「たまには楽しく映画でも」
ある職員が出勤するなり上司に呼び出された。彼女は警備職員の一人──普段であればミーティングに参加した後、定められたフロアに移動、そして警備にあたるというのが彼女のルーティンだ。何かやらかしただろうか……脳裏に不安が過る彼女を前にして上司が告げた言葉は以下のものだった。
「突然だが、今から二時間やるから映画観てこい。映画が一時間半、休憩が三十分。普段取ってる休憩とは別に取っていい。当然、全て勤務時間に含まれる。お前の抜けた穴はこちらで埋めて置くからなにも考えず行ってこい」
彼女はあんぐりと口を開けた。
自分は何もミスなど犯していない。それどころか新設の作戦チームの指揮を取れるようになったのに……自分は追い出し部屋に叩き込まれてしまったのだろうか?
呆気にとられる彼女に上司は「上映場所は視聴覚ホールだ。迷うなよ」と親切に場所を教え、更にはホール付近のポップコーンを買える自販機の場所まで教える始末。
上司が去った後、固まっている彼女を見かねた同僚が声をかけた。どうやら同僚も同じことを言われた経験が有るそうだが、彼が職場で冷遇されているかといえばそうではないし……そういえば最近ポツポツと職員が仕事を抜けて出て行くことを彼女は思い出した。
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彼女はすんなりと上司に勧めれたポップコーンを片手に視聴覚ホールに辿り着いた。普段の仕事場所と比べてシンプルな構造のフロアで迷うことはなかった。然しここからが問題だ。わざわざ戦闘職員を向かわせるような場所なのだから何かしら曰く付きなのではないか?──恐る恐るホールの扉に手をかける。
部屋の中からは何も飛び出してこない。中は以前通っていた高校の視聴覚室、或いは時折映画上映を行っていた近所の公民館を思い起こすほどの規模だ。座席数は少なく映画館の座席ほど椅子の座り心地は良くない。呼ばれたのは自分一人なのか、ホールの中は無人だ──彼女はなるべく映像が見やすい中央の座席に腰を掛けた。
彼女が座るや否やホール全体の照明が落ちスクリーンに光が灯る……配給会社のロゴは特に表示されなかったものの海賊版でも映しているならそんなこともあるかと彼女は特に気にせず座席の肘掛けに肘を突き、視線を正面に向ける。
人類は光速を超える技術を開発し、広大な宇宙を探査する時代に突入している。しかしこれにより多くの異星文明と接触し、銀河系全体が複雑な政治・軍事的状況に巻き込まれている。二つの主要な超大国、「連邦」と「帝国」が銀河を二分し、冷戦状態にあるが、その均衡が崩れつつある──
タイトルは『スターライト・エスケープ』というらしい。
彼女はラブロマンスを期待したが、その期待はスクリーン一杯に並ぶ宇宙駆ける船の大群により打ち砕かれることとなった。
これは所謂スペースオペラやミリタリーSFというものではなかろうか……?全く専門外だ。地上波で放送されていても見ることがないジャンルだ。一応この国も宇宙には進出していたが、宇宙開発はほとんど行われていない──ラブロマンスや魔法よりも現実味が無く退屈なのだ。これは個人の好みの問題かもしれないが。
ストーリーはこうだ。訓練学校を卒業したうら若きパイロットが軍に入隊するところから物語は始まる。初の配属先である軽巡洋艦「パルセイド」に乗り込んだパイロット──ミアは任務中、突如帝国の戦艦に襲撃される。指揮官は戦死し、混乱の中で艦の操縦を引き継ぐことになるが、経験不足から船は大破してしまう。
ミアは辛うじて船を修復し、重力井戸から脱出するが、艦内には重傷を負った船員と使用不能になったシステムしか残っていない。彼女は奇跡的に近くにあった敵国の宇宙ステーションに身を隠すことでしばしの猶予を得る。
パイロット役の女性は可愛いらしいが女優というよりかはよくいるあどけない少女兵といった雰囲気だと思う──なんだか甘ちゃんね、と彼女はポップコーンを齧りながら動向を見守っている。
「新人にそんな大事なことやらせちゃ駄目でしょ……大体この船に医療ポッドは無いわけ?そもそも初仕事で全員死ぬとかあり得る?」
敵国の宇宙ステーションを彷徨っていたパイロットは異種族の囚人たちと出会う。彼らは帝国によって捕らえられていたが、各々の理由で逃亡を図っているという。悍ましい風貌の虫、植物、軟体動物、二足歩行の獣、霊体のようなものまで……あっという間にミアの船は種族のサラダボウルと化してしまう。これは彼女の勧誘の手腕によるものだが、こうも軽くついてくるものだろうかという疑問が拭えない。
次々と危険な宙域を超えながら自国の領域に戻ろうとする。途中惑星の大気圏に突入する危険なシーンや宇宙海賊との戦闘を描き……これはアクション映画か?
