第35話 警備職員
「そういえば警備職員って人達がいるって話がありましたよね?外部委託してないってことでいいんですかね。だから施設でもそこまで見かけないんでしょうか。これだけ広いならもっと沢山いても良い気がするんですけど」
アキは手元の紙を折りながらぽつりとそう溢した。
警備職員──アキの中では誕生日会騒動のエラの口から出た言葉が初出であろうか。環は大量の料理と共に事務職員がベルトコンベヤから流れてきた日の事を思い出していた。普通の職場でも仕事場が広いと特別な事が無い限り出会わない部署の人間というものは雇用形態を問わずいるものだが……そこまで気になるものだろうか。環は彼女の興味そのものに首を捻った。
「そんなに気になることか」
「ええ、珍しいですよ。普通は外部に委託するんです。私が以前アルバイトをしてたスーパーだってそうでした。日雇いで人が来ることもありましたけど、警備専門でやってる区があるでしょう。まあ、外部にお金を払えば済むって話です」
「そうだな」
気にしたこともないことだ、と環は首を傾げる。
確かに警備専門の企業は存在する上、民間の軍事会社がある。用途に応じてそこに金を払い駐在させる、必要な時期に戦闘員をピンポイントで派遣する……など使い方は様々だ。親友からそのあたりは聞いていた。街で武装集団に囲まれた人間を見かけてアレがそうだと指を差す彼女を止めた記憶がある。更に今の時代は傭兵斡旋所が一般化──企業や役人が抱えきれなくなった特殊事件絡みの事象を解決させるため、国が過度に推奨した果てに生まれた民間組織が山ほどある。
金さえあれば解決できることをわざわざ自社にフォーマットを制作してまで行っているのが理解出来ない──アキが言っているのは恐らくこのことだ。
「でもわざわざそうしないってことは何かあるんでしょう」
「何が」
「外部に知られたくないことかそれか身内にしか対応できないような何かがあると思うんですよ。当然今の時代、金を払えば記憶ぐらいどうにかなります。そもそも傭兵や警備員の類は大体記憶の改竄とセットでしょう」
「そうか」
「施設を壊されるのが嫌だとして買い手市場なんだから環境に有った戦い方が出来る戦闘員を選べばいいだけなんですよ。自分でそれを用意するのは相当な手間です。給料を安くして要らない社員の追い出し部屋にするとかなら別ですけど、今時そんなの隠し通せませんよ」
また始まった、と環は思った。
アキは考える必要のないことに一々躓き、そして躓いてからが長いのだ──考えてもどうしようもないことに理由を付けたがるのは人間よくあることだと理解してはいるのだが、彼女のそれは異常だ。立場としては末端だからこそ詮索したところで何の危険も及ばないと言えばそうなのだが、命知らずには変わらない。寿命を縮めるような事ばかり考えている。
確かにアキの言う事はごもっともだ。記憶を改竄することは容易で、それだけの技術がこの国には存在している──そして警備やら軍事に携わる企業とその所有者は提携しているからさも当然のようにセットで提供される。戦闘員達は何処へ送り出されても給料と疲労だけを受け取って帰ってくるのだ。その技術のお陰でいくらか精神を病む戦闘員が減ったと聞いた事もあるが、それはそれだ。
理由を提示されるほどに自社で兵士を用意するメリットが見つからなくなる。人件費を抑える為、という逃げ道もアキは丁寧に潰している。彼女の言う通りだ。相場など少し調べればわかること──企業の知名度をもってしても雀の涙のような賃金で、プライドの為だけに命を捨てられる人間は集まらないだろう。貧民ならやりたがる者はいるかもしれないが、戦闘技術を持たない素人を雇用する理由は特に無い。雇用してすぐに使い物になるような技術や優れた研修プログラムを持っていれば別だろうが……少なくとも環はそれらの情報を持っていない。
「私、武器には詳しくないんですけどね。防具にも。でもこう……一般的に知られている企業の武装じゃないんですよ。大手はCMとかやりますから私でも武装を知ってるんです。一回代表を見た時、傍にいた人が警備職員だと思うんですけど。比較的軽装というか、何というか。一般人からすれば十分に重装備ではあるんですけどね」
「ああ、一度会ってたな」
「わざわざコストをかけてまで弱い戦闘員を束ねる必要はないはずです。だから彼等は少数精鋭の戦闘員だと思うんですよ」
そちらに飛躍するのか。
アキのような一般人でもある程度の大企業の武装集団ともなれば見分けは付くらしい。傭兵であれば服装に統一感が無いだろうが、彼等もまた軽装で事に及ぶ事は無い──軽装の戦闘チームを用意し、警備に当たらせる事が疑問と言いたいのだろう。そしてそんなものが「弱い」はずがないと言うのだから彼女の発想には毎回驚かされる。環は事の真相の一部を知っている。彼女の推理の一部は合っていて、それでいて全てがそうとは言い切れない。とはいえ結論を導き出したところで自分達の生活が変わることは無い。
全くもって無駄な事をする、と彼女が何かに躓く度に考えてしまう。
「これは仮定の話だが」
「はい」
「企業が部署を立ち上げるだけの理由が判明したとして。お前はどうするんだ」
アキはきょとんとした顔でこちらを眺めている。
そんなことを聞かれると思ってもいなかったすら言いたげな顔だ。アキはそれから何秒か間を置くと長机に肘を突き、右手の指で頬を掻きながら言葉を続ける。
「どうもしないでしょうね。何が有って、何が起きたとしても生活がある以上は何処へも行けないんですから。まあ、そうした可能性の為に彼等がいるんだって考えるべきなんでしょうけど」
でも少しは生存率が上がるんじゃないですか?ああ、でも。全てが壊れた後で自分だけが生きていたとして。終わりが少し後にずれ込んだだけで結局救われないんでしょうか──コミュニケーションとしては適切でない話題であったらしい。今回は両者が何処へも行けないという事実を再確認しただけであった。
明後日の方向、白い壁に二つの視線が注がれる。環とアキは珍しく同じ方向を向いていた。
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