第15話 管理腕輪

 アキに宛がわれた部屋には郵便受けがある。外からダイレクトメールや手紙の類が来るわけでもないのに──人によっては来るのかもしれないが。かつて暮らしていたマンションのようにドアに郵便受けが付いている。

 本日の朝までこの郵便受けには一軒も頼りは届かなかった上、社内報の類すらも無かった。郵便配達に来た役人……国が現在の形になる際、郵便事業は国営化されたため現在でもそれと分かるような服装で町中で見かけるようなものだ。彼等を社内で見かけることは有っても、寮の中やその周辺で見かけることはなかった。

 寮を作る時にもある程度テンプレートがあり、不要だからドアに郵便受けを付けない──となると別料金が発生するから敢えてデフォルトのデザインを採用したのではないか?

 などと毎朝玄関のドアを目にする度に考えてはみたが、今日初めて郵便受けが郵便受けとして「機能」したのである。


「それがこれです」

「俺にもずっと前に貰ったな、それ」


 アキはブラウスの袖を捲り、環に向けて手首に嵌った黒い腕輪を見せる。

 見た目は市販のヘアゴムと変わらない程の太さで、材質はシリコンに近い。アキが目の前でその留め具を着脱してみせると、環も自分のブラウスのボタンを一つ外して自分の首にも全く同じものがあることを知らせる。


「何種類かあるんですよね、これ。首と腕と指と足。部屋に荷物が届いた時、四種類入ってたんです。付属のマニュアルを読みましたけど、どれか一つ付けていればいいんですよね」

「邪魔にならない所でいいという話だな」

「入浴時とかは外していいってことですけど、発信機でも搭載されてるんですかね?或いはカメラが付いていて盗撮でもされているとか?」


 アキの部屋に届いた荷物は平べったい小包であった。差出人はこの企業……荷物に企業のロゴが印字されていた。開けないわけにもいかず、開封したところ出てきたのが梱包された四つの黒い輪であった。

 備え付けの説明書を確認したところ──これは勤怠管理システムの一環で配られているらしい。出退勤の際、従業員はスタッフゲートを潜らなければならない。それはアルバイトでも同様だ。その為には社員証が必要になるため、出勤する際は首から提げておくか荷物に入れておくことになる。

 アキの場合は社員証をバッグに入れてゲート……空港のセキュリティチェックにあるような仰々しいものを毎回潜っていた。そのように出退勤に使っていた社員証が今度から不要になるという。

 見た目からは想像もつかないが、一種の精密機器の類なのかもしれない。

 今日も仕事場に来るまでの間にスタッフゲートを通過したわけだが、もしかしたら引っかかるのではないかという不安があった。それでもこうして何事も無く出勤できているのだからこの腕輪ないし首輪にはそうした機能が搭載されているのだろう。


「先輩は昔、これを貰ったんですよね?」

「ああ」

「届いたわけじゃないんですね」


 アキの言葉に環は一瞬視線を泳がせた。これは自分の気のせいかもしれないが、一瞬反応に戸惑ったような気がする。

 然しながら何の目的が有ってこれが配布されているにせよ環にも同様の物が配られ、着用を求められている時点で彼が企業側の人間であるようにも思えない。これを突いても環は深く語ることはしないだろうと感じていたため、敢えて追及はしないでおくことにした。


「働き始めてから一定期間が経過したら渡すとかそういう法則でもあるんでしょうかね。結構な人数配っているはずですよ」

「まあ、そうなるな」

「用途が何にせよこうした機器の類を貧乏人に簡単に配っちゃうってのが理解できません。持ち逃げのリスクも塵も積もれば山となるでしょう」


 それ以上にアキが気にしていたのは企業が貧乏人に精密機器を持たせる、ということであった。

 アキの地元ではよく貧民街とされる地域に慈善活動で井戸を作るなり、設備を整えるというイベントが割と盛んであった。それが裏では企業のビジネスとして機能していて偽善だとか噂こそ飛び交ってはいるものの、実際に成果を出している。

 その上で成果物の機器や施設が度々盗難の被害に遭うというところまでがセットなのだ。電線やら金属のパーツが盗まれるというのは日常茶飯事であり「建造物」としての体を成しているものすらそうして解体されるというのに。現物を渡して本来在るべき形で活用されるなど夢のような話だ。

 いくらアキのような行くところも無ければ仕事もないといった拠り所のない人間であっても──否、むしろそのような人間こそ明日を生きるだけの小銭を抱えて闇雲に飛び出していったりする。

 社員証を与えているのに今になって違う器具を与えるというのはあからさまに無駄な行為だ。首から提げられるような形状かつ、何処かに留める為のクリップまでついている状態で紛失する者がそこまで多いとは考えられない。

 つまるところアキには目に見えるリスクを多大なコストをかけてまで、企業が負う必要が分からなかった。その上で浮上するのがこれを何故配ったかという疑問なのだ。


「爆弾でも仕込まれてたり?でも学が無いと爆弾ならただの装飾品よりずっと高く売れるなんて言って質屋に駆け込んだりするでしょうか。でも足は付くだろうし」

「爆発したことはない」

「でしょうね。でもこれで振り出しに戻っちゃいますね……」

「そんなに深く考えるようなことか?」

「気になるじゃないですか。こう、はっきりしないものが配られると……」

 

 冗談を言っているつもりはないのだろうが、アキは時折環がこうして真顔でどうでもいい返答をしてくることが慣れなかった。

 そうこうしているうちに環はブラウスのボタンを留め、彼の首輪は見えなくなっていた。特別デザインがいいとも言えない代物だから、あまり表に出しておきたいとは思わなかったのかもしれない。

 結局アキの疑問は解消しないまま、環も深く語ることもないまま。首輪の話は止んでいった。

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