第40話 次回予告

 ベルトコンベヤの上に一枚の板が乗っている。

 色は黒、材質はプラスチックのよう。A4程度の大きさの板であり、厚みは2㎝ほど──何の変哲もないガラクタそのn個目だ。見た目だけならゲームの旧型ハードウェアのようだ。とはいえ蓋のようなパーツは見当たらない。

 普段であればアキも環も特段興味を惹かれる様子もなく黙々と記録作業に入るのだろうが、今日のこの板に関しては珍しく指示を受け取っていた。

 環は手元にある「装置に備え付けられたボタンを両者共に押す」という旨の指示書をアキと共有した。アキは特に驚く様子もなく装置の側面にある一つの小さな凹凸をそっと指でなぞった。どうやらこれが問題のボタンらしい。

 アキは環に「先に押してもいいですか」と尋ねると環は黙って頷いた。

 もうすっかり死には慣れきった二人である。


「何も起きませんね。部屋の中にも何にも起きません。先輩は体調どうですか?」

「いや、何ともないな。痛くも痒くもない」


 カチカチと音を立てて板のボタンを連打するアキ。

 いつものパターンであれば部屋に不可解な現象が起きたり、体調不良に襲われたりと散々な目に遭うのだが……彼女のことも普段ならば止めるところだ。然し今回は二人の予想に反して板は何の反応も示さない。連打の後、アキは諦めたように環に装置の順番を譲った。

 ──こうして環の指が軽くボタンを押したその時。

 装置の上にふっと映像が浮き上がる。長方形のスクリーン、或いはパネルのようなものが装置の上でちかちかと瞬いた。この国の技術の中で最も近い物を上げるならばホログラム……とはいえ灰色の長方形が空中で鎮座しているだけだ。


「先輩、もう一回押してみたらどうですか?これじゃ子供騙しの玩具ですよ」


 アキの言葉に環は言葉に詰まる。

 乗り気ではない。既に指示は達成してるのだから流してしまってもいいのだが。

 そうして環がボタンに指を置き、迷っている最中──スクリーンは唐突に「色」を映し始めた。スクリーンは複数の人間を映しているのだ。今まで「グレー」と思っていたのは誰かの背中、服の生地の色だったらしい……その誰かが今まさにカメラの正面から逸れたことで正面が見えるようになったようだ。

 映画やドラマにしてはカメラワークが素人レベルだろう──以前、循がホームパーティーの様子を撮影した時の映像並みかもしれない。

 中腰でスクリーンを眺めることに疲れ、床に腰を下ろす二人。

 これで感想文でも書くかと提案する環の横で、アキが唐突に声を上げた。


「これ先輩じゃないですか!……同じ格好をした人達に囲まれてますけど。これって前職の職場の方だったりしますか?」


 アキの問いに環は首を横に振る。

 スクリーンの中には確かに自分に似た何者が映り込んでいる。画面の中の自分は知らない服を着て、この集団の指揮官にでもなったかのように振舞っている。ホワイトボードの前で彼等に何かを説明しているようだ──初めは自分に酷似した他人程度にしか思っていなかったが「誰か」のペンの持ち方や文字の形は正に自分の物だ。時折頭を掻いたり、ポケットに手を突っ込む癖も変わらない。

 とはいえ自分はこのように小綺麗な制服は所有していない。この企業のどの部署にもこういった制服はない。そして「誰か」を囲む人々の顔は誰一人として覚えがない……画面の中ではアキと同い年ぐらいの男女が二人、メモを片手に「誰か」の話を聞いているのだが。自分に懐いた子供は現在までにアキとあの庭師ぐらいだろう。

 その三人から少し距離を置いた場所に背の高い人物が立ってはいるものの、その人物はカメラに写るか否かギリギリの地点から三者を眺めているようだ。


「よく似た赤の他人……ドッペルゲンガーってやつですかね」

「さあ。俺には覚えがない」

「先輩ってフリーハンドで地図とか書けなさそうですしね。ほら見てください。シンプルだけど綺麗な地形ですよ。なんだか学校の先生のみたいですね」


 アキの指差す画面の中の人物はペンを片手にホワイトボードにこの国の地形を描き出しているようであった。黒と赤のペンを使い分け、黒でサッと国の輪郭を描き出したかと思えばセクター毎の境界を書いていき……これは「目的地」であろうか?ある地点に赤い印を書く。それに応じて周囲の人物がメモを取ったり、挙手をして質問している様を見ているとちょっとした塾の授業風景のようにも見える。

