第16話 地元の話とよくあるオブジェ

 ベルトコンベヤの上を細い銀の柱が流れてくる。それは艶の無い灰色でこちらを写すことはない。柱の状態だけを言えば飾り気のないただの街灯のようだが、電柱にしては些か短く長さは二メートルほど。その先端にはアキの頭部と同じぐらいのサイズの菱形のオブジェが取り付けられていた。

 普段通りベルトコンベヤの停止を見計らい全貌が明らかになったところで腕組みをしながらゆっくりと対象に歩み寄る環に対し、アキははっとした表情で柱の前へと躍り出た。


「私、これ知ってます」

「こんなもの何処で見たんだ?美術館の庭とかか?」

「違いますよ。私の地元ではそこら中にこれが刺さってるんです。……見たことありませんか?テレビとかで。うちを統括している組織のロゴもこれなんですけど」


 問いかけに環は首を横に振る。アキは自分が思っていた以上に知名度が低いのかと隣で同じように腕を組み、首を傾げた。

 環の言いたいことは理解出来る。美術館の庭、又は私立の学校などにこのような特に用途も無いであろう謎のオブジェが刺さっていることは珍しくない。アキもメディアを介してそれらを見たことがある。

 ただ自分が指しているのはそうした芸術品の類ではなかった。今ベルトコンベアの上に横たわっているこの柱が時に公園、時に道路の脇に突き刺さっているのである。電柱と交互に刺さっているものもあれば、歩道のガードレールの間に刺さっているものもある。地元の小学生達が通学路の柱を数えながら帰るのは地元の定番だ──アキも幼い頃にそうした記憶がある。

 しかし長年この柱に囲まれ続けたアキすら、彼女を育てた両親ですら。何故そこに柱が立っているのか誰も理由を知らないのだ。訳を語る者はおらず、知らなくても生活に支障をきたすことはない……こうしてアキも現在に至るまで特に気に留めることもなく生きてきたのであった。


「組織の名前を聞いてもいいか?他所に長いこと住んでいると知らない場所というものはどうしても出てきてしまってな」

「祈院と言います。うちの地元は自然が多くて、つい先日まで異星人の被害にも遭わないような穏やかな所だって言いましたよね」

「ああ」

「うちは他と違って分かりやすく武力が有るってわけじゃないんです。名前も宗教団体みたいだし、何をしているところなのかも正直ピンときません。コレを作って売ってるってだけ」

「それだけ聞くと周辺区域に真っ先に潰されそうだな」


 今は十三区だったか……?

 アキと環は同じポーズのまま顔を見合わせ、互いに黙り込む。一地域が一地域として存在できるだけの理由は必ず存在している。兵器の製造技術に秀でていたり、そこでしか発生しない事象を管理下に起き利益に転換していたり──侵されないだけの理由が有るというのが暗黙の了解である。ただ数が数であり、入れ替わりも有ることから歴史有る地域の事しか覚えていない人間も多い。アキもその一人で、試験に出るような所しか覚えていなかった。

 それでも十七年間暮らしてきた地元の事を知らないというのは考えてみれば不可解な話であった。周辺区域との関係は良好で、自分をはじめとする区民が怪しい仕事に従事させられた試しも無い。区によっては特別税が高いとも聞いているが、そのようなことも無いのである。


「概要についてはいくらか明らかになっているんじゃないか」

「精神への干渉と聞いています。心を閉ざして口が利けなくなった人間を回復させたりとか、クリーンな感じを演出してる教団のようでしたけど。普通に暮らしている分には宗教っぽさとか感じないですよ」

「そういうものなのか」

「治療院の運営と建築資材を売ってる組織ってイメージです。お世話になったことは無いですけど、他所から集団ツアーみたいな団体がよく来てたかなと。出張で行く場合もあるみたいですけどね」


 周辺区域に変な電波でも浴びせているにしたって限度が有るだろうに。

 精神的に問題を抱えている人間に対する治療と建築資材の販売事業はどうにも結びつかなかった。知っていることがあるとすれば、地元に治療目的でやってきた人間達が帰る時には憑き物でも落ちたような顔で帰っていくところであろうか。

 建築資材に関しては何やら板のようなものを他地域に運搬しているところを見かけた程度である。建築物の何処の何に使われるかまでは分からないが、地元で生活を続けていれば何度も目にする光景であろう。

 それに対し、アキをはじめとする住民達が何かを疑問に感じることはなかった。アキに至ってはそうした仕事は儲かるのだという程度の認識しかなかった。幼い頃に何度か疑問に感じ親に尋ねたこともあったが、その度に今は組織と言えど幅広く事業を展開していても珍しくない時代だからと軽く流されていた。


「ああでも変な点はあったかも。私の地元は何処でも犯罪が少ないんです」

「いいことじゃないのか、それは」

「当然、いいことですよ。貧民街で貧民が黙って餓死して死んでくれる地元はうちぐらいなものですよ」

「普通は群れて暴れるイメージだな。そして鎮圧されるまでが一セットだ」

「実際不満を感じるような土地じゃないんですけど、不可解なのはそれぐらいかなあ……と。平和で良い所なんですけどね、自然も多いですし」


 無論、アキのようにある程度治安の良い地域で暮らしていればそもそも犯罪に巻き込まれるリスクは少ない。然しながらその皺寄せを受けるようにしてそうでない地域は荒れ放題、というのが一般的である。例に漏れずこの区もそうである。

 その中で貧民街すら犯罪率が低いというのはある意味気味が悪いという出来事であった。アキもメディアで他地域で暴動やデモが起きる様は幾度となく目にしてきたが、それらは全て他人事としか思えなかった。貧しかろうが、何だろうが地元の人間は群れる事も暴れる事もしない。

 時折気が狂って町中で自殺をするような人間が出てくることはあるものの、一時間もすれば業者と役人が綺麗さっぱり片付けてしまう。自殺率は高い方ではあったが、放火して暴れ回る武装集団のニュースが連日報道されるようなこの国でそんなものは大した話題にもならなかった。

 アキもそれについてそんなに辛いなら一度治療を受ければいいと思ったもののその治療費も馬鹿にならないと知り、死は運命なのだと考えるようにもなっていた。

 現にこうして自分が家と故郷を失ったところで自分だけは黙って死ねないだとか、助けてほしいなどと声を上げて泣く気にもなれなかった。


「もうあそこで暮らせないのがとても残念です」

「稼いだ金で居住権を買えないのか?」

「外から来る分にはいいんですけど、一度でも長期間暮らしたことがある人は駄目なんですよ。離れてから時間が空くと買い戻すことも出来ないんです。だから地元で生まれた人間は不幸な事故にでも遭わない限り、地元に生きて地元で死ぬんです」

「独特の法律ってやつか」

「そうです。だからうちは結婚して他所に嫁ぐ人なんかも少ないんですよ」


 アキの地元には例に漏れず区独特の法律が存在している。それは居住に関する問題であり、一度地元を離れれば二度と住むことが出来ないというものであった。単純に区に立ち入ることや旅行や学業、ビジネス目的で地元を訪ねることは出来るのだが、長期滞在には複雑な手続きが求められる上、定住することは叶わない。

 おかしいと言えばそれぐらいなのだが、自分の意志とは別に地元から不幸にも出て行く羽目になったアキからすればその法がどうしようもなく高い壁のように思えてならなかった。仮に自分が大金を手にしたとして、真に故郷に帰ることが出来ないというのは身体に大きな穴が空いたままの生活を余儀なくされているような喪失感が有る。

 アキはそれからしばらく黙りこくっていたが、環は変わらずそれに言及することはなかった。

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