ストーカー男は目をパチパチさせて平川の後ろに隠れている南の顔を伺った。

 南はギュっと眼を瞑って下を向いていた。

「何見てんだよ!」と平川が言うとストーカー男は、ビクッと体を震えさせて、「だって、その子が男だなんて思わなかったから」とのたまった。

「は?」と俺達は言った。

 南すら言っていた。

「つまりその、あれか? 南を女の子と間違えて好きになって南を付け回してた訳で、男が好きとかじゃあない訳?」

 友人Aの質問に、男は、「はい」と答える。

「何だよそれ」と葛。

 本当にそうだ。

 何だよこれ。

 場に気まずい雰囲気が漂う。

 誰も口を聞こうとはせず、沈黙の時間は永遠かと思われた。

「あの」

 ストーカー男がそう言って沈黙を破った。

「何だよ!」

 平川が思い出したかの様に睨みを利かせてストーカー男を見る。

 平川の後ろでは困惑した表情を浮かべた南がストーカー男の様子を伺っている。

 ストーカー男は小さく唸った後に「俺、もうその子のこと、もう絶対に付け回したりしないんで勘弁して貰えますか?」と訊ねて来た。

「そんなこと信用できるか!」と俺が突っ込みを入れると、ストーカー男は意外にも真面目な顔をして、「いや。その子のこと、女の子と思ってたから好きになったんだけど。男じゃあ……なんか、もういいかなって」と言う。

「はぁ? 一目惚れとか言ってたろ!」

 俺の追及にストーカー男は「俺の恋愛対象は女の子何で。男には興味がありません。だから、その子が男と知った以上はもう興味も何も無いんです。もう、俺めちゃくちゃ冷めてて。だから、もう本当に後とか付けないですから勘弁して貰っても良いですか?」と冷めたことを言うのだった。

 俺達はそれぞれ、どうしたものかと顔を見合せる。

 そんな中で南から、「あの……」と心細げな声が上がる。

 皆が南に注目する。

 勿論、とんちんかんなストーカー男も南に注目している。

 南はストーカー男にでは無くて俺達に向かって口を開いた。

「もう、いいよ。何か疲れた。そいつがもう俺の後を本当に付け回したりしないんだってこと、分かったし、許しはしないけど、これ以上関わり合いになるのはごめんだから。警察とかもいいし。兎に角、こいつが一生俺の前から消えてくれるなら、もういいよ」


 南の温情でストーカー男は無罪放免となった。

 念のために、今後南に近付いたらどうなるか俺達はきつくストーカー男に警告したが、恋に冷めた元ストーカー男は「本当にもうしませんから。好きになった相手が、よりにもよって男なんて……はぁ」とため息を吐いたものだ。

 何だかな。


 俺達はカラオケ店に集まってお互いの労をねぎらった。

 南は平川の隣に座り、平川にあれこれと話し掛けているが、平川はもう元の内気さを取り戻して、ただ南の話に相づちを小さく打つばかりだった。

 恐ろしく音痴な友人Aの歌声を耳に聞きながら、俺はメロンソーダーを細いストローで啜る。

 俺は脱力していた。

 ストーカー事件のお粗末な結末。

 あんまりなエンドに疲れ果てていた。

 もう何が何だかって感じだ。

 そんな俺に葛が話し掛けて来る。

「なぁ、片葉。俺、今回のことで決めたんだ」

「何を?」

「俺、将来探偵になるよ」

「はぁ?」

「だってさ。南のストーカーを突き止めて、追い詰めた時、何か気分爽快でさ。俺って探偵向いてるかもって」

 うかれた葛に、だから何で探偵なんだ。

 警察官とかになれば良いだろ、と言う突っ込みは入れずに、「お前ならやれるんじゃね?」と適当に返した。

「おう!」

 葛は俺とグラスを合わせるとマイクを持ってカラオケに混じった。

「はぁっ……」

 俺はため息を吐き出す。

 そして思う。

 一目惚れって何なんだろうな、と。

 何でも良い。

 疲労で瞼が重い俺は、友達の酷い歌声を子守歌に静かに目を閉じた。



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