 ──アキは不可能だと思っているようだが、自分は画面の中の人物と同じ事が出来る。説明こそ出来るかは分からないが、親友の画力が致命的に低かったせいだろうか……彼女が何処かに行くとなれば地図を描き出してやることは何度か有った。世の中には絵どころか地形すら満足に描き出せない人間がいるのか、と当時はそれなりに衝撃を受けたものだ。


「画質は悪いですけど、この人達の着てる服に見覚え有りませんか?」

「ああ……」

「社員の方達が着ている服にどことなく似てる気がするんです。ボケてて断言はできないけど、ここにロゴが有りませんか?」


 アキは画面の中で懸命にメモを取っている最中の少年を指差した。

 くすんだ黄金色の髪……短髪ではあるのだが、もしかしたら少女かもしれない。その人物にピントが合っている。アキが差しているのは「彼」の着ている制服のロゴであった。胸部と肩のあたりに自社の──フェノム・システムズのロゴに類似する円形のロゴがプリントされている。スクリーンに映る全員がこのロングコート風の制服を着用しているのだが、生憎キャリアの長い自分でも彼等の姿を見かけたことはない。

 フェノム・システムズのロゴは、洗練された未来的なデザインで、再生や変革を象徴するような要素が組み込まれています。

 自社のシンボルにはリサイクルや循環を連想させる矢印や曲線が用いられ、企業が表向きに掲げている「リサイクル事業」という仮面を強調している。リサイクルマークを元に肉付けしたロゴと言っても過言ではない。しかし、ロゴ全体に漂う暗い色調やシャープな線は、実際に行われている研究や汚染除去活動の裏の顔を感じさせるもの──要はロゴを知っている人間であれば遠くからでも「あそこだ」と判別できる程度には特徴的なものだ。自分が現在着用している作業着にも彼等と同じロゴが刻まれている。

 然しながらこれらを見たことが無いというというのは……。


「……並行世界、或いは未来だったり?」

「悪戯で作るにしては大掛かりだな」

「警備職員も事務職員も研究職員も……それこそアルバイトでもこんなの着てる人はいませんしね。私服か先輩と同じ作業着でしょうし。新しい部署を作る予定でも有るんでしょうかね?」


 ある程度の着崩しは許されているのだろうか?

 カメラの外側に逸れていた長身の人物が再びスクリーンに映り込んだ時、彼がロングコートの下にセーターを着ている姿を見て環は首を傾げた。ネクタイをしている者もいれば、何も付けていない者もいる。

 そうしてアキの言葉に気の利いた返答をしてやることも出来ないまま、そのままぶつ切りのように映像が途切れる。プツリと板の上に浮き上がっていたスクリーンが消えてしまった。環は彼女に促される間もなく自らボタンに手を伸ばし、何度かボタンを押してみる。

 然しながら、装置は何の反応も示さない。


「アキ。これをもう一度押してみてくれないか」

「はい?それは別にいいですけど」


 自分から指示されることが意外だったのか、アキは間の抜けたような表情でこくこくと頷くとボタンの上に指を置く。

 そうして数度。連打したり、ポチポチと間を空けて押すなど試行錯誤を繰り返すこと数十回……板はアキに対し、一貫して反応を示さなかった。

 何だか見放されているみたいですね──未来にも遠くにも。

 アキはベルトコンベヤに横たわる装置に吐き捨てるようにして呟いた。




――――――――――――――――――――

 フェノム・システムズのセクターのイメージ、ロゴデザイン、フレデリークや環のビジュアルをは近況ノートの方に載せました。AI絵に抵抗の無い方は気になったら見てやってください。一応ビジュアル知識が無くとも全く問題は有りません。

 章分けするとストーリーを更新しても更新順に反映されないのは仕様なんでしょうかね?一番新しい(一番下に来る)章を更新しないといけないので、設定資料を置く場所に迷っています

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