第12話 造園師
「ここでお目にかかるとは思わなかった」
環とアキは共に上へと視線を向けていた。
ベルトコンベヤの上に有るのは何の変哲もない白い鉢植えである。鉢植えの中には土が敷き詰められ、何らかの植物が植わっている。その形状は何とも形容しがたいものであった。
所々疎らに生えた葉はドラセナのように細長く先端が鋭利であり、細い茎は環の視線の高さほどまでに真っ直ぐに成長している──特筆すべきは茎の丁度一番高い部分に咲き誇る花である。目が覚めるような橙色の花には所々赤黒い斑点がちりばめられている。一見百合のようにも見える形状だが、いくらか花弁の数が多い。
心当たりがあるらしい環とは裏腹にアキにはこれが何の植物なのか見当が付かなかった。アキは集中した様子で観察する環を避けるようにして大回りをしながら、左右を行ったり来たりして花の様子を遠巻きに覗き見る。
「何か覚えが有るんですか?虫関連ですか?」
「これは食人花だ。人を食う」
環はどちらかと言うと冗談を言わない方である。
彼が続けて「虫を食うというのもあながち間違いではない」と呑気にさも当然のように話を続けるものだから、これも自らが知らないこの国の不思議な技術や文化の一端なのであろうとアキは一先ず自らを落ち着かせる。
現にこの植物が自分達を襲ってくる様子はない上、環は花にぎりぎりまで顔を近付けている──この植物に覚えがある人間の行動なのだから直ちに問題が有るものではないのだろう。それか自分の知らない対処の方法でも存在しているのだろうか。
「食人花を育てるのには肉が必要だ。一般的には土に混ぜて与える」
「はあ」
「元々は国外にあった植物だな。これの見栄えを競う大会もある。与えた肉の種類や量で花や葉の質が変わるから全てがこれと同じになるというわけではない」
一先ずは安心。それと同時にアキの中で疑問が湧き上がる。
環も以前この植物を育てたことがあるのだろうか……?
環の表情は依然無表情、声のトーンも平坦だ。興奮している様子もない。然しながら右手で葉を撫でながら、時折アキの方を振り向いて解説をする様は普段と比べるといくらか饒舌に感じる。
環に言わせればこうだ。この植物──食人花は人間だけでなく他の生物も同様に摂取するらしい。株の数だけ違う成長をするのだという。それに関して必ずこれを与えればその花が咲くといったレシピの類も無い。土の質、育つ環境、与える肥料……それらを上手いこと組み合わせた上で作った植物を「作品」にしている人間がいる。
買おうと思えば高値になり、自力で採りに行こうと思えば命懸けの旅になる。辺境に出向いてこれを摘むことを生業とする者もいるほどだそうだ。
アキには到底理解出来ない世界であった。芸術の類に興味が無いと言えば嘘になるが、環曰くこの植物は用意するところから難易度が高い。
初期投資に高額を求められる趣味というのはどれだけ内容が魅力的でも積極的になれないというのが正直なところであった。
「先輩はこれ育てたことがあるんですか?」
「いや。知り合いに造園師がいたんだ。ああ、これも流派みたいなものでな」
「流派なんてあるんですか?ああ、生け花みたいな?」
「花単体で考える者を造園師、花を含めた庭単位で考えるのが庭師だ。庭師の方は物騒だからあまり関わり合いになりたくない」
「ははあ……」
「死体を綺麗さっぱり食らい尽くすから。金を持ってる組織では一家に一人囲っていたりする。半分戦闘員みたいなものだしな」
環は腕を組んで下から花を見上げてみる。花にも茎にも虫一匹、水滴一つ付いていない。戦地から運ばれてきたにしては綺麗な状態である。そのまま何処かの家から持ち去られてきたと言われても驚かない状態だ。
細い茎を人差し指でなぞりながら環はアキの言葉に答える。
かつて環の知人には造園師がいたという。その者は武器を……庭具を兼ねた大きな鋏を持っていて、何処からか肉を切ってくるとそれを加工していたらしい。そうして作った肥料を自らの花に使う傍ら、同業者だけでなく一般人にまで販売していたということだ。生活の支えになっていたのは造園師としての活動よりも、肥料の売上だという……こんなところで世知辛さを感じたくはなかった。
アキには後半の物騒な話がまるで頭に入ってこなかった。アキにもこれには何となく察しがついた。漠然とスラムを牛耳っているような反社会的な組織が頭に浮かぶ──利害の一致ということなのだろう。
「そういう人達って……」
「ああ」
「やっぱり高給取りなんでしょうかね?」
「警備に処理までやっていれば恐らく。下っ端よりは貰ってるんじゃないか」
「構成員じゃないなら内輪揉めした時に一抜け出来て楽かもしれないですね。でも実力が無いと雇ってもらえないだろうし、実績を求められるとなると夢が無いです」
「そのへんの素人に大金を支払うわけにもいかないだろうからな」
貧しいと何でも金の話に結び付く気がしている。
アキの予想通り「庭師」は高給取りであった。当然だ。ただ植物を育て、芸術をしているわけではなく実際のところは兼業なのだから。それぐらいの金銭を貰う資格はあるだろう。
自分のしたいことをしながら高給を貰って生活するというのは仕事内容に目を瞑れば都合が良く羨ましい話だとアキは思う。恐らく環も、この国の多くの国民もそうであろう。大半の人間が可能であればとっくにそうしていることだ。それでも多くの人がこのように……自分達のように特に好きでもない所に必死でへばりついているのだろう。
アキのような一般庶民には労働者としても雇用者としても縁の無い話である。
成ろうと思ったところで実務経験や実績など何かと求められるのは何処の世界でも同じらしい。だから大半の人間は何処にも行けず、飛ぶこともできない自分のような人間を待っている組織団体に所属することになるのだ。
この国で何処にも所属せずに生きるということは国外の荒野で生きるに等しい。
「ところで知人の方って」
「ああ、昔の勤め先に肥料の営業に来ただけだ」
「そういう感じなんですね」
「当時はまだ生活に余裕があったからいくつか買ってやったりもしたな。友人がそうするようにと言ったから」
……先輩はかつて何処かに所属していて、そもそもお情けで何かを買ってあげられるほど生活に余裕があったの?
訪問販売というのは今はもう古い商法の一つだ。貧民街には今でも闇市があるというが、直接家に来る者は珍しい。というのも今は何処でも警備が厳しく、殺人罪が無い区の方が多いのだ。ドアを叩いた瞬間に住民、或いは警備員の類に武器を突き付けられたとしてもおかしくはない。貧民街なら特に。摘まみだす、というような優しさも余裕も無いだろう。となればこうして街と呼べるような場所に住んで、仕事をしていたと考えるのが妥当である。
友人というのは先日話していた「名付け親」と同一人物であろうか。
友がいて、仕事があり、経済的に余裕があり、今では何故かここでこんな仕事に従事している。
アキは新しい事を知る度、環という人間を見失っていくような心地を感じていた。
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