「起きろよ! この睡眠魔!」

 そう大声で言って甲斐の肩を盛大に前後に揺らした。

「んんんっ……」

 再び声を漏らすと甲斐はうっすらと目を開いた。

 やっと起きた。

 やれやれ、と俺は思う。

 甲斐は俺の顔をボーッとした顔で見た。

「甲斐さん、こんな所で寝ないで下さい。風邪引きますよ」

 俺がそう言うと、甲斐はすっくと立ちあがった。

 中腰だった俺も立ち上がる。

「あの、これ、借りてた服で……」

 手の中で皺くちゃになっている甲斐の服を俺が甲斐に差しだそうとしたその時。

「お前、うるさい!」

 そう言った次の瞬間、甲斐が俺の両肩をがっしりと掴んだ。

 甲斐の目は座っている。

 思いっきり不機嫌って顔だ。

「え?」

 俺は不審に思う。

 急にどうした?

 寝起きが悪いタイプか?

 そう俺が思ったその時、事は起きた。

 俺の唇に柔らかいものが、スッと触れたのだ。

 その正体を知るのに数秒時間が掛かかった。

 ようやくそれが何なのか分かった時の衝撃といったら半端無かった。

 何せ、俺の唇に触れているのは甲斐の唇だったから。

 俺は甲斐にキスをされている。

 何で?

 頭が真っ白だ。

 甲斐のキスは続いている。

 ようやく、はっとした俺は抵抗を試みる。

「んんっ」

 甲斐から逃れようと、やつの肩を力いっぱい押した。

 しかし、甲斐はびくともしない。

 キスで唇を塞がれてかすれた声しか出せない。

「むむむっ」

 激しいキス。

 呼吸をすることを俺は忘れた。

 甲斐の唇がグイグイと隙間なく俺の唇に押し当てられてる。

 苦しい。

 しばらくもがいていると、スッと甲斐の唇が離れた。

 一気に空気を肺に吹き込むと、俺は「何するんだよ!」と叫んだ。

「うるさい。黙れ!」

 そう言うと甲斐は再び俺にキスをした。

 俺の背中は甲斐の部屋の玄関扉にピタリとくっ付いていた。

 凄い力で甲斐に抑え込まれている。

「んっ!」

 思い切り甲斐を押し返す俺。

 だが、甲斐は俺から離れない。

 俺はパニックだ。

 何か言ってやろうと唇を動かすと開いた俺の唇の隙間に、にゅるりと甲斐の舌が入り込む。

「んんんんっ!」

 俺は大きく目を見開いた。

 信じられない。

 こんなこと。

 あって良いはずが無い。

 甲斐の舌をこれ以上侵入させまいと歯をガッチリと噛みしめる。

 これ以上中を攻められないと知ってか、甲斐の舌は俺の中から出て行った。

 だが、その代わりに今度は唇を噛まれる。

 やんわりと、時に強くそこを刺激されているうちに俺の頭はぼうっとして来た。

「んぅっ……」

 自分のものとは思えないほどの甘い声が漏れる。

 何だこれ。

 気持ちいい。

 酔いも手伝って凄く心地いい。

「んっ……」

 俺は目を閉じた。

 酔っぱらっているからなのか何なのか、こんなにキスが気持ちいい何て知らなかった。

 何だかこのまま溶けてしまいそうな……。

 意識が彼方に飛びそうになる。

「んっ!」

 落ちてしまいそうなギリギリの所で俺は目を見開いた。

 一体俺は何を考えてたんだ。

 何をしてるんだ。

 此処は何処?

 君は誰?

 俺は誰?

 ダメだ!

 しっかりしろ、俺!

 俺は思いっ切り甲斐の足を踏む。

 足下に俺の手から落ちた甲斐の服が散らかっているのが見えた。

「痛っ!」と声を上げる甲斐。

 やっと甲斐の唇が離れた。

「お前、何やってるんだよ! この変態!」

 顔が熱い。

 今、俺の顔は真っ赤だろう。

 怒って見せるのがやっとの状態だった。

 そんな俺を細い目をして甲斐が見ている。

「な、ななっ、何らよ?」

 舌がうまく回らない

 本当に何なんだ。

 甲斐は静かに俺を見ている。

 俺の方も何だか言葉が出ずに甲斐の顔を、ただ見る。

 俺達はお互いの顔を見たまま微動だにしなかった。

 そうしてしばらくした後。

 黙ったまま俺の顔を見ていた甲斐が突然俺の方にドサリと倒れ込んだ。

「うわっ! な、何だよ?」

 もう勘弁してくれ。

「おい! おい!」

 呼び掛けても甲斐からの返事は無い。

 甲斐は俺の体に身を預け、俺の肩に頭をうずくめる。

 甲斐の全体重が俺の体にかかる。

 非常に重たい。

「何してんだよ! おいっ! このっ!」

 そう言って甲斐をつき飛ばそうとした時。

「ぐぅ」と言う間の抜けた声が俺の耳に入った。

 その声は紛れもなく甲斐から漏れている。

 まさか、こいつ。

「ね、寝てる?」

 耳を澄ますと、「すーすー」と規則正しく聞こえる寝息。

 マジだ。

 こいつ、本当に眠っていやがる。

「こいつ、まさか寝ぼけてあんなこと……」

 そう考えるとあまりのあほな展開に頭が痛くなった。

 俺の酔いは寒空の下、すっかりと冷めていた。

 凄まじい怒りが俺の頭の中を駆け巡る。

 甲斐を罵るありとあらゆる言葉が高速で頭の中から湧き出る。

「この馬鹿! 起きろ! 重たいんだよ! こらぁ!」

 俺は甲斐の肩に手を掛けて心赴くまでに甲斐の体を揺すった。

 揺すり過ぎて何だかこっちが気持ち悪くなって来た。

 甲斐はこんなに揺すられているというのに目を覚まさない。

 本当に、何なんだ、こいつ。

 俺に出来ることと言えば、ただげっそりと項垂れていることだけであった。



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