第5話 咲桜
さくらの近況報告を一通り終えたころには、二人ともランチセットを食べ終えていた。けっこう量があると思ったが、生クリームとバターのまろやかな味に、シャキシャキのほうれん草がよく合い、ぺろりと食べられた。咲桜に半分取り分けてもらったサンドイッチも、カリッとした焦げ目が見るからに美味しそうで、味付けもすごく美味しかった。見た目に偏った料理は美味しくないものだと思っていたが、良い意味で予想を裏切られた感じだ。
あとはデザートと紅茶が運ばれてくるのを待つだけだ。デザートもきっと美味しいんだろうな、と少し期待値が上がった。
「ところで咲桜は彼氏とどうなの?クリスマスとかお正月とか、年末年始は彼と過ごした?」
咲桜の近況はSNSでなんとなく見ているが、気になっていたので改めて直接聞いてみた。
「うん、クリスマスは彼と横浜で遊んだよ。お互いにプレゼント買いあったりした」
「へ~いいじゃん~。何買ってもらったの?」
「アクセサリーかな。ちょっと自分では普段買わないくらいのやつ」
「いいじゃん、いいじゃん~。あ、もしかして今日着けてるネックレス?」
「そう!これこれ。小ぶりでデザインが可愛いでしょ?会社にも着けてけるし」
「えー可愛い!いいなあ~、うらやま~。付き合って長いけど、現役で全然ラブラブじゃんね」
咲桜には付き合って二年くらいの彼氏がいる。同じ会社の後輩で、一浪しているので同い年だ。同じ部署で働いていた時に仲良くなった。KーPOPアイドルのような顔立ちとスタイルで、彼女と別れたと聞いた咲桜は、なりふり構わずアタックしたらしい。一度紹介されて会ったことがあるが、咲桜は普段の姿からまったく想像できないくらいのデレデレだった。
「いやあ、クリスマスも正月も楽しかったんだけどさ……」
咲桜はなぜか不満そうな顔で、愚痴をこぼすように言った。
「え、何かあったの?史上最高の彼氏にもついに欠点が露呈してきたか……」
「いやいや、違うの。私の問題」
「何?蛙化現象でも起こしちゃったの?彼、足の爪切ってなかったとか……?!」
「違うってば、そこらへんのアイドルオタクと一緒にしないで」
咲桜たちはここ二年間、喧嘩したとも聞かないし、すごく上手くいっているように見えたが。
「お正月に彼の実家に行ってね、彼のお父さんもお母さんも温かく迎え入れてくれてすごく嬉しかったんだけど、なんか私でいいのかなあとか思っちゃってさ」
「え、ご両親もお顔が良すぎて遺伝子に圧倒されちゃった……?」
「もーさくらさっきからふざけてるでしょ?真面目な話なの。私結婚しても仕事絶対辞めないですって言ったら、ちょっと嫌な顔されちゃってさ」
いまどきそういう親もいるのか。咲桜は大学生の時から、「私は結婚とか子どもとかで仕事を諦めたくない」と言っていた。そんなの不公平だと。その絶対ブレない軸で、就活も育休などが手厚いホワイトな企業しか受けていない。
「彼のお母さんは働いてたんだけど、子育てと両立できなくて専業になったみたい。まあ世の中そんなに甘くないわよってことだと思うんだけどさ。それは私も分かってるつもりだけど……」
「“絶対”が良くなかったんじゃないの?ちょっと強気というか。この子結局旦那や義家族に育児押し付けるんじゃないかって印象になっちゃったとか?」
「母親ってそういうもんなのかな……。わたしは私の母親しか見てないから、どうにかなるような気がしちゃうんだけど」
咲桜は小さいときに両親が離婚し、母子家庭で育った。母親は昼夜働きながら咲桜をほとんど一人で育て、大学まで行かせた。その事実だけでもカッコいいが、咲桜のお母さんは性格もサバサバしていて姉御肌で、凛とした女性だ。
そんな母親を咲桜は心から尊敬していて、「わたしも会社でバリバリ活躍しながら子ども産んで立派に育てる!」といつも酔っ払いながら豪語している。
「わたし、スパキャリになりたいの」
咲桜は時々不思議ちゃんみたいな発言をすることがある。
「スパキャリって何?」
「今わたしが作った造語。スーパーキャリアの略。バリキャリでもゆるキャリでもない、第三の女」
「つまり?」
「キャリアも家庭も両立しちゃう、スーパーマンみたいな女ってことよ」
それが咲桜の理想なんだろうが、現実には本当にスーパーマンじゃないと難しい課題だ。理解ある会社で、すでにそういった女性が活躍しているなら別だが。日本で、女性が管理職に占める割合は13%ほどで、世界的に見ても低いとニュースで取り上げられている。
そんな低い可能性をひっくり返すことだけでも大変なのに、同時に子育てでてんやわんやするわけだ。体力や、精神力や、器用さがなければきっとできないだろう。でもなんでも上手く乗り越えてきた咲桜なら、その壁も軽々と突破してしまうのだろうか。
「わたし、せっかく働くなら頑張って会社に貢献して活躍したいし、結婚して子ども産んで、家族と一緒に幸せな人生を送りたい。これって人間なら普通に思うことじゃないの?わがままなのかな?」
咲桜の言う通りだ。わがままなんかじゃない。どうして人間社会はこんなことになってしまったんだろうか。
「どうしても、生物として女性が子どもを産むことになるからね。でもさ、会社も考えようによっては生き物なんだよ。だからさ、その女性がどうしても働けない間の空白を都合よく埋められないというか……」
二十年ちょっと生きてきただけのさくらには、今友人をなだめる良い言葉が探しても見つからなかった。
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