後日。

 ゴミ出し中に甲斐に会うが、やっぱりお互い空気みたいな感じだった。

 会話は一切ない。

 今日は仕事も無い。

 よってゴトウさんと約束した通りに俺は甲斐の後を付けることに決めた。


 俺は耳をそばだてて隣の甲斐の部屋の様子を伺い、時には玄関扉に耳を付けて甲斐が外出する気配を伺った。

 しかし、しっかりしたマンションの為か、隣からの音漏れは無し。

 玄関扉に張り付いてみるも聞こえてくるのはサンダルを噛ませて数センチ開けた玄関扉に吹き込んでくる風の音と外の公園で子供達がはしゃぐ小さな声だけだった。

 何とも平和な世の中。

 自分がやっていることの途方も無さに気が付いたのは玄関でカップラーメンを啜っている時だった。

 俺は何をやっているんだ。

 せっかくの休みを無駄にして、こんな玄関何かでカップラーメンを啜って。

 俺の顔が思いっきり歪む。

 そんな俺を見て側にいたゴトウさんが申し訳なさそうな顔をする。

「すみません。僕の為に、こんな……」とゴトウさん。

「ああ? もういいよ。後一時間くらいで止めるから。疲れた」と俺。

「片葉君、ありがとうございます」

 真面目に俺にお辞儀をするゴトウさん。

「まあ、後一時間だけだから。いいよ」

 そう言って俺はカップラーメンを啜る。

 玄関は開いた玄関扉からの隙間風も相まって激冷えだ。

 カップラーメンを啜ると同時に鼻水が出た。

 鼻水を啜り、俺は玄関扉の隙間を覗く。

 すると、ガチャリ、と音がした。

 手に持っていたカップラーメンをすかさず床に置くと静かに耳を澄ます。

 扉に鍵を掛ける音と、人が歩く音。

 俺は静かにしかし速やかに玄関扉を閉めてドアスコープから外を覗いた。

「どうしたんです?」とゴトウさん。

 俺はゴトウさんが幽霊ということも忘れ、人差し指を口元に当てて、しぃーっとやった。

 ゴトウさんが息を呑んで俺を見つめる。

 俺はドアスコープに集中した。

 甲斐の姿が映る。

 甲斐が通り過ぎるのを待って俺は玄関扉を開いた。

 外廊下を覗くと甲斐の後ろ姿が見えた。

 相変わらずのジャージ姿。

 俺は急いでリビングに行き、財布とスマートフォンをテーブルの上から攫うと勢いよく玄関に戻り、その場にいたゴトウさんに「甲斐だ。行って来る!」と一声かけて靴を引っ掛けると玄関扉を出た。

 背中に響くゴトウさんの期待の籠った行ってらっしゃいの声を合図に俺は非常階段目指して走った。

 エレベーターが来るのを待っている時間何て無い。

 非常階段を高速で下り切ると非常ドアを思いっきり開く。

 そしてエレベーターの前に立つ。

 エレベーターは一階で止まっている。

 もどかしい思いで自動ドアを潜った。

 そしてロビーに出て、また自動ドアを抜ける。

 そうしてマンションの外に出た俺は左右を見まわす。

 遠くにゆっくりと歩く男の姿が見えた。

 俺は走ってその男の後を追った。

 男まで大分近付くとちょうどいい具合に曲がり角で、俺はその曲がり角の角に身を潜めて前を行く男の背中を見る。

 あの色鮮やかなジャージ姿。

 甲斐に間違いないだろう。

 俺は甲斐の後をそのまま付けた。

 甲斐は駅の方に向かっている様に見えた。

 山手線だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る