第14話 配給食糧1609034
「これ、コンビニとかスーパーに置いてあるやつですよね。何なら会社の自販機にだって定価で置いてあるじゃないですか。何処のメーカーか分からないけど……」
ベルトコンベアの上には未開封のショートブレッドが置かれている。
黒いパッケージに内容物の写真が載っているが、ロゴのようなものは特に見当たらない。環が袋を手に取ると確かに中には写真と同じ焼き菓子と思わしき固形物の感触がある。そのまま手のひらの上で裏返し、アキにも見せてやる。
そこには本来商品の成分表が有るであろう場所に数字の羅列が刻まれていた。一見すると賞味期限や消費期限の類にも見えるが、如何せん数が多い。環は黙って数字の羅列が印字された面を上にしてベルトコンベアの上に袋を戻した。
「心当たりがある」
「はあ、何処の商品ですか?」
「これは非売品だ。本来こんな所にあっていいものじゃない」
アキは首を傾げる。
自分は貧乏ではあるのだが、所謂こうした栄養調整食品の類に手が出せないほどではない。食事を一食これに置き換えるぐらいなら余り物を職場に持って来たりする方が安上がりではあるのだが。そこまで高給なものではない。
もしかすると発売前の限定品だったりするのかもしれない……一瞬そう考えはしたが、アキにはどうにもこれが特別な物のようには思えなかった。写真も美味しそうには見えない。ショートブレッドの白に近い色を際立たせる背景なのだろうが、黒という色は個人的に食欲をそそらなかった。
「お前、区のことはどれだけ知っているんだ」
「数と地元の特色ぐらいですかね」
「これは外から来たものだ。その区は地下に埋まっているんだが」
「聞いたことあります!まさかそこから出てきたものなんですか!?」
アキは地理が好きではなかった。地図記号は碌に覚えられないし、今でも地図を見て何処に何区が有るのか答えることは出来ないだろう。
これまでの人生においてカンニングをしたことはなかったが、小学六年生の時に全国区の名称を答えさせる抜き打ち試験が行われた時は思わず悪事に手を染めた。
周りの同級生がさも同然のように隣の区が何区であるだとか、地形を見ただけでそれを覚えていたことが恐怖でしかなかったのだ。もっと言えばクイズ番組の類でタレントが全国区の位置について出題され、不正解をバカにされているような様子はまともに見ていられなかった。家族に「こんなのは常識だよね」などと言われた日にはもう最悪である。アキは頷くこともなく黙って液晶を見つめていた。
幸い環は何が何処に在るかなどと言うくだらない質問はしなかった。
それどころか話の内容はアキですら知っている区の話であった。勢いよく感情が昂った。これは地理ではなく御伽噺の領域の話であるからだ。
「そうだ。だから本来ここにあってはならないものだ」
「ほとんど鎖国状態なんですっけ?だとしても物を出しちゃいけないっていうのが分かりませんね。本とかは出ているわけでしょう」
「食糧だから駄目なんだ。厳密にはもっと条件が有るんだが……」
この区に関しては互いに知識が有るようだ。
深く踏み入った知識が有るらしい環はさておき、一般人それも学生であるアキの知識になぞらえるならばこのような所である。
その国は地中深くに埋まっているのだ──広大な荒地の下に一区にも劣らない程の大都市を構えている。そこでは何もかもが自動化され、住民は働かず、仕事と言っても趣味で文化活動をしているような理想郷が存在するのだ。
こうしてアキが知っているようにこの国はメディアにも露出すれば写真だって見ることが出来る。動画サイトを探せば国内の映像をリアルタイムで確認できるものもあるだろう。
知っているようで知らないヴェールに包まれた外国のような……元々は外国だったのだが。領土こそこの国の所有物となったが、ある協定を結んでから自治を認められた地域であるという。但し内容が何であるのかはアキをはじめとする国民達は知らない。陰謀論の類で言えば怪しい技術提供を受けているというような噂が囁かれるものの、実際にそのようなものが明るみになったことはない。
今のアキの興味はそのような共通認識よりも、何かを知っているかのような含みを持たせた環の態度に向いていた。普段以上の食いつきで話に飛びつくと環は何処か困ったような表情で腕を組んだ。
「何処から話したらいいものか。法的な問題は無いんだが。しかしな」
「長話なら大歓迎ですよ」
「ここは働かずとも衣食住が保証されるって話はしただろう。その食の部分だな。区民に配給される食糧の一つがこれなんだ」
「なるほど、全部こういうのなんですか?」
「そういうわけではない。これ自体は工場で絶えず生産されるものだ。数十年、百年、或いはより長い間。誰もその技術の事は知らないんだが」
これに関しては文化を紹介する配信者が紹介しているような表面でもある。
環は退屈そうに呟くとアキから視線を外すようにしてふと天井を見上げた。
アキはオーパーツのような物を思い浮かべていた。古代から脈々と受け継がれた土台の上に人々が住み着いて、その恩恵に囲まれて暮らしている。区内にいくら便利な施設が溢れているとして、容量に限りが有るのだから外界から人間を受け入れることに慎重になっている……と思えば何となく理解はできる。少なくともこれらは一般人の妄想に過ぎないのだが。
環曰く料理はSF映画のようにショートブレッドのような固形物であるとか、レトルトの液体であるとかそのようなことはないらしい。食品の内容はさておき、アキの中で引っかかるのは工場で絶えず生産される食品が何故貴重品のように扱われるかということであった。何処にでもあるようなもので、尚且つ沢山作られているのであれば尚更だ。
「この区の外には資源がほぼ無いと言っていい。だから回収は行われない」
「何も無いなら無駄足でしょうね。国内に植物を育てる設備とかあるんじゃないですか。SF映画とかだとコロニーで畑とか作るじゃないですか」
「地下すら育つようなところじゃないんだ。動植物は育たない。降水率は0%だ」
目立つのは近代的な区内の風景だけで、地上の荒野の事はアキもよく知らない。
砂漠にすら動植物が存在するのだから草木一つ、獣の一匹すら生息しない土地というものがイメージ出来なかった。雨も降らないとくれば死の土地であると言っても過言ではないだろう。それでも多くの人がそこを離れないのだから、自分が想像する以上に地下生活は快適で自由なものなのかもしれない。
ここから察せられるのは資源は全て地下で完結しているということだ。然しながら地下で畑を作っているのでは、という疑問を環は簡単に打ち砕いた。
「家畜も育たない。育てる飼料を運べる環境に無く、区内でも作れない」
「はあ、じゃあ全部本当にいわくつきの土地なんですね」
「まあ、それで区内の資源を外に持ち出せないわけだ。自己完結している区なんだ。故に生物の全て、営みそのものが貴重と言っていいだろう。だからこそどうやってこれをここに持ち出せたのか疑問でならない」
「そこまでかあ……」
アキはベルトコンベアの上に戻されたままの袋を手に取った。
家畜も育たない、草木も育たないという環境は如何なるものだろうか?──仮に飼育場や畑を作ったところでそれらが死んでしまうというのなら呪われているか、敵性兵器のようなものが作用しているのではないかと思わずにはいられない。
漠然と印字された番号を眺めながら、アキはふと環の言葉を思い出していた。やけに饒舌じゃないか、自分と視線を合わせないじゃないかと関係の無いことを気にしていたが……資源のない土地で自己完結?アキは一つずつ話の内容を整理し始めた。
そうして少し考えた後、アキは勢いよく袋をベルトコンベアの上に置くと後の事を環に任せて記録をしに自らの席に戻っていった。
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