三
高校二年の春から、俺は家庭の事情により、転校し、定時制高校に通うこととなった。
どういう事情で、というのはここでは語らずにおく。
そこで出来た友人の一人に、南というやつがいた。
フルネームは南由紀夫。
南は背が低くて、目が大きくて、まつ毛が長い、笑うと、えくぼが出来る、明るいやつだった。
そんな南の取柄と言えば、俺から見れば、明るいだけのように思えるほどに、南というやつは、えらく明るい。
こう言うと、俺が南を馬鹿にしている風に聞こえるが、決してそうではなく、俺は南をリスペクトしていた。
南さえいれば世界中に起っている紛争なんて無くなるだろう。
南なら、世界に平和をもたらせられる、そう思わせるだけの力が南の明るさには潜んでいた。
事実、世界とまでいかないが、俺は南の明るさに救われていた。
当時、擦れていた俺が笑えていたのは南のお陰と言っても決して大げさではないだろう。
そんな南が、ある日を境に沈んだ顔を見せる様になった。
南のその様子に、太陽が急に沈んで辺りが暗くなったような心細さを覚えた。
俺含む友人達は、そんな南を心配し、学校の教室で授業が終わり、もう帰るだけとなった時、教室の席に座る南を取り囲み、元気がない理由を訊いてみた。
悩みがあるなら話してみろ。
俺達に出来ることなら何でもしてやる、と言う具合に話したと思う。
美しい友情と言うやつだ。
俺達の友情に応えて、南は暗く沈んでいる理由を語り始めた。
ここ最近、ずっと誰かに後を付けられている。
どこへ行くにも、誰かに見られている感じがするんだ、と南は悲痛な声を上げて言った。
南の話を聞いて、誰かが「嘘だろ」と声を上げた。
その声に、南は「俺だってそう思いたいよ。でも、マジなんだ。正体は分からないけど、確かに誰かが俺の後を付け回しているんだよ!」と、南らしからぬ、喚くような声でそう言い、机に顔を沈めた。
今にも泣きだすのではないかと言う風な南の姿に俺や他の友人が途方に暮れる中、誰かがぽつりとこう言った。
「捕まえようぜ」
その台詞に南が顔を上げる。
南は声の主を探してキョロキョロと俺達を見回した。
俺も南と同じ様にする。
急に上がった声に、どいつが言ったのか分からなかった。
捕まえるって、南を付け回している相手を、か。
一体、俺の友人の中に、そんな大胆な意見を言えるやつがいたんだろうか。
その答えは直ぐに出た。
「後を付け回すとか、ストーカーじゃねぇか。許せねぇ。捕まえて、そんなこと止めさせてやろうぜ」
そう言ったのは、平川と言うやつで、紫に染めた髪に緑のカラーコンタクトと、パンクなファッションというインパクトのある派手な見た目に反して、内気で口数の少ないやつだった。
この平川の内気さを例えるなら、南が光なら平川は陰の存在と例えたらいいだろう。
俺は、平川が内気だからと言って、勿論、平川のことを軽く見てなどいない。
平川より、明るい南の方が好きだったが、平川には平川の良さがあるのだ。
明るい南は世界を救うかも知れないが、平川のような男は誰も不幸にしない。
それに、普段沈黙している平川の様な男が案外、世界を救う、かもしれないのがこの世の習わしだ。
この時がまさにそうだった。
内気な平川のどこから、そんな台詞が出て来たのかと疑問に思ったのは俺だけでは無いはずだった。
平川の台詞に不安に押しつぶされていた南は勇気付られ、俺達仲間はやってやろうぜと大いに湧いた。
平川は救世主だった。
かくして、俺達の『南のストーカーを捕まえる作戦』は、その日のうちから速やかに実行に移された。
俺達、高校生の考える、ストーカーを捕まえる計画は至極簡単だった。
まず、ストーカーの特定。
これは重要だった。
間違えた相手を捕まえたりしたら洒落では済ませられない。
ストーカーの特定方法は、下校の際、南を一人で帰らせる、それを離れた所から数人で見張る。
もしも怪しいやつを見つけたら、それぞれが連絡を取り合い、そいつの動向を探り、南を付け回しているやつか見極める、という、シンプルなやつだ。
そうして、ストーカーがどんなやつか確認した後に、そいつがまた南をストーカーしている所を捕まえてやろう、というのが俺達の計画だった。
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