どれくらいの時間が経っただろう。

 ゴトウさんは奇声に近い様々な掛け声とポーズを気合を入れて繰り返していた。

 しかし、俺達は元には戻らなかった。

 もう一生このまま何だろうか?

 これじゃあ、俺の方が幽霊じゃねーか。

 こんなことってあって良いのか?

 世の中、どうなってるんだ。

「ううっ。疲れた」

 ゴトウさんは、バタリとソファーに身を投げた。

「おい、疲れた、じゃねーよ! 諦めるのか? 俺はどうなる!」

「騒がないで下さいよ! 頭痛い。こっちだって一生懸命なんですよ!」

 ゴトウさんは両手で頭(俺の頭なんだが)を押さえて激しく左右に首を振る。

「もう疲れた。限界だ」

 ネガティブな台詞を吐いてゴトウさんは身を伏せた。

「ちょっ! 限界だ、じゃねーよ! 俺の体返せ! 今・す・ぐ・に!」

「あーっ、うるさい! こんな騒がしい体、こっちの方こそ願い下げですよ! もう嫌だ、こんなのぉーっ!」

 ゴトウさんは立ち上がり、絶叫した。

 キーンッと声が部屋に響く。

 その瞬間、俺の意思はジェットコースターかと思われるほどの高速で俺の体の中に吸い込まれた。

 その勢いに、「うわっ!」と声を漏らした。

 その声は紛れもなく、俺自身が俺の喉を使って出した声だった。

「も、戻った?」

 目をパチパチさせる俺。

 ゆっくりと腕を動かしてみると自分の思う通りに動く。

 指も、足も、肩も……自分の思う通りに動かせる。

 俺は戻ったんだ。

 自分の体に。

「おい、ゴトウさん!」

 ゴトウさんの姿を探して辺りを見回してみると、床にぐったりとして倒れているゴトウさんの姿があった。

 俺は、思わずゴトウさんに駆け寄り、ゴトウさんに触れようとした。

 しかし、触れようとしたその手はゴトウさんをすり抜ける。

「やっぱりこいつ、幽霊だ」

 触れることが出来ない幽霊のゴトウさんを介抱できる訳もなく、俺はただ、その場に蹲り、ゴトウさんが、幽霊にそんな物があるのかは知れないが、意識を取り戻すのを、じっと待った。




 しばらくして、ゴトウさんは目を覚ました。

 ゴトウさんはとても疲れてる様に見える。

 俺に憑依して消耗したのだろうか。

「少し休みます」

 そう言ってゴトウさんはスッと消えた。

 幽霊すら休まなければやっていられない何て、無常だ。


 一人になった俺は、ふと思い出す。

「今日は燃えるゴミの日だったよな。早くゴミ出しに行かねーと収集車が来ちまう」

 俺は慌ててキッチンのゴミ箱のゴミを纏めるとサンダルを引っ掛けて部屋の外に出た。

 慌てていたので何も羽織らずに出て来てしまい。

 外の寒さに震える。

「寒い、寒い」と言いながら外廊下を進んでエレベーターの中で一息。

 エレベーターが開くと気合を入れて自動ドアを潜り、玄関ホールへ。

 そして勢いよく外へ飛び出した。

 ここでも「寒い、寒い」と言いながらマンションのゴミ収集場まで向かう。


 速足で向かったゴミ集積場。

 緑色に塗られた金網の真四角で小さな檻の様なその空間には先客が一人いた。

 俺はそいつの顔を見て思い切り顔を顰める。

 甲斐だ。

 甲斐は俺と目が合うと、コクリと顎を下げた。

 お早うございますってか?

 俺は挨拶を無視して勢いよくゴミ集積場の扉を開いた。

 金網の冷たい感触が気にならないくらいに俺の頭には血が登っていた。

「おい! あんた! 昨日のあれは何なんだよ!」

 早口で言う俺を甲斐はボケっとした顔で眺めている。

 そして、あろう事か首を傾げてこう言い放った。

「昨日のアレって何です?」

 俺の眉間に思い切り皺が寄る。

「あ?」

 ガラの悪い声を出して言う俺。

「あ、何か怒ってます?」

 相変わらずぼんやりとしたまま、甲斐は言う。

「何かじゃねーだろ! 怒るに決まってるだろ! あんな……」

 口にするのもはばかられる。

 この俺様にあんなことして、しれっとしやがって。

 甲斐は寒空の下、数秒考える人になると、こう言った。

「全然身に覚えが無いんですが……て言うか、あなた誰でしたっけ?」

「はぁぁぁぁぁぁぁーっ?」

 俺の顎は口を開けすぎて外れそうだ。

 信じられない。

 こいつは何を言ってるんだ?

 ギャグか?

 ギャグのつもりか?

 だとしたら数ミリもウケない。

 ただただ、俺は唖然とした。

「ああ、あなた、そう言えばお隣の?」 

 甲斐がそう言い手を打つ。

「そうだよ! 何? マジで忘れてた訳か?」

 自分の口からはじけ飛ぶ唾をものともせずに俺は叫ぶ。

 俺の叫び声に反応してか、遠くで犬の鳴き声が響いて聞こえる。

「すみません。俺、ぼんやりしているもので」

 当然のことの様に甲斐は言う。

「ぼんやりって……それで済ますのか?」

 耳を疑うとはこのことだ。

「すみません。それで、俺があなたに何を?」

 真顔で訊ねられて俺は、「うっ」と声を漏らした。

 俺の口からじゃ昨日の出来事はとてもじゃあないけれど言えない。

 オタクにキスされたんですけど。

 とか、とてもじゃ無いけど言えない。

「知るか、ボケ!」

 持っていたゴミ袋を思い切り甲斐にぶち当ててやると俺は風よりも素早くその場を後にした。



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