二
話はゴトウさんが座っている風で進められることになった。
そんなことはどうでもいい。
俺は、ナポリタンを箸に絡めながら椅子に座った風で俯いているゴトウさんの頭のつむじを見る。
彼の口から話が始まるのを待っているのだが、銅像かと思うくらいにゴトウさんの口は開かなかった。
ここは俺の方から話を切り出すべきなのか。
だとしたら、何の話から始めていいのやら。
そもそも、俺の方から切り出していいことなのか。
話があると言ったのはゴトウさんの方なのに。
ゴトウさん、いざとなったら黙るのか。
あんた、どれだけ引っ込み思案なんだ。
優男風だがルックスもまあまあ悪くない。
ブラック企業に勤める根性もあるあんたの欠点は女々しさと、その究極の引っ込み思案だよ。
俺は、ため息を吐き出し、ナポリタンを噛みちぎり、(どうでもいいが、ナポリタンとナポレオンは似ている)席を立つ。
急に席を立った俺に、ゴトウさんがハッと顔を上げ、不安そうな目で俺を見つめる。
それには構わずに冷蔵庫から冷えた赤ワインを取り出して買ったばかりのソムリエナイフでわりと苦労しながらワインのコルクを抜いた。
そして、ワイングラスにワインを注ぎ入れてテーブルに戻る。
こういう時は酒に限る。
話が進むときも進まない時も酒だ。
俺は、テーブルにグラスを置く。
一つを自分の手元に、もう一つのグラスをゴトウさんの手元に。
そうして気付く。
「片葉君、僕は飲めませんよ」
そう言って笑う後藤さんの声が渇いて聞こえる。
幽霊は実体のある物には触れられない。
「悪い、うっかりした」
ゴトウさんが最後に口にしたのはワインなんてしゃれた物じゃなくて喉に詰まらせた餅だったことを思い出す。
「謝ることじゃ無いですよ。有り難く頂きます、形だけ」
そう言って、ゴトウさんは笑い、グラスに触れた。
もちろん、実際には触れてはいない。
触れていないが、ゴトウさんは、まるで実際にグラスを手にしている風に指でグラスの輪郭をなぞるようにした。
そして、ゴトウさんはグラスを両手で挟んだようにする。
それを両手に持ってゆっくりと持ち上げるふりをして、へたくそに喉を鳴らして、ワインを飲んでいるかの様に装って見せた。
ゴトウさんがそうしている間、ゴトウさんの手元に置かれている一口も飲まれていないワインの赤い色が、まるで超能力者のいかさまを訴える野次馬のように存在を主張していた。
「うん、美味しい」
ゴトウさんは透けた手で、グラスをテーブルに置く真似をする。
その動きはとても慎重だった。
このグラスの中には、まだワインが残っているぞ、と、それを主張している様に思えるような慎重さに思えた。
「僕、生前はお酒が好きで、二丁目とかで結構飲んでいたんですよ。たまに、友達が奢ってくれたりして。死んでから、またこうしてお酒をご馳走になるだなんて夢にも思いませんでした」
歌でも歌いだしそうな明るい声でそう言ったゴトウさんの目に、涙がうっすらと滲む。
唇は真一文字に結ばれた。
何をやってるんだ、こいつは。
俺は呆れた。
彼が幽霊じゃなかったら、死んでさえいなかったなら、とんだ茶番を見せられたと笑っただろう。
「乾杯もせずに先に飲むやつがあるかよ」
自分でもつまらないなと思う台詞を吐くと、俺は一気にグラスを煽った。
くらくらする。
目じりを押さえて、「それで? どうして甲斐のやつなんかが良いんだよ」と切り出した。
「えっ、えーと、あの」
ゴトウさんは、やっぱりもじもじとする。
それには構わず、「ほら、言えよ。あの、ぼんやりした男のどこに惚れたわけ?」と、前のめりになり、俺は訊いた。
面倒だが、恥ずかしがり屋には、こっちから話を振るのが一番だ。
とにかく、こいつの話を聞いてやるのだ。
確か、一目惚れとか言っていたか。
やはり、甲斐のあのルックスに惚れたのだろうか。
まあ、性格はともかく、見た目だけで言ったら悪くないやつだ。
ただし、緑のジャージ姿じゃ無ければ、だ。
「見た目?」
俺は遠慮なく訊いた。
ゴトウさんはせわしなく視線を動かした後、俺とは目を合わせずに、コクリと頷いた。
「ふーん」
まあ、一目惚れする大体の理由が相手の見た目だ。
何せ、一目見て惚れると書いて一目惚れと言うのだ。
一目見た、その見た目で惚れるからこその一目惚れだ。
後は、それに、やれ、爽やかさがどうのとか、優しそうだがどうのとかの好きになる理屈が付いて来るのだと、俺は思う。
よく、一目惚れを信じるか否か、という話があるが、それについて言えば、俺は否だった。
その理由を唱えるには、俺が高校二年の頃まで遡ることとなる。
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