俺は、ただ慌てた気持ちのまま息を呑んでその場にとどまっていた。

 平川がストーカー男を取り押さえる。

 激しく抵抗するストーカー男。

 しかし、平川はストーカー男を必死の形相で取り押さえている。

 大人しい平川の何処からそんな行動力が出て来るのか。

 お前は本当に平川なのか?

「離せ! 離せ!」とストーカー男が喚く。

 しかし、平川は死んでも離さない勢いだ。

 それに葛も加わって、もうこれでジ・エンドと思われた。

 しかし。

 あろうことかストーカー男は、どうやったのか自分を取り押さえる二人から逃れて袋小路の外を目指して走り出した。

 袋小路の入り口にいるのは、ただ今俺一人となる。

「え」

 思わず、ぼけた声が出た。

 ストーカー男は、どんどん俺の方に迫って来ている。

「片葉、捕まえろ!」

 何人かの声が響く。

「うわぁぁぁっ!」とストーカー男は叫び声を上げながら何故か俺の方に突進してくる。

 俺の心臓が痛いほど鼓動する。

 ストーカー男はもう目の前だ。

「うぉぉぉぉぉぉーっ!」と唸り声を上げてストーカー男が俺に飛び掛かる。

「うわっ!」

 俺は叫びながら、ストーカー男に蹴りを入れていた。

 一発殴ってやろう、とは思っていたが、温厚な俺は暴力なんか、望むところでは無かった。

 が、自然と足が動いていたんだ。

 俺の、めちゃくちゃの蹴りは、何とストーカー男の股間にヒットした。

「うごっ!」

 そう声を出すとストーカー男はその場にしゃがみ込んだ。

 それと同時に友人達が一斉にストーカー男を取り囲んだ。

 俺もその輪の中に、しれっと混じる。

 股間を押さえながら膝をついて悶絶しているストーカー男を俺達は黙って睨み付けていた。

 袋小路のどん詰まりで静かに事の成り行きを見守っていた南が、そっと近付いて来て平川の後ろで苦しんでいるストーカー男を眉を顰めて見下ろす。

 こうして改めて見るストーカー男は結構若かった。

 まだ大学生くらいだろうか。

 普通の若者に見えるのに、何故ストーカー何かしたのか。

 いや、世の中、こういうやつの方こそストーカーになり得るのかも知れない。

 

 ストーカー男は散々唸り声を上げた後に俺達を見上げると顔を青くして黙ってしまった。

 当然だ。

 俺達の見た目の柄の悪さといったらまるで不良少年だ。

 俺達自身はちょっぴりやんちゃな健全な若者であるのに……。

 世の中見た目が九割だ。

 怯えている男に向かって第一声を上げたのは平川だった。

「おい、お前! 何で南の後を付け回してるんだよ!」

 ストーカー男に向かって唾を飛ばす平川。

「ストーカー何て気持ちの悪いことしやがって! 事と次第によっては警察呼ぶぞ!」と友人Bが吠える。

 怒り心頭の俺達からはストーカー男を罵る様々な台詞が次々と溢れ出た。

 ストーカー男は怯えた表情を浮かべて、「ち、違う! 違うんだ!」とのたまった。

「何が違うんだよ!」と平川が拳を振り上げる。

 ストーカー男は、「ひぃ!」とみっともない声を上げると身を固くした。

 ストーカー男に蹴りを入れておいてなんだが、やはり暴力はダメだと、俺は平川の拳を押さえた。

 平川は不満そうに俺を見ると再びストーカー男を睨み付けた。

 平川がストーカー男にもう何もしないであろうことを確信した俺はストーカー男に問う。

「おい、あんた。何で南の後を付け回してたんだ。どれだけ南が怖かったか分るか? 理由によっては本当に警察を呼ぶし、俺達もお前のことを一生許さない!」

 俺の台詞にストーカー男は、「うううっ……」と言って鼻水を啜ると途切れ途切れの声で話し出した。

「後を付けるとか……そんな真似してすみませんでした……その子のことが好きで、電車で見て一目惚れして。ついついやってしまいました……ううっ……すみませんでしたぁ」

 ストーカー男の告白に俺達は、呆気に取られた。

 男が男をストーキングする何て現実にも十分唖然としていたが、それに加えてこの男は南のことが好きだと言う。

 これは一体全体どういう展開何だろうか?

 同性愛に対して偏見は無かった俺だが、実際に同性愛者を見たのはこれが初めてで、しかも相手は南のストーカーで。

 インパクトあり過ぎだ。

「南が好きって……南は男だぞ」と言う声が誰からか漏れた。

 その台詞に男は、「へっ?」と目を丸くして言った。

 ストーカー男の反応に俺達も、「へっ?」と口を揃えて言う。

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