九
と、いうことがあり、俺は一目惚れは信じない。
南が男と知って興味を無くす、だなんて……何が一目惚れだ。
一目惚れなんて夢か幻だ。
ゴトウさんが甲斐にどんな幻想を抱いているのか知れないが、いざ本物の甲斐を目にしたとたんにきっとその幻想は崩れ、恋なんか無かったことになるだろう。
「やつの見た目以外にはどこがいいんだよ」
俺は意地の悪い気持ちになって言う。
ゴトウさんはここでもやっぱり、もじもじとして中々答えない。
俺は話を急かさずに優雅にワインを飲んだ。
このワイン、まあまあだ。
やがてゴトウさんが話し出した。
「声……です」と言って恥ずかしそうにするゴトウさん。
「声か……」
甲斐のやつ、惚れる様な声をしていたっけ?
やつがどんな声をしていたのか。
俺の記憶には無い。
「あんた、甲斐と話しなんかしたんだ?」
そう訊くと、ゴトウさんは首を振る。
「話しなんて……とんでもないです。ただ、ゴミ出しの時に会った時に挨拶するくらいで。挨拶するだけでも精一杯で。だから甲斐さんのことは名前と性別以外は何も知らないんです。だから、彼のこと、知りたくて。趣味とか、好きな食べ物とか……。生前は甲斐さんのことだから、きっと素敵な趣味をお持ちで、何か雅やかな物が好物なのかな……とか妄想して過ごしてました。何せ下の名前も分からないので。もう妄想することしか出来なくて……」
「なるほどな」
こりゃ、甲斐への幻想が壊れた時は相当なダメージだな。
しかし、下の名前を教えてやるくらいなら朝飯前だ。
「あいつの名前なら涼だよ。清涼の涼」
俺が言ってやるとゴトウさんは目を丸くした。
「下の名前も知ってる何て……片葉君、本当に甲斐さんとどういう関係なんです?」
「どういう関係も何も無い。ただ、あいつの部屋にいっぺん泊っただけだよ」
「へっ? な、なななっ……何で片葉君が甲斐さんの部屋に泊るんです? どうしてそんな展開に?」
ゴトウさんの目が血走っている。
「何でって……成り行きで?」
「成り行きって、どんな!」
「それは……その……」
「その……何です?」
ゴトウさんは俺に詰め寄った。
こりゃ、嫉妬か?
「まさか、片葉君も甲斐さんのことが好き、とかは無いですよねぇ?」
「はぁ? 有り得ねぇよ!」
何て面倒くさいんだ。
一緒に寝た何て知られたらアウトだな。
ゴトウさんは俺を疑わしそうに見ている。
勘弁してくれよ。
「まあ、その、何だ。泊りはしたけど何にもねーよ。それに結果オーライじゃねーか。服借りたからそれを返すのを口実にして甲斐のこと、色々聞いてやるよ」
俺の台詞にゴトウさんは目を輝かせる。
「本当ですか?」とゴトウさん。
「まあ、それくらいなら」と俺。
「ありがとうございます!」
テンションの高いゴトウさんに俺は深いため息を吐きかけるのだった。
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