第3話 少女の時もそうであった。
「人生を楽しめるかは、花の名をいくつ覚えられるかよ。」
パチン。
そういって、皺だらけになりながらも長く美しいその手は、百合の花をちょん切ってしまった。
初夏の花々の香りの立つ庭であった。北条真琴はこの厳かな屋敷の女主人である。艶のある白髪にしっかりと櫛を通し、後ろで丸めてある。着慣れている着物からは芍薬のお香の匂いが舞う。
真琴は夏の光に踊る花を切っては、家政婦が携えている入れ物に無造作に放りこんでいった。花はすべて、自室に飾るものであった。
「もういいわ。下がってちょうだい。」
そういうと家政婦は丁寧に会釈をし、花を携えて屋敷に戻った。
庭園に咲き誇る、白い薔薇の香りを彼女は嗅いだ。
「無粋ね。」
煙草の白い煙が彼女の前を通って行った。振り返ってやる恩情などない。
「宛先があんただった。一応置いておく。まあ、びちゃびちゃで読めはしないがな。」
黒川は相変わらず、手巻きの煙草を吸いながら深々とガーデンチェアに腰かけていた。
「誰から?」
「高藤英人。」
「雑草ね。」
「まあ、いいわ。それじゃ。」
「貴方のお名前は。」
彼女はやはり、振り向くことはなかった。
「黒川龍斗。」
「そう。」
黒川は去っていった。彼女が嫌いな煙を残して。
さて、覚えておくべき花かしら。
まあいいわ。一枚一枚に名前のないお金になど、夢中になる人でないならば。
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