「同情して下ってありがとうございます。確かに成仏もせずにさ迷っているの、結構辛くて、だから、成仏はしたいんですけど、心残りがあって出来ないんですよ」

「心残り?」

「はい、心残りです」

「ふぅーん、そんな、成仏出来ない程の心残りがあるもんかね」

 煙草の煙を吐き出して俺は言う。

「君には無いんですか、そういうの」

 訊かれて少し考えてみるが「無いね。あったら教えてもらいたいくらいだよ」そう答えた。

 今の仕事は性に合っているとは思うが、こだわりはない。

 インチキ霊能者なんていつまで続けられるか分からないからだ。

 気の合う仲間はいるが、特別な人間関係もない。

 夢も希望も、やりたいこともある訳では無い。

 ただ、毎日をこズルく生きているだけのこの俺に、この世に残す未練何てありはしない。

 だから、心残りなんてありようがない。

 それが悪い事とも思わないし、寂しい事とも思わない。

「そうですか。でも、あなたもまだ若いんですから、これからきっと、何か心残りになる様な事が出来ますよ」

 霊に励まされるとは、何だか虚しい。

「そんなもんかな」

「そうですよ、きっと」

 もし、俺に心残りになる様な事が出来たとして、霊がこの世に存在するとして、そうしたら、俺も、この男の様に死んだ後も死にきれずにこの世をさ迷うのだろうか。

 それは、酷く寂しい事のよう思う。

 だったら、そんなもの、無い方が良いのではないか。

「……あんた、この部屋に憑いているわけか? この部屋の地縛霊的な?」

 訊いてみると、「はい、他に行く所も無いので」と返事が返って来た。

「心残りが無くなったら成仏して、この部屋から消えられる気がするんですけど」

「なるほど、お前の心残りってなんだよ」

「えっ、それは……その」

 優男の顔が赤らむ。

 ふむ、霊の顔色も変わったりするのか。

「何だよ、言いにくい様な事なのかよ」

「いや、そう言う訳じゃないんですけど、でも、恥ずかしくって言いにくいです」

 優男はもじもじとしている。

 そんなに恥ずかしがる事が心残りなのか。

 そんな態度をされると気になる。

「聞かせてくれたら、あんたの心残りが晴れる様に手伝ってやってもいいぜ」

「え、本当ですか」

 優男の表情が変わる。

「ああ、本当だ。男に二言は無いぜ」

 そうは言ったが、勿論本気じゃない。

 なにせ、これはどうせ覚めれば消える夢だ。

 夢の中でどんな約束をしても俺に責任はない。

「言えよ、どんな心残りがあるんだ?」

 言われて、優男はしばらく俺の顔を伺う様にじっと見ていたが、意を決したように姿勢を正して話し出した。

「僕の、僕の心残りは……僕には、片思いの相手がいまして。相手のことは、ひとめぼれで、僕はただ見ていることしかできなくて。相手にどんな趣味があるのかとか、好きな食べ物は何か、とかも全く知らなくて。だから、その人のことが知りたい。そして、この気持ちを伝えることが出来たなら、僕はもうこの世に思い残すことはありません」

 恋の悩みと言う訳か。

「片思いか。分かったよ。あんたが成仏できるように手伝ってやるよ」

 適当な気持ちで俺は答えた。

「本当ですか。ありがとうございます、ありがとうございます。なんか、急に死んじゃって、成仏も出来なくて、心残りがあるまま、永遠にこの世をさ迷っているのかな、なんて思って落ち込んでいたんですけど、まさか、こんな風に成仏に協力してくれる方に巡り合えるなんて思っても見ませんでした」

 優男は目に涙を浮かべている。

「おいおい、泣くほどの事かよ。大げさな奴だな」

 まぁ、成仏が掛かっているんじゃ泣くほどの事かもしれないが。

 それにしても、恋の悩みで成仏出来ないなんて、中々乙女チックな男だ。

 俺の悩みと言えば、目下のところ懐が寂しい事だけだが、そんな悩みは死んだらなくなるだろう。

 優男は涙をシャツの袖で拭うと、「そりゃ、泣きますよ。こうして誰かと話をしたのは久しぶりで、それだけでも嬉しくって。ずっと一人で心細かったんです。成仏も出来ずに、このまま永遠に一人でいるのかなって思ったら悲しくて、毎日泣いて過ごしていたんです。君がこの部屋に来てくれて良かったです。まさか、僕の姿が見える人に出会えるなんて思ってもみなかったですから」鼻声でそう言う。

 優男の目は泣いたせいで赤くなっている、しかし、その顔は嬉しそうだ。

 泣くほど嬉しいか?

 綺麗な女ならともかく、男の俺なんかとおしゃべり出来ても喜ぶ事は何もあるまい。

 俺は、泣いている男の顔を複雑な気分で眺め、煙草をもみ消した。

 そして、二本目の煙草に手を伸ばそうとして途端、あくびが出て止めた。

 急な眠気が俺を襲う。

 瞼を開けているのが辛い。

 眠っているはずなのに眠たいなんて疲れる夢だ。

「なぁ、話の途中で悪いんだが、俺、そろそろ眠りたいんだけど。あんた、おれに特に用事がないなら消えてもらえないか」

 あくびをしながら俺が言うと、優男は、「あ、そうですよね。こんな時間に付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

「いや、別にいいよ、ただの夢だし」

「え、夢? 何の話ですか?」

「こっちの話だよ。じゃあ、俺、寝るから」

「あ、はい、あっ、あの、君の名前、聞かせてもらっても良いですか」

 優男が慌てた様子で言う。

「はぁ? 俺の名前? 片葉双一(カタハソウイチ)だけど」

「かたは……君ですか」

「ああ、片方の片に、葉っぱの葉で片葉。無双の双に数字の一で双一」

 説明してやると、優男はああっ、と頷いた。

「分かりました。僕は……僕は、梧桐藤一郎(ゴトウトウイチロウ)です。木に五に口の梧に、きりで桐と読んで梧桐。藤に一郎で藤一郎です」

「ああ、はいはい、ゴトウさん、ね、分かったよ。じゃあ、おやすみ、ゴトウさん」

「はい、おやすみなさい片葉君。また朝に」

 そう言うと、優男はすぅっと姿を消した。

 また朝に、って何だよ。

 まぁ、いいか、夢の話だ。

 俺は布団に潜り込むと目を閉じた。



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