四
仕事は順調だった。
どう順調だったかは省くが、まあ、上手く騙せた。
しかし、今日の仕事、謝礼金が少なかった。
俺は依頼者からいくら頂くか決めていない。
インチキだし、依頼者のお気持ちをそのまま気持ち良く頂くことにしている。
今回の仕事の依頼人は、ごくごく一般のサラリーマン家庭。
そして中堅会社勤めのOL。
謝礼金の額は流石に子供のお小遣い以上だったが、この前の社長の様に口笛を吹きたくなる様な金額を貰った後では何だかな、だ。
マンションに帰るとゴトウさんが待っていた。
すっかり元気になったゴトウさんは、「お仕事、お疲れ様です」何て陽気に言って来る。
インチキ仕事に疲れるも何も無い。
「ああ」とゴトウさんに適当に返事をすると俺は遅めの夕食を取った。
メニューは弁当屋のかつ丼だ。
収入があったからちょっと贅沢。
箸を両手で挟んで持ち「頂きます」と言うと勢いよくかつ丼をかき込んだ。
俺が飯を食べている間、ゴトウさんは何をしているのかというと、俺の真上をゆらりゆらりと飛んでいる。
上空から俺が飯を食べている所を見降ろしているのだ。
こう見られたんじゃ何だか落ち着かない。
そわそわする。
「なぁ、ゴトウさん。何か話でもあるのか?」
訊ねるとゴトウさんは俺が飯を食べているテーブルの対面にふわりと滑り込み。
「いえ……そのぉ……」何て言ってもじもじとしている。
ゴトウさんが何を考えているのか、その態度から透けて見えて俺はうんざりする。
「甲斐のことだろ」
飯を咀嚼しながら俺が言うとゴトウさんは恥ずかしそうにして、「あ、分かります?」と言う。
そりゃ、分かるわ、とはツッコまずに俺はお茶を啜った。
無言で食する俺にゴトウさんが勝手に話し掛けて来る。
「その、甲斐さんのこと、これからどうなるのかなって……ちょっと心配に……」
ゴトウさんは両手の指を絡ませて遊びながら言う。
俺はかつ丼に付いている黄色い沢庵を噛みながら、「心配しなくてもちゃんと甲斐のことはリサーチしてやるよ。まあ、今日は朝、あいつに会ったばかりだし、ただのお隣さんに用事も無しに俺が個人的に会いに行くのもおかしな話だからもう何もしないけど、また明日、ゴミ出しあんだろ。その時、あいつに会ったら色々訊いてやるよ」と言った。
ゴトウさんはホッとした様子で、「そうですか。ありがとうございます」と言う。
綺麗に飯を食い終えた俺は「任せとけ」何て言って見せる。
ゴトウさんの片思い問題にピリオドを付けて、あの甲斐の土下座を絶対に拝んでやる。
闘志を燃やす俺だった。
一週間後。
今日は日曜日だ。
俺は朝から冴えないゴトウさんの顔を眺め、ゴトウさんから数秒おきに出るため息を聞いていた。
ゴトウさんがこんな風なのもさもありなんだ。
一周間と言う間、俺は全然甲斐に関する情報を得ることが出来なかったのだ。
ゴミ出しの際、甲斐に会うことはあった。
しかし俺は、いざ、やつを目の前にすると一言も話が出来なかったのだ。
何と言うか、何て話し掛けたら良いのか分からなかったし、こっちから挨拶する気も起きなかった。
甲斐の方から俺に話し掛けてくることもまた無かった。
故に、俺と甲斐は顔を合わせてもお互いまるで赤の他人かの様になっていた。
まあ、実際が赤の他人なのだが。
そんなこんなで甲斐の情報は全然集まらなかった。
ゴミ出しから帰る度に「今日も甲斐と話せなかった。すまん」とゴトウさんに報告する俺だった。
それでゴトウさんはガッカリ極まれり、と言う訳だった。
「はぁ。何だか、片葉君がこんなに人見知りするタイプだとは意外でした」
どうやら俺が甲斐に話し掛けられないのは俺の人見知りのせいだとゴトウさんは思っている。
俺は全然人見知りはしないタイプだ。
「悪い」
心底俺は謝る。
キスの件もあり、その後の何たらもあり、甲斐と見ると逃げ出したい気分に駆られてしまう。
情けないにもほどがある。
ゴトウさんの目からは涙が流れ落ちた。
ゴトウさんが俯く。
ゴトウさんが、「ぐすんっ」と鼻を啜る音を立てる。
これはまずい。
またゴトウさんに泣かれたら面倒だ。
俺は咄嗟に思い付いたことを口にした。
「あ、あいつに話し掛けられないならあいつの後を付けてあいつを見張ることにする。そうすれば何か分かんだろ!」
俺の言葉にゴトウさんは顔を上げた。
「本当ですか?」
潤んだ目でそう言われて頷いてしまう俺。
「そこまでして頂けるなんて。ありがとうございます。一生恩に着ます」
一生も何も、お前、死んでるっての、とは余計なことなので言わない。
自分で言っておいて面倒だが、このまま甲斐について何の収穫も無ければゴトウさんが成仏することも無く、俺も甲斐の土下座を拝むことは出来ないと来ている。
重い腰を上げる時が来た。
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