「うーん、何か違うっぽかったな。南のことはただ見てただけ、だと」

「そうか」

 葛は残念そうな顔をする。

 俺はグループチャットで女のことについて、葛に話した通りに仲間達に報告する。

 そうしてから、葛に質問した。

「葛、ところで、南は?」

 ここから南は見えるのか。

「あそこにいるぜ」

 葛が指さす方を見ると、少し遠い位置に南が見えた。

 平川の姿もチラリと見える。

 おいおい、嘘だろ、こんな場所からじゃ、南と南の周りが良く見張れない。

 葛は何をやってるんだ。

 電車は混んでいて、これでは移動することもできない。

 ああ、葛という男は探偵には向くまい。

 俺は、ため息を葛にばれないようにこっそりと吐いた。

 こうなったら平川が頼りだ。


 しばらく頼りの平川からの連絡がグループチャットに何件か入った。

 平川いわく、南を見ているやつが何人かいて、その誰もが怪しく見えるとのことだった。

 南という男はどうも人の目を引くらしい。

 こんな調子で南が降りる駅まで電車は来た。

 南が電車を降りたので、俺達も降りる。

 結局、怪しいやつは何人かいたが、南のストーカーらしき人物は見つからなかった。

『これからどうする』

 平川がグループチャットで訊いて来る。

 どうするも何も、ここまで来て解散だなんてことも無いだろう。

 俺は、目の前の葛に、「このまま南の家までついて行こうぜ」と言った。

 葛は頷く。

 グループチャットで平川に、俺と葛はこの後も南の後をついて行くと連絡する。

 平川からの返信は、了解、俺も行く、だった。

 南から、すまない、と返信が来る。

 すでに、フェードアウトした連中からは激励のメッセージが届く。

 任せとけ、と俺達三銃士はそれに応える。


 駅を出て、南の後をつかず離れずの距離で歩いてしばらく、何事も無かった。

 怪しい人物どころか猫の子一匹見当たらない。

 あまりの変化の無さに、今日はこのまま何事も無く過ぎるのかと思った。

 いたずらに時間ばかりが過ぎてゆき、そして、もう直ぐ南の家という所まで俺達はやって来た。

 南の家は町はずれにある団地で、四角い団地の六号棟の一番端の四階が南の家だった。

 俺は、目の前の六号棟を見上げた。

 そして、沈みかけている夕日に照らされたあるものを見て、それに目を止めた。

 南の住む一番端の四階の階段の踊り場の柵から身を乗り出して、下を見下ろしているやつがいた。

 どうも、南のことを見ている様に思える。

 不審そうに俺がそいつを見ていると、顔を上げたそいつと目が合う。

 そいつは、俺と目が合うと、スッと姿を消した。

 遠目から見たし、一瞬のことだったのでどんなやつかは分からなかった。

 南のことを見ていたと思えたのも俺の気のせいかも知れない。

 パーカーのポケットでスマートフォンが存在を主張する。

 グループチャットだ。

 スマートフォンをポケットから取り出し、見ると、南からの連絡だった。

『家、着いちゃったけど、どうしたらいい?』

 スマートフォンから顔を上げて南の方を見みれば、六号棟の前で、ぽつんと、お預けを食らった犬のように立っている南の姿が見える。

『そのまま帰って良いんじゃねーか?』と、友人の一人から返信が来る。

『だな、今日は収穫無しだ。また次だな』と、葛からの返信。

 今日はここで、解散、と言う空気だ。

 いや待て、さっきのやつは? と俺は再び六号棟を見上げた。

 すると、駆け足で階段を下りてくるやつがいる。

 俺は急いでグループチャットにメッセージを書き込む。

『南、これからお前んちの入り口から出てくるやつの顔、覚えとけ』

 チャットを確認したであろう南が困惑を顔に張り付けて後ろを振り返る。

 隠れている俺と南の目が合った。

 俺は、身振りで、良いから覚えとけ、と南に伝える。

 葛、平川、他の仲間から、どうした? 何かあったのか? とメッセージがグループチャットに届く。

『怪しいやつがいる』

 俺は皆にグループチャットでそう伝えた。

 南が六号棟を振り返るのと、そいつが入り口から出てくるのは同時だった。

 南は怖いのか、一瞬俺の方を振り返るが、しかし、そいつの方へと向き直り、南より背の高い、そいつを見上げていた。

 そいつは速足で南の横をすり抜けた。

 南がそいつの去ってゆく後ろ姿をぼんやりと眺める。

 俺は、グループチャットにメッセージを打ち込む。

『南、今のやつの顔、見たか?』

 南から返信が来る。

『相手が直ぐに行っちゃったし、なんか、俺、テンパっちゃって。しっかりとは見れなかったけど、男だったよ。なぁ、片葉、あいつがどうかしたわけ?』

『さっきのやつが、南のこと、見てたっぽいからさ』

 俺が、そうグループチャットにメッセージを入れると、友人達から、マジかよ、とざわついたメッセージが送られてくる。

『少しだけど、顔は確認したから、後で似顔絵描いてグループチャットに貼るわ』

 南がナイスアイディアを言う。

 俺達は念のため、辺りにまだ怪しい奴がいないかチェックする。

 俺達が大丈夫そうだと判断すると、南は家へ帰ることになった。

 解散だ。

 すっかり日が暮れた。

 疲れが防波堤に迫る波のごとく押し寄せた。

 これがしばらく続くのかと思ったら寿命メーターが縮んだ気がした。


 その日の夜のこと。

 俺は自分の部屋のベッドの上で、グループチャットを開き、南から送られて来た例の怪しい男の似顔絵の添付写真を眺めていた。

 南の似顔絵は、めちゃくちゃ上手かったが、南の言っていた通り、相手のことはしっかりと見れていなかった様で、上手いけど、いまいち、ぼやけて誰だか分からない感じだった。

 たった一つ、男の被っている帽子だけは、しっかりと描かれていて、それは、黒のキャップで、前の方に白い字でbig hungryと書いてある帽子だった。

 big hungryとは、凄い文字センスだ。どう受け止めていいのか分からない。

 俺は肩を落とすと布団の中に潜った。

 この時はまだ、南の描いた似顔絵が功をなすとは夢にも思っていなかった。

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