六
南のストーカー探しを始めて十日。
俺達は下校途中、南の後を付け、南の周辺に目をギラギラ光らせてストーカーを探した。
そりゃもう、俺なんかは子供の頃に夢中でやった小さく絵描かれた物や人の中から目当ての人物を探すというゲーム以上に夢中に探した。
その結果、俺達は気付いた。
南と南の周辺を見張った十日間の内、実に七回、南の描いた似顔絵の男を南の近くで見かけたのだ。
あの帽子。
あの帽子をかぶった男が、ある時は南の乗る電車の中に、またある時は南が寄った本屋に、そしてまたある時は、学校の校門の前にいて、南が校門を出ると、そろりと南の後をついて行った。
南の団地でも、見かけた。
やつは、南の住む棟の近くに大体いて、家へ向かう南のことをジッと見ているのだった。
これはもう、間違えないと思われる。
南のストーカーは、この、big hungry帽をかぶった男だ。
ストーカーを突き止めた俺達。
作戦を次の段階に動かす時がついに来た。
ストーカーを捕まえる。
そして、一発殴ってやる……のは俺の独断。
この時俺は、十日間も探偵ごっこをさせやがって、見てろよ、と、ストーカーに対して闘志がメラメラと燃えていたのであった。
相談の結果、ストーカーを捕まえるのは、やつが学校の校門の前で南を待ち伏せしている時に、ということになった。
学校周辺は勝手知ったる俺達の庭。
そこで上手いこと、やつを学校の裏にある学校の塀とのビルの裏手に挟まれた袋小路まで追い詰めて、やつを捕まえ、まずは話を聞こうって寸法だ。
それから先は、こちら次第だ。
やつが学校の校門前に現れるまで、俺達は今まで通り、南の後をついて南を家まで見送ることにした。
まだ、何があるか分からないし、南も不安そうだったからだ。
案の定、やつは、南の周りをウロチョロとしたし、良い判断だった。
南の降りる駅から南の家までは、主に平川がついて行った。
何だかんだで、平川が一番南を心配している様に思える。
さて、この計画は、しばらくして実行に移された。
やつが学校の校門前に現れたのである。
やつの姿は教室の窓から確認できる。
窓から、ストーカー男を見下ろしながら、ついに来やがったと俺達の拳に力がこもる。
南はやたらと慌てていた。
授業が終わり、帰るだけの雰囲気に包まれた校舎の中。
俺達は学校の玄関ホールの下駄箱の前に集まった。
「南、大丈夫か?」
緊張した面持ちの南に、友人の一人が声を掛ける。
南は、青白い顔を俺達に向けて「大丈夫だよ、行ってくるぜ」とそう言って、カチコチに動きながら一人で玄関を出て行った。
南を見送った後、俺達は、グループチャットをそれぞれ確認する。
俺達を先回りして、やつを見張っている友人と連絡を取る為だ。
『今、南が出てったから』
玄関ホールにいる友人の一人がそう、グループチャットで報告すると、外の友人から、『ラジャー。あの帽子の男は、まだ校門の前にいるぜ』と返信が来る。
『了解。俺らもそっち向かうわ』とは、俺の隣にいる友人のメッセージ。
俺達は、スマートフォンから顔を上げて頷き合う。
その中には勿論、平川も葛もいる。
俺達は校舎を出ると自然とバラバラになって歩き出した。
前を向けば、南がぎこちない動きで校門に近付くのが見える。
俺は、歩く速度を少し落として南との距離に気を付けた。
南が校門を出た。
『緊張する』
グループチャットに南のメッセージ。
『俺がついてる!』
全員が同時に同じメッセージを南に向けて送った。
頑張れ、とか、大丈夫、とかじゃなくて、ただ、俺がついてる、と。
何やってんだ、俺達。
こんなのが励ましになるのか。
自分で言っておいてそう思った。
ストーカー何て訳の分からないものに脅かされてる南が、こんな言葉でどうにかなるなら万々歳だろ。
南から返信が来た。
『助かる』
何処か力の入ったそのメッセージを、目を見開いて見た。
どうやら、俺達は、少しは南の励ましになっている様だ。
俺の口角が自然と上がった。
俺のやる気にさらに火が付いた。
あのふざけた帽子の男を必ず捕まえてやる。
手の中のスマートフォンに目を向けると、先に外にいた友人達から、早速のメッセージがグループチャットに入っていた。
『あの男、校門を出た南の後を付けてるぜ』
『南と距離を置いて後を付けてるな』
『絶対に捕まえてやる』
そのメッセージを見たらしい平川からグループチャットに書き込みが入る。
『南、このまま、やつを袋小路まで誘うんだ。普通に歩いていれば良いから』
グループチャットで見る『分った』という南の返事は、何処か心細そうで、俺は思わず『俺達がちゃんと見てるから大丈夫だ』と書き込んだ。
『ああ』と南から返信が来る。
俺に続いて他の友人達からもグループチャットに南への激励のメッセージが飛んだ。
『サンキュー。頑張るわ』
その言葉を見た俺は前をグッと向いて校門を目指した。
俺の目の先には既に校門を出ようとしている葛と平川の姿が。
遅れを取るまい、と俺の足は早まった。
校門を出て、直ぐ左を向くと葛と平川が少し遠くで二人揃って電柱の陰に身を隠しているのが見えた。
俺からは見えないが二人の直ぐ近くに南と、あのストーカー男がいるのだろう。
他の友人達も、ああやって何処かに潜んでいるのか。
皆から完璧に後れを取っている俺は駆け出す勢いで道を行く。
電柱の陰で息をひそめている葛と平川の隣に着くころには息が上がっていた。
葛と平川は俺の方をチラリと見ると無言で視線を道の先に真っすぐ伸ばした。
俺も二人と同じ方を向く。
目を細めて見てみると、あのストーカー男の後ろ姿が微かに見える。
俺は両手を握りしめた。
数秒後。
後、少しでストーカー男の姿が視界から消えると思った時。
「行くぞ」
葛の囁き声に平川が瞬時に動く。
電柱の陰から出て来た二人の後にそそくさと付く俺。
慎重に、しかし少し足を速めて進んで行くとストーカー男の姿を確認出来る所まで来た。
その前を歩いているはずの南の姿は見えない。
俺達はストーカー男と距離を取って進む。
『もう直ぐ、袋小路に着く』
南からのメッセージがグループチャットに躍る。
緊張感が高まる。
南も同じだろうか。
皆、俺の様に神経をとがらせているのだろうか。
胸がドキドキと音を鳴らしている。
ふと、前を見ればストーカー男が足を速めて歩き出したのが分かった。
俺達三人は夢中という言葉に相応しくストーカー男の背中を射抜く様に見て男の後を付ける。
『南が袋小路に入るぜ』
そのメッセージが誰のものかなんて確認しなかった。
前を行くストーカー男が突然走り出した。
俺は何にも考えずに固いアスファルトを強く踏み込んで走った。
葛も平川もだ。
ストーカー男が袋小路に入って行くのと、その後を他の友人達がなだれ込む様に袋小路に入ったのが見える。
全速力で駆ける俺と葛と平川が袋小路に入った瞬間「そいつ、捕まえろ!」と誰かの叫び声が響いた。
見るとストーカー男がこっちに向かって走って来ていた。
何が起こったのか。
男の後を友人達が血相を変えて追い掛けている。
その後ろに南が見えた。
南は口をあんぐりと開けたまま地面に坐り込んでいる。
俺の横に並んでいた平川がストーカー男の方に向かって駆け出す。
その後に葛が続く。
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