五
カーテンの隙間から差し込む日の光の眩しさで目が覚めた。
サイドボードに手を伸ばし、置いてあるスマートフォンを手に取って画面を見ると、もう時間は十三時を過ぎていた。
だいぶ眠ったが、体が酷くだるい。
まだ眠気が残っている。
まるで、夜更かしでもしたかのような感じだ。
昨日は帰りが遅かったし、酒も結構飲んだからか。
俺も歳だからなのか。
眠っても疲れが取れないのは辛い。
あくびを盛大にしながら、ベッドから抜け出すと、寝室を出た。
買い忘れたためにカーテンの取り付けが終わっていないリビングの大きな窓から、日差しが刺すように入り込んでいる。
眩しさで目を閉じる。
今日は外に予定は何も無い。
なので、部屋の片づけをして一日を過ごすことに決めていた。
このマンションの俺の部屋は2LDKになっている。
昨日、引っ越しをしたばかりでまだ手付かずだが、もう一つの部屋を仕事部屋にしようかと考えている。
仕事部屋と言っても、ただ、机と椅子とパソコンを置くだけのスペースだが、部屋を余らせておくより何かに使った方が良いだろう。
本当に、こんな広々とした部屋があんなに安い家賃で借りられたことに驚きである。
さてと、眠気の残る頭じゃ、何もできまい。
シャワーでも浴びて目を覚ますとするか。
体もなんか煙草臭いし。
リビングを出た廊下のすぐ横にある脱衣所に向かい、脱衣所の扉を開くと、脱ぎっぱなしの昨日の服が床に散らばっているのが目に入った。
脱いでそのままだったらしい。
床に散らばる服を拾い、洗濯機の中に放り込んでから、服を脱ぐ。
ヒヤリとした冷たい空気が素肌に当たって、俺は急いでバスルームの扉を開けてシャワーの蛇口を押した。
直ぐに熱いお湯が出る。
前のアパートの部屋のシャワーはお湯が出るまで随分と時間が掛かった。
だから、直ぐにお湯が出るのが有難い。
頭から熱いシャワーを浴びると目も冴えて来た。
それにしても、昨日は花凛の恋愛座談会に隣人の世話にと色々あった。
妙な夢まで見ちまって、全く。
「ふぅっ」
ため息を吐き出し、バスルームの壁に備え付けられている楕円形の鏡を見る。
湯気で曇った鏡を手で拭くと、鏡には疲れた俺の顔が映った。
それから、鏡は俺の後ろにいる眼鏡をかけた男の顔も映し出していた。
男は、薄く、ぼんやりと鏡に映っている。
「は?」
俺は鏡をよく見てみる。
確かに鏡に映っている。
眼鏡をかけた優男が。
勢いよく後ろを振り返る。
いる。
そいつはそこに、ぼんやりと漂っていた。
「うわっ、いきなり振り返らないで下さい!」
そいつは両手で自分の目を覆うと下を向いた。
「あんた、夢で見た……」
呆然とする俺。
呆然どころか開いた口が塞がらない。
「やっと気付いてくれましたね。あの、おはようございます……って、もう昼間ですね」
手で目を覆ったまま、そいつは言った。
夢で見た男、確か、名前はゴトウだったか。
「あんた、ど、どどどどっ、どうして!」
「どうしてって、何ですか?」
首を傾げるゴトウ。
「何であんたがいるんだよ! あれは夢のはずだろうが!」
ゴトウに人差し指を突き付けて俺は言う。
夢の中の登場人物が何で現実にいるんだ。
俺はまだ夢の中にいるのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
これも夢だ。
「僕、また朝にって言ったじゃないですか。忘れたんですか。夢って何です?」
「俺の方は、また朝に何て言ってねーよ。夢は夢だ」
「は……はあ」
「おい、あんた、さっきから何ずっと手で目を隠してんだよ! あんたは純情可憐な女子高生か! そうされるとこっちが逆に恥ずかしいから、その手をどけろよ!」
「す、すみません。じ、じゃあ……」
ゴトウは手を顔から外したが、赤い顔をして視線を床に向けている。
「何赤くなってんだ! ったく、男に裸見られて赤面されるとか、何て夢だよ!」
「あっ、ああ。なるほど、片葉君、僕のこと、夢だと思っているんですね。無理もない事かも知れませんけど、これは現実ですよ」
顔を上げて、さらりとゴトウは言う。
何が現実か。
こんな現実あるか。
ゴトウは霊を名乗っている。
これが現実なら霊の存在を認める事になる。
霊なんて、極めて非現実的だ。
霊なんてサンタクロースと同等の存在。
二十三年間生きてきたが、霊もサンタクロースも、そんなもの拝んだ試しは一度たりとも無い。
これからの人生でも同じだ。
「あるわけねーだろ。霊なんて、いるわけねぇよ」
「そう言われても、いるものは仕方ないですよ。あの、そんな事よりも、片葉君、前の話の続きがしたいんですけど」
「前の話って何だよ」
「えっ、忘れちゃったんです? 僕の成仏に協力してくれるって話ですよ」
「そんなの夢の話だぜ」
「だから、夢じゃないですって。参ったな」
困った顔をしてゴトウが俺を見る。
困っているのは俺の方だっての。
俺はとりあえず、勢いよく出ているシャワーの蛇口を閉めた。
バスルームの中は湯気で溢れていて、ゴトウの体が湯気と一緒に揺らめいている。
見ていると眩暈でも起こしそうだ。
「あの、僕の方からバスルームに入っておいて申し訳ないんですけど、やっぱり目のやり場に困るので服を着て欲しいんですけど」
遠慮がちに言うゴトウのその台詞に、俺はカッとなる。
「言われなくても、男相手にいつまでも裸を見せてる趣味はねーよ!」
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