彼女は誰もいないことをいいことに豪快にキャラメルポップコーンを口に運びながら連続する「海戦」と「アクションシーン」を眺めた。少数精鋭というよりかは人手不足だ。操縦桿を握っていなければいけないはずのパイロットが自動操縦に切り替え、武器を片手に艦に乗り込んできた敵と対峙するシーンなどはもう滅茶苦茶である。
射撃統制は見えない所で誰かが何とかしているのだろう……と彼女は自分を納得させていた。脳内で補完しないとどうにも無理がある。
「ステーションに強そうなエイリアンが沢山居たのにその中の一人しか連れてきてないのがいけないわ。多様性を重視するにしたってやっぱり肉弾戦が強いのが一番よ。お人好しだから戦闘員にしなかったのね……自国に一緒に帰れば英雄になれるって言えば何人か付いてきてくれたかもしれないのに」
物語はクライマックスを迎える。
追撃してきた国の艦隊に追い詰められたミア達は決死の覚悟で戦うことを決意する。──最終的にミアたちは敵艦を撃破し、自国の領域に到達することに成功する。エピローグでは生存した船員達が英雄として迎えられる姿が描かれるが、宇宙戦争は依然として続いており、彼女の旅がこれで終わらないことを示唆するシーンで幕を閉じた。最後にはミアが次の任務へと向かうため、再び宇宙へ飛び立つシーンが描かれる……所謂次回作の匂わせだ。
彼女はスクリーンを前に固まっていた。ポップコーンは三分の一ほど残っている。専門外だが何だかんだ突っ込みどころの多い映画で寝る暇が無かった……悔しいが、ずっと何かに怒っていた気がする。
映画はスタッフロールを映すことなくぶつ切りのような形で唐突に途切れた。そしてホールには順々に照明が着き……彼女が腕時計を確認すると丁度上司に指示された上映終了時刻ぴったりの時間であった。
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「おう、映画どうだったよ?」
「スペースオペラよ。宇宙船に乗ってドンパチするやつ。ストーリーなんかもう滅茶苦茶だったわ。良かった点は主人公と猫型宇宙人がかわいかったぐらい。一人しかいなかったからもうずーっと突っ込み入れてたわよ。貴方ああいうの好きでしょ?この前同じの見てきたんじゃないの?」
三十分の休憩を終え、戦闘職員は再び仕事場に戻ってきた。そんな彼女の姿を見つけ声をかけた同僚はニヤニヤとした表情で声をかけてくる──自分の好みを知っている相手だから映画の内容を知っていてあえて聞いているのだろう。
彼女はぶんぶんと首を横に振り、見てきた映画が好みではなかったと否定する。その際、やや投げやりな調子で内容を説明すると同僚の表情がぱっと無表情になってしまう。それどこか血の気が引いたとでも言いたげな真っ青な顔。目に見えるほどに大粒の汗をかき始めている。
「……どうしたの?」
「お、俺の時は一時間半ぶっ通しで屠畜現場を見せられたんだが……あの悪趣味の極みみたいな映画を見なくて済んだのか?調べても出てこないし……個人撮影のアレなビデオなのかもしれない……。み、観た後すぐに近くの便所に駆け込んで何度も吐いたんだよ……えっ、いや嘘だろ?皆アレを観てるんじゃないのかよ……」
最悪だ……折角忘れてたのに思い出しちまった……!
何を思い出したのか。その場でわざとらしく姿勢を低くしてえずく同僚の姿に彼女は何も言えないでいた。バカみたいな色の体液や内臓なんて毎日見てるのに、家畜の解体現場がダメだなんて。
いらないなら昼食のハンバーグ弁当貰っていい?──彼女の言葉に同僚からの返答はない。
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