七
一週間後。
新宿二丁目。
バー・カルナバル店内。
時間は夜の十一時過ぎ。
俺は花凛と肩を並べ、酒を飲んでいた。
普段、花凛と飲む時は花凛からの誘いでと決まっていたが、今日は俺から花凛を誘った。
今日はどうしても飲みたい気分だったのだ。
俺は、クラフトビールの入ったジョッキを掴むと喉を鳴らしてビールを飲み干す。
「ママ、お代わり」
俺が声を掛けると、ママは濃い眉をひそめた。
「そうちゃん、飲み過ぎよ。何があったか知らないけど、もうこれくらいにしたら? 顔、真っ赤よ」
「ママ、ほっといてくれ。飲まなきゃやってられないんだ」
俺がそう言うと、隣の花凛がメンソールの煙を吐き出しながら言った。
「双一、ママの言う通りだって。もう止しなさいよ。今日、マジで飲み過ぎよ。珍しくあんたからお誘いがあったと思って来てみたら、あんた、何だか腐っちゃっててさ。どうしたのよ」
呆れ顔の花凛。
そう、花凛の言う通り、俺は今、腐っている。
バー・カルナバルに来てから、俺は花凛と自分から特にこれと言った話をする訳でも無く、ひたすら酒を飲んでいた。
花凛の話も上の空でただ飲むばかり。
これでは花凛も呆れる訳だ。
「ねぇ、そうちゃん、顔色ずっと良くないわよ。もう、家に帰んなさいよ、ね」
ママが言う。
「そうよ、双一、もう部屋に帰った方が良いって。あんた、もうグダグダよ」
花凛がため息交じりに言う。
二人はそう言うが、今の俺は自分の部屋と聞いただけで吐きそうだった。
あの部屋に帰るなんて、とんでもない事ことだ。
「なぁ、花凛、今日は奢るから、お前の家に泊めてくれない?」
俺は上目使いに花凛を見て、そう言った。
花凛はビックリした顔をした。
「あ、あんた、何言ってるのよ。どういうこと?」
「帰りたくないんだ、あの部屋に。なぁ、花凛、泊めて」
「だ、ダメよ。ダメ。そんな酔っぱらって泊めてくれとか、ダメに決まってるじゃない。それに、あんたなんか泊めたら、私の部屋が男臭くなるでしょ。あんた、新しいマンションに引っ越して浮かれていたじゃない。それが、何で帰りたくないとか言い出す訳よ? ご自慢の自分の部屋に帰りなさいよ」
「何だよ、花凛、ケチなこと言うなよ。友達だろ? 一生のお願いだから泊めてくれよ」
「しつこいわよ! そんな悩ましい顔しても無理! あんたが女だったら喜んで泊めてやったわよ。あんたの顔、タイプだし。でも、ダメよ。今日のあんたは泊めてやらない!」
「何でだよ」
「だって、今日のあんた、めんどうくさそうじゃん。めちゃくちゃ酔ってるしさ。泊めて欲しいんなら、ほら、あそこの席の男。あいつに泊めてもらったら? あいつ、あんたに気がありそうじゃん。さっきからずーっと、あんたを見てるわ。一晩泊めてくれって、その潤んだお目目で言ってやったら喜んで泊めてくれるんじゃない?」
「あ? どの男よ」
「あれよ、あれ」
花凛の言う男を見て見ると、兄貴系の男が熱い視線をこちらに向けていた。
俺と目が合うと、兄貴は手に持ったグラスを持ちあげる。
ふむ。
俺は、空のジョッキを持ちあげ、兄貴に合図を送った。
「ちょっと、双一、あんた何やってるのよ!」
花凛が焦り顔で俺のジョッキを持った手を押さえる。
「何って、あのお兄さんに泊めて頂くんだよ」
「はぁ? あんた、それがどういうことか分かってるの? あの人と……いいわけ?」
花凛の声がズキズキと頭に響く。
「いいって、何がだよ」
「何がって、あの男とヤッてもいいのかって話よ」
声を潜めて言う花凛。
