など様々いるのだが。彼女の場合は外も見えていなければ、何かに牙を剥くような感情も見受けられない。ただ自分の理想を形にしようとしただけで済んでいるらしい。
懸念点があるとすれば彼女が外界で「自分」を広げてしまうことだが、この子供のはある程度話が通じそうだ。
「出来ないみたい。外の景色もずっと同じだし、ここに来てからずっと一人なの。折角立派なお家を用意したのに誰も戻ってこないの」
「だったらお前の姉にここを紹介してやればいい」
「……どうやって?」
「ここを出るんだ。俺も付き添ってやるから」
青年の言葉に子供はよく分かっていないといった様子でこくこくと頷いた。
どちらにせよ依頼者に報告する義務が有るのだから嘘は吐いていないだろう──姉という言葉を出した途端、子供は青年を疑わなくなった。
子供と接する時は肉親の存在をちらつかせるのが一番だと誰かが言っていたような気がするが、まさかそれを実感することになるとは。
青年は子供の手を取ると部屋の適当な扉に手を掛けた──出口は何でもいい。出口ですらなくといい。脱出を認知さえさせれば、後はどうとでもなるのだ。
青年が子供の傍で目を覚ますと、すぐ傍に依頼者が立っていた。
彼女は目を覚ました子供を抱き締めると声を上げて涙を流し、青年に何度も頭を下げた。彼女は城が消失する様を見て、急いで現場に駆け付けたのだという。
──本来であれば自分も対象も無防備になってしまうため屋外で行う行為ではないのだが、このようなケースだと室内に対象を持ち込めないので致し方ない。
……とは言えず。一先ず姉妹の再会を見届け、彼女達を住居兼仕事場に招き諸々の手続きを終わらせたところで青年はようやく一息を吐くことが出来た。
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「随分と面白い商売してるじゃない。あまり目立つことやってると死ぬよ」
そうして過ごしていたある日──青年の住居の扉を誰かが開いた。
スラムにおいてズカズカと部屋に踏み入ってくる人間の存在は依頼者だろうが営業だろうが珍しくはないのだが……今日の客人は身なりから「異質」だった。
彼女が外を歩いていれば一目で余所者だと分かる。何処の組織の所属であるかは不明だが、綺麗な制服姿の人間。ここまで無事に来れたことが奇跡だろう。とはいえ組織の人間はスラムを出歩くのに護衛の一人二人付けているのかもしれないが。
彼女は青年が口を開く前に、更に言葉を続ける。
「私はね、貴方にうちで働かないって聞きに来たのよ。貴方、名前は?」
「█████」
「あははは、発音出来ない!滅茶苦茶な名前ね……ごめんごめん、人様の名前で笑っちゃってね。貴方、他所から来た人でしょ?」
私の名前は循。
青年へと距離を縮め、気付いた時にはこちら手を握っていた女──彼女はこちらの事情を知っているらしい。好都合ではある。こちらの目的を果たすのには規模を問わず、何処かしらの組織と繋がる必要がある。それは事実なのだが……。
青年は女の手を一度は離そうとしたが、思いの外力が強く断念した。
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