第13話 二日酔い
土曜の朝。さくらはひどい頭痛で起きた。完全に昨日の飲みすぎで、二日酔いになっている。体が重だるくて起き上がれないし、昨日はどうやって家まで帰ったか思い出せない。
スマホを見ると、メッセージが何通か溜まっている。あぁ、高橋さんからのメッセージはとりあえず無視して。サトルさんからメッセージが来ている……。
『さくらちゃん、今日はありがとう。無事帰宅した?友達登録してくれた?』
あれは夢じゃなかったのか……。昨日、さくらの手を優しく包んだ、彼の大きな手の温かさを思い出す。鼓動が少し早まり、耳が熱くなる。夢じゃなかった……。
ガンガンする頭を押さえながら、サトルを友達登録する。何と返信しようか……。
ほんの一行分の文面と格闘していると、新着メッセージが届いた。咲桜からだ。
『昨日大丈夫だった?!また話聞かせてよ。私もさくらに話したい事あるからさ』
『咲桜~!とりあえず二日酔いがやばい。話したい事ってなに??』
『え、体調大丈夫??看病しにいこっか?♡』
直接会って話したい事もあるからと、咲桜が家に来てくれることになった。
昨日家を出た時のままで、化粧も落としていなかった。さくらはふらふらとした足取りで洗面所に向かい、とりあえず化粧を落とした。鏡をぼーっと見つめる。アナウンサー顔ってなんだろう。なんでお母さんは私を美人に産んでくれなかったのかしら。
神様は不公平だと嘆きながら、床に汚く散らばった服や物を適当に隠す。昨日向かいに座っていたショートカットの女性を思い出す。普段高橋さんには見慣れているが、あんな綺麗な人、なかなかお目にかからない。サトルさんとお似合いだな。でも……。そんなことを悶々と考えていると、玄関でチャイムが鳴った。
「体調、大丈夫?飲み物とかアイスとか買ってきた!」
咲桜の顔を見たらほっとして、昨日の夜の出来事をわーっと話し出していた。
「で、そのサトルっていう人の連絡先も握ってきたわけね」
「まぁ、そんな感じ?」
「きゃ~さくらやったじゃん~!!何その少女漫画みたいな展開!春来たんじゃない?春だよこれはー!!」
バシバシっ。咲桜に全力で肩を叩かれた。さくらよりも浮かれていて、楽しそうだ。は~るがきた~は~るがきた~と歌いながら冷蔵庫に向かい、アイスを持って帰ってきた。
「はい、おめでとうのアイス♪の前に、早く返信しちゃいな?恋文は熱いうちに打てだよ!」
咲桜に急かされるまま、サトルに返信メッセージを送信した。疑問形にしなかったが、返ってくるだろうか……。こんな小さなことにどきどきしてしまうのは、久しぶりだ。
「それで、咲桜の話したい事ってなに?」
咲桜はアイスを食べていた手を止めると、急に真剣な顔になって、正座してさくらに向き直った。なんだろう。急に空気が緊張する。
「実は私も嬉しいことがあって……。昨日、プロポーズされましたっ!」
「きゃ~~!!おめでとう!!おめでとう咲桜!!」
二人はぎゅっと抱き合って、両手を高くあげて叩き合って、目が合うとまたハグをして……。これ以上ないくらい喜びを分かち合った。幸せがパチパチとはじけて、ピンクの花びらが舞う。二日酔いなんて吹っ飛んでしまった。
「おめでとう、わたしもすっごく嬉しいよ。今度お祝いしよ」
「さくらがこんなに喜んでくれると思わなくて。ありがとう。泣きそう」
咲桜は本当にうるうるしている。さくらも嬉しい。でも同時に、ピンクの花びらでいっぱいだった心に、黒い影がポツンと落ちたのも分かっている。それは、二日酔いの気持ち悪さと、耳の底に残るさくらをあざ笑う嘲笑と、テラス席で感じた夜の背筋の震えと、すべて混ざり合い、大きな黒い波になって押し寄せる。さくらは、泣きたいのか、怒りたいのか、笑いたいのか分からない。でもそんな気持ちは絶対バレないように、必死に笑顔を取り繕う。
「昨日プロポーズされたの?!いつ?どこで?どんな感じで??」
わざと声のトーンを少し上げる。大丈夫、今はおめでたいのだ。この瞬間を、全力でお祝いしなくては。
「えっと、昨日東京タワーが見えるちょっと良いレストランを彼が予約してくれてて、そこでサプライズで指輪渡してくれて」
「素敵!王道のプロポーズだね~♡彼、緊張してたでしょ?」
「うん、もう待ち合わせからおかしかったよ。本当にぎこちないし、手と足一緒に出るんじゃないかって歩き方だったよ」
「もちろん、オッケーしたんだよね?よかった、無事成功して……」
ほっとするけれど、心の中の黒い物は消えない。この気持ちを、ただの嫉妬と言うには軽すぎるし、妬みと言ったらうらめしすぎる。
自分のしたい仕事をバリバリこなして、社会でも活躍しながら、イケメン彼氏と無事ゴールインした咲桜。それは、自分が欲しいものを欲しいと言い、それを自力で掴みにいくガッツと実力がある彼女に、当然に与えられた幸せなのかもしれない。
それに比べてさくらは……。
いつもキラキラ輝いて前進していく咲桜の隣で、勝手にそのキラキラをかぶって、中途半端な自分をごまかして生きてきただけかもしれない。咲桜がいなくなったらわたしは……?
手に持っていたアイスが、体温でどろりと溶けていくのを感じる。自分の足場が、ぐらぐらと崩れていく音がする。いや、足場だと思っていたものは、プラスチックで作られたハリボテだったのかもしれない……。
「さくら、大丈夫?スマホ鳴ったよ?」
はっと我に返り、笑顔を作り直すとスマホを見た。サトルさんからメッセージが来ている。
『友達登録ありがとう。あと、さくらちゃん誕生日はいつ?』
よかった、返信が来た……。崩壊しかけたさくらの世界に、一筋の光が走る。
「サトルさん、なんだって?」
「誕生日はいつかって聞かれた」
「え~なんだろうねっ。いきなり誕生日?さくら来月じゃん!期待しちゃうね」
誕生日は四月です、と返すとまたすぐメッセージが来た。
『来月か!ちょうど良かった。来月また飲み会に来ない?』
飲み会か……。昨日みたいな思いをするのはもう懲り懲りだし、二人で会う約束じゃなくて少しがっかりした。さくらなんて所詮、飲み会要員というところだろうか。
『あ、神代さんとかは来ないし、仲良い人たちだけでやる普通の会だから大丈夫だよ。昨日いたサキも来る予定』
サキが誰だか分からないが、仲良い人たちの会に入っていけるだろうか。迷っていると、隣で見ていた咲桜が背中を押す。
「まずは友達から仲良くはじめましょうって感じなのかな?とりあえず行ってみたら?」
「うん……。」
さくらは、若干迷いながらも行けると思いますと返事をした。また詳細は近くなったら送るよ、とのことだった。
「よかったじゃん。上手くいくといいね。また何かあったらすぐ報告してね?」
「うん、もちろん。ありがとう咲桜」
さくらは、一筋の光に希望を膨らませ、スマホをぎゅっと握りしめた。
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