四
俺は、かろうじて南が見える所から南の後をついて歩いた。
南の背中を、目を狐のように細くして見ながら南の周辺に異変はないかと見回す。
他の仲間も同じように、南の近くのどこかに潜むようにして、南と南の周辺を見張っている。
誰かの後を付ける、だなんて、今にして思えばこれが初めてのことだったかも知れない。
異様な緊張感が纏わりつき、普段、下校の際に見慣れた街並みが一変して、まるで見知らぬ街へと迷い込んだかの様に歪んで見えた。
友人の一人からスマートフォンに、怪しいやつはいたか? とグループチャットが入る。
俺は、いない、と三文字で返信を返した。
他の友人からも、同じよう返信が入る。
南からも、分からない、と返信が入った。
そんな状況が数分続くと、本当にストーカー何ているのかよ、と言う気分になって来る。
こんな調子で南の後を付いて歩いているうちに、駅までたどり着いた。
南はこの駅から電車に乗って帰宅する。
俺は手にしているスマートフォンで、グループチャットを確認する。
『駅まで来ちまったが、どうする?』と、友人の一人からメッセージが入っていた。
顔をスマートフォンから上げて南を見ると、南は駅の改札を潜っていた。
スマートフォンに顔を戻すと、グループチャットで、『ゴメン、駅、入っちまった』と、南。
『仕方ねぇ、ここからは付いていけるヤツだけついて行こう』と、友人A。
ラジャー、だ。
駅には、俺と平川、後、葛(ツズラ)という友人一人が入った。
他の友人はここで解散し、成り行きをグループチャットで見守る形となった。
南は一人、駅のホームに立ち、キョロキョロと辺りを見回している。
俺も南と同じようにして辺りを見た。
ホームには結構な人数がいる。
男に女、子供に年寄り。
はたして、この中に南のストーカーはいるのか。
一体どんなやつが南をストーキングしているのか。
『なぁ、南のストーカーってどんなやつなんだろうな』と、俺はグループチャットにメッセージを送信した。
『想像もつかねーよ。ストーカーだし、やっぱり女かな?』
友人の一人から、そう返信が入る。
『案外、オヤジだったりしてな』と、ふざけた感じで葛からの返信。
『オヤジとか、勘弁してくれよ。こっちは不安でいっぱいいっぱいだってのに』という南からのテンションの低い返信が入り、葛が、ごめん、と謝る。
ストーカーがオヤジだったら確かに嫌だな、と俺は思った。
そして、オヤジにストーキングされる南を想像してみた。
その結果に、俺は眉をひそめる。
口ひげを生やし、腹の出た中年のオヤジが南を付け回している、という絵が俺の頭の中に浮かんだからだ。
ああ、神様、どうか、南のストーカーが美少女でありますように、と俺は心から祈る。
駅に電車が入って来た。
南は周りを気にした様子をしながら車両に乗り込んだ。
俺は南がいる車両の隣の車両に乗ると、南の乗る車両の見える連結部の扉の前にさり気ない感じで立ち、こちらの車両の扉のガラス越しから南の姿を探した。
南の姿を見つける。
南は俺から表情が確認できる位置にいて、吊革に掴まっていた。
南から少し離れた場所に平川の姿がチラリと見えた。
葛はどこにいるのか分からなかったが、まぁ、南とそう遠くない所にいるのだろう。
電車が動き出した。
どこにも掴まっていなかった俺は、電車の揺れに合わせてこけそうになる。
慌てて手すりに掴まる。
そうして、南の方を見た。
横顔の南は俯き、眉間に皺を寄せていた。
あの南が、と思わせる表情だ。
南の吊革に捕まる手には力がこもっている様に見える。
南が今、どんな気持ちでいるのかは知れないが、愉快でいることは無いであろうことは明らかだった。
俺の手すりに掴まっていない方の手のひらは気が付けば握り締めていた指の爪が食い込んでいた。
もしも、本当に南にストーカーがいるのならば、絶対に捕まえて一発殴ってやりたい。
俺は、南の周囲に目を光らせる。
南のストーカーに怒りを抱いた気持ちで周りを見てみると、南を取り巻いている全てのやつが怪しく思えてくるから不思議だ。
南の後ろの座席に座っているセミロングの若い女も怪しい人物の中の一人だ。
彼女は、さっきから、ずっと、南の背中をジッと見つめている。
パーカーのポケットでスマートフォンが震える。
スマートフォンをポケットから取り出して見ると、平川からグループチャットが入っている。
チャットを読んでみると、南の後ろに座っている女が南をずっと見てる、とあった。
俺は直ぐに、俺も見えてる、怪しいな、と返信する。
俺は、視線をスマートフォンから南の方へ移した。
グループチャットで俺達のやり取りを確認したらしい南が後ろを気にしているのが見える。
あんなに不安そうな顔をして、可愛そうに、と、俺は心から南に同情した。
しばらくの間、女を見張る。
女はだだ、南を見ていた。
電車がトンネルに入る。
ガタンゴトンと電車の揺れる音と、周りの雑音と、南と女と……俺の頭はグルグル回る。
トンネルを抜けると、車内放送が流れ、次の停車駅を伝える。
電車は速度を緩めてゆっくりと駅に停車した。
女が席を立ち、開いた扉から電車の外へ出て行った。
それを見た俺は、気が付けば女の後を追って電車の外へ出ていた。
そして、去って行こうとする女の肩を後ろから掴む。
女は驚いた声を上げて振り返り、歪んだ顔で俺を見る。
「あの、あなた、さっき電車の中で、南……男の人のことを、ずっと見ていましたよね」
問い詰める様にして、俺は女にそう訊いた。
女は、歪んだ顔をさらに歪めながら、「は、男?」と言った。
「見てたでしょ、あなたの前にいた男のことを、何でなんですか?」
女は、ああ、と言うと「別に、ただ何となく見てただけよ、それだけよ」と答える。
「ただ見てただけ?」
「そうよ、ただ見てただけよ」
「あの、彼のことは、以前から知っていて見ていたんですか?」
「はぁ? 知る訳無いじゃない。初めて見たわよ。何なの、あたな、何なの? 人を呼ぶわよ!」
女は喚く。
俺は速やかに女から離れると、発車を告げている電車の中へと戻った。
俺が電車に乗ると、扉は直ぐに閉まり、電車が滑らかに走り出す。
窓を見ると、先ほどの女の唖然とした顔が流れて行った。
窓から顔を離し、後ろを振り返ると、葛と目が合ってビックリする。
葛も俺の顔を見てビックリしている。
「片葉、お前、どうしたんだよ、何で、電車の外から入って来たんだよ」
葛が小声で言った。
「いや、南のことを見てた女を追いかけて電車の外に出てた」
小声の葛に合わせて俺も小声で言う。
「マジかよ」
「マジだ。それで、女から話を聞いてみた」
葛は、また、マジかよ、と言った。そして、「どうだった」と訊く。
どうだったとは、つまり、あの女が南のストーカーかということだろう。
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