「やるって何を? 泊めてもらえるなら何でもやるよ」
俺がそう言うと、話を聞いていたママが、「あぁら、そうちゃん、それなら、ワタシの家に泊めてあげるわぁ。お姉さんが手取り足取り、こっちの世界のこと教えてあげる」と満面の笑みを浮かべて言う。
ママの家か、それでもいいかも知れない。
しかも、何やら手取り足取り教えて頂けるようだ。
「ママ、何でも覚えるから泊めて」
猫なで声で俺が言うと、ママは、「えっ、マジ? 冗談だったのに。ちょ、なによ、そうちゃんってこんなに簡単にお持ち帰りできちゃうわけ?」とアワアワしている。
花凛が額に手を当てて唸り声を上げる。
「プライドの高いあんたの言うこととは思えないわね。双一、めちゃくちゃ出来上がってるじゃないの。もう酒は止しなさいよ。酔いがさめるまで一緒にいてあげるから、酔いがさめたらウチに帰るのよ」
花凛がグラスに入った水を俺に進めながらそう言った。
俺はグラスを受け取りながら、口をとがらせて言う。
「ううっ、泊めてくれないなら俺のことなんかほっとけよ」
カウンターテーブルに伏せる俺。
「ダメよ、あんたを放っておいたらマジで誰かにお持ち帰りされちまうっての!」
お持ち帰りってなんだよ。
俺はファストフードのテイクアウトか。
俺はただ、部屋に帰りたくない、それだけだ。
「いいよ、俺、部屋に帰らなくていいならお持ち帰りでも」
俺の台詞に店内がざわつく。
「おおっ! 片葉のやつ、今日、お持ち帰り出来んのかよ!」
「マジか? あのこ生意気なガキを?」
「面白いことになったな」
俺の周りに店の常連客達がニヤニヤしながら寄って来た。
彼らは、いつも俺に絡んでくるが、俺の方は彼らを適当にあしらっていた。
「何よ、あんた達、向う行きなさいよ!」
花凛が集まった男達を手でシッシとやる。
しかし、彼らは動かない。
「そうはいかねーよ。片葉をお持ち帰りだなんて、こんな面白そうな話に乗らない手は無いだろ、なっ」
ニヒルな笑みを浮かべた男がそう言うと、男達は頷く。
「この普段取り澄ました男がベッドの上ではどんな風になるのか、楽しみだぜ。なぁ、片葉、俺が泊めてやるよ」
ニヒルな笑みを浮かべた男が張り切って言う。
それに他の男達も続く。
「片葉、俺の家に来いよ。優しくしてやるぜ」
「いや、俺の部屋にしろ。一晩中可愛がってやるからさ」
男達は俺を取り囲み、ニヤリと笑いながら、俺を誘う。
「あんた達、面白がるのも、いい加減にしなさいよ。あんた達さ、鼻の下伸びすぎなのよ。その下品な笑みはなによ。もう、双一、ぼうっとしてないで、こいつらに何か言ってやんなさいよ」
花凛がキンキン声を上げて俺に言う。
何かって言われても。
「……こんなにいたら、選ぶのが大変だ」
俺のこの台詞に男達から口笛が漏れた。
「アホか! この酔っ払い! 何なのよ、双一、マジでこいつらに抱かれるつもり?」
花凛が絶叫する。
「頭痛てーっ。花凛、怒鳴るなよ。何の話をしてんだよ。俺はただ、部屋に帰りたくないだけだよ。その為なら悪魔に魂を売っても良い」
「あんた今、魂以外のモノ売ろうとしてるっての。ねぇ、何でそんなに部屋に帰りたくないのよ?」
何で?
何でって、あいつ、ゴトウさんのせいだ。
「あいつ、幽霊……ゴトウさんらっ……」
何だか、ろれつが回らない。
しかも、目が回る。
花凛の声が途切れ途切れに聞こえる。
目の前が暗い。
俺の意識はここまでだった。
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