八
ストーカー男は目をパチパチさせて平川の後ろに隠れている南の顔を伺った。
南はギュっと眼を瞑って下を向いていた。
「何見てんだよ!」と平川が言うとストーカー男は、ビクッと体を震えさせて、「だって、その子が男だなんて思わなかったから」とのたまった。
「は?」と俺達は言った。
南すら言っていた。
「つまりその、あれか? 南を女の子と間違えて好きになって南を付け回してた訳で、男が好きとかじゃあない訳?」
友人Aの質問に、男は、「はい」と答える。
「何だよそれ」と葛。
本当にそうだ。
何だよこれ。
場に気まずい雰囲気が漂う。
誰も口を聞こうとはせず、沈黙の時間は永遠かと思われた。
「あの」
ストーカー男がそう言って沈黙を破った。
「何だよ!」
平川が思い出したかの様に睨みを利かせてストーカー男を見る。
平川の後ろでは困惑した表情を浮かべた南がストーカー男の様子を伺っている。
ストーカー男は小さく唸った後に「俺、もうその子のこと、もう絶対に付け回したりしないんで勘弁して貰えますか?」と訊ねて来た。
「そんなこと信用できるか!」と俺が突っ込みを入れると、ストーカー男は意外にも真面目な顔をして、「いや。その子のこと、女の子と思ってたから好きになったんだけど。男じゃあ……なんか、もういいかなって」と言う。
「はぁ? 一目惚れとか言ってたろ!」
俺の追及にストーカー男は「俺の恋愛対象は女の子何で。男には興味がありません。だから、その子が男と知った以上はもう興味も何も無いんです。もう、俺めちゃくちゃ冷めてて。だから、もう本当に後とか付けないですから勘弁して貰っても良いですか?」と冷めたことを言うのだった。
俺達はそれぞれ、どうしたものかと顔を見合せる。
そんな中で南から、「あの……」と心細げな声が上がる。
皆が南に注目する。
勿論、とんちんかんなストーカー男も南に注目している。
南はストーカー男にでは無くて俺達に向かって口を開いた。
「もう、いいよ。何か疲れた。そいつがもう俺の後を本当に付け回したりしないんだってこと、分かったし、許しはしないけど、これ以上関わり合いになるのはごめんだから。警察とかもいいし。兎に角、こいつが一生俺の前から消えてくれるなら、もういいよ」
南の温情でストーカー男は無罪放免となった。
念のために、今後南に近付いたらどうなるか俺達はきつくストーカー男に警告したが、恋に冷めた元ストーカー男は「本当にもうしませんから。好きになった相手が、よりにもよって男なんて……はぁ」とため息を吐いたものだ。
何だかな。
俺達はカラオケ店に集まってお互いの労をねぎらった。
南は平川の隣に座り、平川にあれこれと話し掛けているが、平川はもう元の内気さを取り戻して、ただ南の話に相づちを小さく打つばかりだった。
恐ろしく音痴な友人Aの歌声を耳に聞きながら、俺はメロンソーダーを細いストローで啜る。
俺は脱力していた。
ストーカー事件のお粗末な結末。
あんまりなエンドに疲れ果てていた。
もう何が何だかって感じだ。
そんな俺に葛が話し掛けて来る。
「なぁ、片葉。俺、今回のことで決めたんだ」
「何を?」
「俺、将来探偵になるよ」
「はぁ?」
「だってさ。南のストーカーを突き止めて、追い詰めた時、何か気分爽快でさ。俺って探偵向いてるかもって」
うかれた葛に、だから何で探偵なんだ。
警察官とかになれば良いだろ、と言う突っ込みは入れずに、「お前ならやれるんじゃね?」と適当に返した。
「おう!」
葛は俺とグラスを合わせるとマイクを持ってカラオケに混じった。
「はぁっ……」
俺はため息を吐き出す。
そして思う。
一目惚れって何なんだろうな、と。
何でも良い。
疲労で瞼が重い俺は、友達の酷い歌声を子守歌に静かに目を閉じた。
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